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アロンゾ・モーニング

アメリカのバスケットボール選手 (1970 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

アロンゾ・ハーディング・モーニング・ジュニア(Alonzo Harding Mourning, Jr., 1970年2月8日 - ) はアメリカ合衆国バージニア州チェサピーク出身の元プロバスケットボール選手。ポジションはセンター。

役職 球団副社長
所属リーグ NBA
生年月日 (1970-02-08) 1970年2月8日(56歳)
概要 マイアミ・ヒート, 役職 ...
アロンゾ・モーニング
Alonzo Mourning
マイアミ・ヒートでのモーニング
(2007年)
マイアミ・ヒート
役職 球団副社長
所属リーグ NBA
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1970-02-08) 1970年2月8日(56歳)
出身地 バージニア州の旗 バージニア州チェサピーク
身長(現役時) 208cm (6 ft 10 in)
体重(現役時) 118kg (260 lb)
キャリア情報
高校 インディアン・リバー高等学校
大学 ジョージタウン大学
NBAドラフト 1992年 / 1巡目 / 全体2位
プロ選手期間 1992年–2008年
ポジション C
背番号歴 33
永久欠番 ヒート  33 
経歴
1992–1995シャーロット・ホーネッツ
1995–2003マイアミ・ヒート
2003–2004ニュージャージー・ネッツ
2005–2008マイアミ・ヒート
受賞歴
NBA通算成績
得点 14,311 (17.1 ppg)
リバウンド 7,137 (8.5 rpg)
ブロック 2,356 (2.8 bpg)
Stats ウィキデータを編集 NBA.com
Stats ウィキデータを編集 Basketball-Reference.com
バスケットボール殿堂入り選手 (詳細)
代表歴
キャップ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
獲得メダル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オリンピック
金メダル - 1位2000 シドニー
FIBAワールドカップ
銅メダル - 3位1990 アルゼンチン
金メダル - 1位1994 カナダ
グッドウィルゲームズ
銀メダル - 2位1990 シアトル
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センタープレイヤーとして特別上背があったわけではなかったが、剛力を発揮してインサイドを支配し、強烈な印象を残した。1999年と2000年にNBA最優秀守備選手賞を受賞した好ディフェンダーであり、2000年シドニーオリンピック金メダリスト。愛称は「ZO(ゾー)」。

経歴

ジョージタウン大学のスター選手として名をとどろかせた。1年先輩にディケンベ・ムトンボがいた。パトリック・ユーイングも大学の先輩にあたる。モーニングは同大学卒業後1992年のNBAドラフトでシャキール・オニールに次ぐ全体2番目でシャーロット・ホーネッツから指名されてNBA入りした。

ルーキー離れした活躍を見せ新人王候補にも残るが、オニールに敗れる。しかし、オールルーキーファーストチームに選出される。ホーネッツはラリー・ジョンソンとケンドール・ギルなど有能な選手が揃い、「フューチャーブルズ」(未来のシカゴ・ブルズ)と呼ばれるほど強豪チームになるのではないかと期待される。1994年バスケットボール世界選手権にドリームチームIIとして出場し優勝した。3年間ホーネッツでプレーした後、95-96シーズン開幕前にヒートに移籍した。

ヒートでは、パット・ライリーの指揮のもと強豪チームとなる。チームメイトのティム・ハーダウェイと何度も優勝のチャンスを掴むが、優勝を味わうことはなかった。1995-96シーズン、3月29日のワシントン・ウィザーズ戦でキャリアハイとなる50得点を記録した[1]。1998-99シーズンと99-00シーズンにはNBA最優秀守備選手賞を受賞した。2000年に開催されたシドニーオリンピックでアメリカ代表としてプレー。見事金メダルを獲得する。それからがモーニングの試練になるのであった。

オリンピックも終了し、帰国したモーニングに衝撃の事実が告げられる。モーニングは巣状糸球体硬化症(腎臓の疾患)を患っていた。選手生命にもかかわる事態となったが、モーニングは腎臓の移植手術を決断。シーズン終了前の13試合に出場するなど、鋼鉄の体を見せるが、プレーオフでは結果を残せず。続く01-02シーズン終了後モーニングは引退を発表した。

ところが、モーニングは引退から1年後にニュージャージー・ネッツと契約。だが、モーニングの状態はよくなく、12試合に出場したのみで再び引退。不死身といわれたモーニングも終わりだと思われた。

しかし、04-05シーズンにモーニングは再びNBAのコートに帰ってきた。シーズン開幕後はネッツでプレーしていたが、ヴィンス・カーターとのトレードでトロント・ラプターズに移籍、ラプターズではプレーせずに古巣のヒートに復帰した。

こうしてヒートに戻ってきたモーニングは、04-05シーズンに移籍したシャキール・オニールの控えセンターとして活躍し、オニールや新しいスター、ドウェイン・ウェイドらと共にNBAの頂点を目指し、2006年にはキャリアで初めての優勝を果たした。優勝が決まったNBAファイナル第6戦でモーニングは5ブロックと大暴れし、チームの優勝に大きく貢献した。

優勝した後のヒートは急速に衰え、翌06-07シーズンはプレイオフには進出したものの、1回戦でシカゴ・ブルズに全敗で敗退し、翌07-08シーズンもシーズン序盤から大きく負け越した。モーニングは開幕前からこのシーズンを最後に引退することを表明していたが、12月20日のアトランタ・ホークス戦で右ひざ脚蓋腱を断裂してしまい、シーズン中の復帰は絶望視されてしまう。シャキール・オニールらチームメイトに抱えながらコートを去る時、モーニングの口からは「It's over」という言葉が漏れたという。

その後モーニングは引退を表明し、08-09シーズン、3月30日のマジック戦、引退セレモニーが43分間にわたって行われた。同時に、現役時代の背番号「33」ヒートの所属選手で初のヒートの永久欠番となった。なお、本人曰く「師匠」であるパトリック・ユーイング(現シャーロット・ホーネッツアシスタントコーチ)が同席できるよう、このマジック戦のハーフタイムが選ばれたのだという。モーニングは大粒の涙を流し、現役生活に幕を下ろした。

2014年にバスケットボール殿堂入りを果たした[2]。

個人成績

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略称説明
  GP 出場試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド数  APG  平均アシスト数  SPG  平均スティール数
 BPG  平均ブロック数  PPG  平均得点  太字  キャリアハイ
  優勝シーズン    リーグリーダー
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NBA

レギュラーシーズン

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シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
1992–93 CHA 787833.9.511.000.78110.31.0.33.521.0
1993–94 605933.6.505.000.76210.21.4.53.121.5
1994–95 777738.2.519.324.7619.91.4.62.921.3
1995–96 MIA 707038.2.523.300.68510.42.31.02.723.2
1996–97 666535.2.534.111.6429.91.6.82.919.8
1997–98 585633.4.551---.6659.6.9.72.219.2
1998–99 464638.1.511.000.65211.01.6.73.9*20.1
1999-00 797834.8.551.000.7119.51.6.53.7*21.7
2000–01 13323.5.518.000.5647.8.9.32.413.6
2001–02 757432.7.516.333.6578.41.2.42.515.7
2003–04 NJN 12017.9.465---.8822.3.7.2.58.0
2004–05 181425.4.453---.5937.1.8.32.310.4
MIA 19312.9.516---.5643.7.2.21.75.0
2005–06† 652020.0.597.000.5945.5.2.22.77.8
2006–07 774320.4.560---.6014.5.2.22.38.6
2007–08 25015.6.547---.5923.7.3.21.76.0
通算:15年 83868631.0.527.247.6928.51.1.52.817.1
オールスター 4118.8.545.000.6674.81.0.82.010.0
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プレーオフ

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シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
1993 CHA 9940.8.480.000.7749.91.4.73.423.8
1995 4443.5.421.500.83713.32.8.83.322.0
1996 MIA 3330.7.486---.7146.01.3.71.018.0
1997 171737.1.491.375.55510.21.1.62.717.8
1998 4434.5.518---.6558.51.3.82.519.3
1999 5538.8.521---.6538.2.81.62.821.6
2000 101037.6.484.000.66710.01.4.23.321.6
2001 3330.3.480---.5795.31.0.01.711.7
2005 15216.9.705---.5584.8.3.32.26.1
2006† 21010.8.703---.6672.9.1.21.13.8
2007 4013.8.909---.3852.0.3.0.86.3
出場:11回 955727.3.512.368.6497.0.9.52.313.6
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タイトル・受賞

  • NBA優勝:2006
  • オールNBA1stチーム:1999
  • オールNBA2ndチーム:2000
  • 最優秀守備選手賞:1999, 2000
  • オールディフェンシブ1stチーム:1999, 2000
  • オールスター出場:1994, 1995, 1996, 1997, 2000, 2001, 2002
  • ブロック王:1999(1試合平均3.91)
  • オールルーキー1stチーム:1993

キャリアハイ記録

脚注

外部リンク

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