わが道
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実際の事件は、昭和41年に十和田湖近くの寒村から出稼ぎにきた64歳の川村由松が東京品川の大井町駅で亡くなったが、その身元を証明する所持品があったにもかかわらず、警察と区役所の杜撰な扱いで身元不明人とされ、8か月後には慈恵医大の冷蔵庫で解剖材料にされていたというもの[2][3]。地元で地方新聞『日刊東北』を出していた佐藤不器の支援で、遺族である妻が青森県と東京都を相手に訴訟を起こし勝訴し、本作はその過程を映画にした[2]。川村夫妻は中国大陸からの引き揚げ者で、故郷の十和田湖で小さな食堂を営んでいたが経営が行き詰り、高度成長期であった当時盛んに行なわれていた出稼ぎに出ていた[2]。映画化にあたっては、原作者の佐藤が映画製作委員会を組織し、近代映画協会、川村セノさんを守る会、青法協弁護士学者合同部会などが協力した[3][4]。