1994-1995シーズンのNBA

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1994-1995シーズンのNBA
ヒューストン・ロケッツ 
期間 1994年11月4日-1995年6月20日
TV 放送 NBC, TBS
観客動員数 17,778,295人
サラリーキャップ 1590万ドル
平均サラリー 180万ドル
ドラフト
レギュラーシーズン
トップシード サンアントニオ・スパーズ
MVP デビッド・ロビンソン
スタッツリーダー  
  得点 シャキール・オニール
チーム平均得点 101.4得点
プレーオフ
 イースタン  優勝 オーランド・マジック
   インディアナ・ペイサーズ
ファイナル
 チャンピオン  ヒューストン・ロケッツ
ファイナルMVP アキーム・オラジュワン
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1994-1995シーズンのNBAは、NBAの49回目のシーズンである。

ドラフト

ドラフトではグレン・ロビンソンミルウォーキー・バックスから全体1位指名を受けた。またジェイソン・キッドが全体2位でダラス・マーベリックスに、グラント・ヒルが全体3位でデトロイト・ピストンズに入団している。他には、ドニエル・マーシャル(4位)、ジュワン・ハワード(5位)、シャロン・ライト(6位)、ラモンド・マレー(7位)、ブライアン・グラント(8位)、エリック・モントロス(9位)、エディー・ジョーンズ(10位)、カルロス・ロジャーズ(11位)、ジェイレン・ローズ(13位)、エリック・パイカウスキー(15位)、アーロン・マッキー(17位)、トニー・デュマス(19位)、ディッキー・シンプキンズ(21位)、ウェズリー・パーソン(23位)、モンティ・ウィリアムズ(24位)、チャーリー・ウォード(26位)、アントニオ・ラング(29位)、ハワード・アイズリー(30位)、ジム・マッキルベイン(32位)、マイケル・スミス(35位)、アンソニー・ミラー(39位)、ボション・レナード(46位)、ローレンス・ファンダーバーク(51位)、アンソニー・ゴールドワイアー(52位)らが指名を受けている。

オールスターにはG・ロビンソン、J・キッド、G・ヒル、J・ハワード、E・ジョーンズの5人が選出されている。

ドラフト外にはトレバー・ラフィンなどの選手がいる

 詳細は1994年のNBAドラフトを参照

バック・ウィリアムズ事件

労使協定の期限切れに伴い、新たな労使協定の締結のため4月からオーナー側と選手会は協議に入ったが、サラリーキャップの継続やドラフト関連の問題で協議は難航し、6月にはオーナー側と選手会側が双方を独占禁止法違反で訴えた。当時の選手会長を務めたバック・ウィリアムズの名を取って、「バック・ウィリアムス事件」と呼ばれている。

労使協定が締結されないまま11月を迎えれば、ロックアウトストライキによって新シーズンが始まらない事態も起こりえたが、一度は決裂したオーナーと選手会は10月に入って再協議に入り、新協定締結は先送りした形で、新シーズンは通常通り行うことが約束された。辛うじてシーズン短縮、あるいは消滅という最悪の事態は免れたが、この問題は後々まで尾を引き、そして1999年にはロックアウトによるシーズン短縮が、現実と化してしまう。

シーズン

オールスター

イースタン・カンファレンス

アトランティック・デビジョン
TeamWLPCT.GB
オーランド・マジック5725.695-
ニューヨーク・ニックス5527.6712
ボストン・セルティックス3547.42722
マイアミ・ヒート3250.39025
ブルックリン・ネッツ3052.36627
フィラデルフィア・76ers2458.29333
ワシントン・ブレッツ2161.25636
セントラル・デビジョン
TeamWLPCT.GB
インディアナ・ペイサーズ5230.634-
シャーロット・ホーネッツ5032.6102
シカゴ・ブルズ4735.5735
クリーブランド・キャバリアーズ4339.5249
アトランタ・ホークス4240.51210
ミルウォーキー・バックス3448.41518
デトロイト・ピストンズ2854.34124

ウエスタン・カンファレンス

ミッドウエスト・デビジョン
TeamWLPCT.GB
サンアントニオ・スパーズ6220.756-
ユタ・ジャズ6022.7322
ヒューストン・ロケッツ4735.57315
デンバー・ナゲッツ4141.50021
ダラス・マーベリックス3646.43926
ミネソタ・ティンバーウルブズ2161.25641
パシフィック・デビジョン
TeamWLPCT.GB
フェニックス・サンズ5923.720-
シアトル・スーパーソニックス5725.6952
ロサンゼルス・レイカーズ4834.58511
ポートランド・トレイルブレイザーズ4438.53715
サクラメント・キングス3943.47620
ゴールデンステート・ウォリアーズ2656.31733
ロサンゼルス・クリッパーズ1765.20742

スタッツリーダー

部門選手チームAVG
得点シャキール・オニールオーランド・マジック29.3
リバウンドデニス・ロッドマンサンアントニオ・スパーズ16.8
アシストジョン・ストックトンユタ・ジャズ12.3
スティールスコッティ・ピッペンシカゴ・ブルズ2.9
ブロックディケンベ・ムトンボデンバー・ナゲッツ3.9
FG%クリス・ギャトリングゴールデンステート・ウォリアーズ63.3
FT%スパッド・ウェッブサクラメント・キングス93.4
3FG%スティーブ・カーシカゴ・ブルズ52.4

各賞

I'm Back

シーズンも終盤に差し掛かった3月9日、シカゴ・ブルズの練習風景にマイケル・ジョーダンの姿があった。1993年の引退以降、メジャーリーグに挑戦していたマイケル・ジョーダンは、1994年に起きた1994年から1995年のMLBストライキを契機に所属していたバーミングハム・バロンズを去り、その足でブルズの練習に参加していたのだった。全米に「ジョーダン復帰か?」のニュースが駆け巡り、翌日にはジョーダンが野球からの引退を表明。ジョーダンのNBA復帰は確実のものとなった。

そしてジョーダンは代理人を通して「I'm Back」という短い言葉と共に現役復帰を正式表明。3月19日のインディアナ・ペイサーズ戦が復帰戦となった。バスケットから18ヶ月離れていたうえ、野球のための肉体作りを行っていたため、ジョーダンの動きは全盛期とは程遠いものであり、オーバータイムまで戦った復帰戦は試合終盤に足がもつれて転倒する場面もあった。しかし復帰5試合目のニューヨーク・ニックス戦では早くも55得点を記録。結局このシーズンは17試合に出場し、平均26.7得点を記録した。

ジョーダンの復帰は当時非常に大きな話題となった。時の大統領、ビル・クリントンは会見の場で「好景気で新たに610万人の雇用が達成された。さらにジョーダンの復帰によって610万とんで1の雇用が創出される」とコメントしている。ジョーダンの1度目の引退後、成績が下降気味だったブルズはこのシーズンも勝率5割を僅かに上回るだけの苦しいシーズンを送っていたが、ジョーダン復帰後は13勝4敗と調子を上げ、47勝35敗でレギュラーシーズンを終えた。しかしプレーオフでジョーダンはブランクの重さ、そして彼の不在の間に台頭していた新世代の勢いを、痛感することになる。

シーズン概要

プレーオフ・ファイナル

ラストシーズン

外部リンク

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