あき竹城

日本の俳優、タレント (1947-2022) From Wikipedia, the free encyclopedia

あき 竹城(あき たけじょう、1947年昭和22年〉4月4日[1] - 2022年令和4年〉12月15日[1])は、日本女優タレント。本名、竹田 明子(たけだ あきこ)[2]山形県米沢市出身。米沢市観光親善大使。オフィスあきこ最終所属。

本名 竹田 明子(たけだ あきこ)
生年月日 (1947-04-04) 1947年4月4日
没年月日 (2022-12-15) 2022年12月15日(75歳没)
概要 あき たけじょう あき 竹城, 本名 ...
あき たけじょう
あき 竹城
本名 竹田 明子(たけだ あきこ)
生年月日 (1947-04-04) 1947年4月4日
没年月日 (2022-12-15) 2022年12月15日(75歳没)
出生地 日本の旗 日本山形県米沢市
死没地 日本の旗 日本東京都
身長 167 cm
職業 ダンサー女優タレント
活動期間 1974年 - 2022年
配偶者 既婚
事務所 オフィスあきこ
主な作品
映画
楢山節考』(1983年)
マルタイの女』(1997年)
テレビドラマ
私の青空
どんど晴れ
天地人
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来歴

6人兄弟の末っ子として米沢市に生まれる[1][3]

宝塚歌劇団に憧れて育ち、小学4年生または中学生からモダンダンス教室で踊りを学んだ[1][3][4]

米沢の女子高へと進み、そこでもダンス部に所属。大阪キャバレーでフロアダンサーをしていた姉を頼りに女子高を中退し、大阪へ渡った[3][4]。そこでダンサーとしてデビューし、全国各地を巡って踊った[1][3]

フロアダンサーやヌードダンサーなどの下積みを経て、1974年日劇ミュージックホールに進出して舞台を踏む[1][4][5]。コントにも出演し、山形弁を披露した[3]。あきの山形弁は注目を浴び、それを持ち味にしたコメディエンヌと認知され[5]1976年には東京12チャンネルバラエティ番組独占!男の時間』へ出演し、テレビ初出演も果たすようになった[3]

同年からは映画の出演も開始し『ピラニア軍団 ダボシャツの天』などに助演。1977年、『トラック野郎・度胸一番星』に出演した[3]。同作では追跡中にトラックの排気ガスで顔半分が黒くなった上、上着を剥ぎ取られる婦人警官役で、トップレス姿を披露した。

1983年今村昌平監督に抜擢され、『楢山節考』に緒形拳の後妻役で出演したことで女優としても地位を確立[3][5]。当初は1978年の『喜劇役者たち 九八とゲイブル』のストリッパー役などのヌードを要望される役が多かったが、演技力を認められてからはコミカルからシリアスな役までこなす名脇役として支持を得た[3][4]

1990年代後半からは女優業という枠を超え、「山形弁丸出しで」話す[4]「明るいオバサン」として独自のキャラクターを生かしてバラエティー番組でも活躍した[3]。その影響からか、山形県出身の芸能人の代表格としても認知されていた。

2020年頃に大腸がんを患い、「元気なあき竹城でごあいさつしたい」と本人の希望もあり公表せず、レギュラー番組を降板し闘病していたが、2022年秋頃に病状が悪化、同年12月15日大腸がんのため東京都内の病院で死去。75歳没。訃報は同月20日に公表された[1][6]

人物

趣味嗜好

を飼っており[7]、休日はドンちゃんハレちゃんと遊ぶ。あきによると「亀と目を合わすとストレスを感じるからダメ。亀を見るときは遠目から見る。意外と早く動き、目を離すとチョコチョコっとどこかへ行ってしまうので、軽く足で止める」と述べていた。

ホーロー看板を収集している。

不二家ペコちゃんも好み、人形やグッズなどを1000個ほど持ってるとのこと[8]

番組エピソード

お洒落のこだわりを聞かれ『AS KNOW AS』(西武池袋本店)の可愛いスタッフが着用している同じ服の「大きいサイズ」を購入し着ていると答えた。着用時の写真が公開され、「私のような年代だとなかなかこういう服を着るのは勇気がいるけど、私は着こなせます」と語っている。また、ピンクを好み、先述の写真に写る椅子もピンクだった。同番組の共演者から冗談混じりに下着の色を聞かれ「そんなこと聞くの?…白でフリル…」と回答したところで上田晋也に止められた。

山形弁を教えてとの質問に、「おしょうしな(ありがとう)」と答えた。続けて「『あっあーい!』って言葉があって、飲食店などに入って「ごめんください」という意味だと解説する。しかし、聞き馴染みのない言い回しとあきの明るいキャラクターもあり、「それあきさんだけが使ってるんでは?」「『ごめんください』がどうなって『あっあーい』になるのかが分からない」などと指摘された。『おしょうしな』『あっあーい』のどちらも山形県の米沢市周辺の方言とされ、現地では「おしょうしなっす」や「あっあえー」と使われているのが一般的である。補足だが、現在米沢市で「あっあえー」と使うのは中高年が多く、若い世代では滅多に使わない。

その他のエピソード

本来は宝塚に入りたかったが[9]、習い事にかかる金銭面などの理由で断念している。

ある日突然…』で主役を演じていた頃、電車で女子高生が自分のことを「ほら、個性が強くて主役張れない女優さん」と噂しているのを耳にした。

芸名は大阪などのクラブに出演していた頃に考えた。本人によると「竹で城を造ったら風を受けて傾いても、しなって倒れない」ということ、周りの人から「あきさん」と呼ばれたいと言う理由から本名を生かした。最初は『竹城あき』を名乗っていたが、よく「たけしろ」と読み間違えられたことから、名前を先にして『あき竹城』という芸名にした。こうしたら周りがちゃんと「たけじょう」と正しく呼んでくれるようになったという[2]

デビュー当時はピンク・レディーとよく仕事をしていた。

たこ八郎パンチドランカーの症状があったことから何かと尽力し、1985年の葬儀では、たこの師匠だった由利徹赤塚不二夫と共に号泣した。

2時間ドラマで共演していた木の実ナナとは仲が良く、プライベートでも親交が深かった。

過去に『年上かもめ』という歌をレコーディングしている。「色気のある年上女性(あき)が、年下の若い男性を応援する歌」とのコンセプトで、セクシーな内容となっている(冒頭に山形弁によるセリフで始まり、歌も山形弁を使ったもの)。なお、B面の『乱調花笠音頭』では、逆に弱々しくなった男達に発破をかけている。

餃子で有名な中華レストラン「王将」の無料券を何枚か持っていたので、友人たち数人で王将に行った。いろいろ注文していざ支払いになり無料券を出したが店員から「これ、違いますよ」と言われた。その時初めて「餃子の王将」と「大阪王将」が別の店だと知って戸惑ったことがある。

東京ガールズコレクションには、『スター☆ドラフト会議』(2012年1月24日放送)の番組中、清純派女優を目指す美女(葉山織江)のスカウティングタイムに「私も出たい」と猛アピールして出演が決まった[10]。ド派手なウィッグとギャルメイクで話題となった[11]

インパクトのあるキャラクターでバラエティー番組にも多数出演していたが、プライベートについてはほとんど語ることはなかった(特に結婚や家族については顕著で、1988年に8歳年下の男性と結婚しているが、子供の有無も明かされていない)。

長時間のロケや体を張った笑いも受け入れ、生来の朗らかな雰囲気で収録に臨んでいた。スタッフをはじめ、若者やエキストラにまで丁寧な挨拶をする姿が業界人からの評判が高かったという。

出演

映画

テレビドラマ

NHK総合
日本テレビ
TBS
フジテレビ
テレビ朝日
テレビ東京

バラエティ・トーク番組

情報・教養番組

CM

全国CM

ローカルCM

山形県内
他の地域

Fashion Show

ディスコグラフィ

シングル

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発売日 タイトル 作詞 作曲 編曲 規格 規格品番
ミノルフォンレコード
1977年6月 A 年上かもめ 山本正之 土持城夫 EP KA-1056
B 乱調花笠音頭 奈加ますみ まつもと重信
ポリドールレコード
1986年12月21日 A やっぱり山形[注 2] 玉川良一 みさき司郎 杉村俊博 EP 7DX-1469
B お金が恐い[注 3]
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オムニバスアルバム

  • 秘宝盤(2) アイドル&コミック編(2010年12月8日、徳間ジャパンコミュニケーションズ、TKCA-73604) - 「年上かもめ」収録。

脚注

外部リンク

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