ウィリー・ウッド
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| Willie Wood | |||||||||
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| 基本情報 | |||||||||
| ポジション | フリーセイフティ | ||||||||
| 生年月日 | 1936年12月23日 | ||||||||
| 没年月日 | 2020年2月3日(83歳没) | ||||||||
| 出身地 |
ワシントンD.C. | ||||||||
| 身長: | 5' 10" =約177.8cm | ||||||||
| 体重: | 190 lb =約86.2kg | ||||||||
| 経歴 | |||||||||
| 大学 | 南カリフォルニア大学(USC) | ||||||||
| ドラフト外 | 1960年 | ||||||||
| 初出場年 | 1960年 | ||||||||
| 初出場チーム | グリーンベイ・パッカーズ | ||||||||
| 所属歴 | |||||||||
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| 受賞歴・記録 | |||||||||
| スーパーボウル制覇(2回) | |||||||||
| 第1回、第2回 | |||||||||
| オールプロ選出(5回) | |||||||||
| 1964年-1967年、1969年 | |||||||||
| プロボウル選出(8回) | |||||||||
| 1962年、1964年-1970年 | |||||||||
| その他受賞・記録 | |||||||||
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| NFL 通算成績 | |||||||||
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| Player stats at PFR | |||||||||
ウィリー・ウッド(Willie Wood、本名:William Vernell Wood[1] 1936年12月23日 - 2020年2月3日)は、ワシントンD.C.出身の元アメリカンフットボール選手。NFLのグリーンベイ・パッカーズでフリーセイフティとして活躍した。
USC時代はクォーターバックとして活躍した。彼はパシフィック・テン・カンファレンス初の黒人QBであった。
大学卒業後、ドラフトでNFLのどのチームからも指名されなかったがパッカーズのトライアウトを受けてフリーエージェントで入団し[2]、2年目の1961年から先発のフリーセイフティとなり1971年に引退するまで先発出場を続けた[1]。
彼はリーグを代表するフリーセーフティとなり[1]、1962年から1970年まで9年連続でオールNFLに選ばれ、プロボウルには1963年と1965年から1971年まで合計8回、NFLチャンピオンシップゲームには6回出場(1960年以外の5回優勝)した[2]。第1回スーパーボウルの第3Q初めにレン・ドーソンのパスをインターセプトし50ヤードをリターン、第2回スーパーボウルではパントリターン5回で35ヤードを獲得した。この時見せた31ヤードのパントリターンは第18回スーパーボウルでダレル・グリーンが34ヤードリターンするまでスーパーボウル記録であった。
現役12年間で通算48インターセプト(1962年にはリーグトップの9個のインターセプトを記録した。)、699ヤードをリターンして2タッチダウンをあげると共に187回のパントリターンで1,391ヤードを獲得(1961年にはリーグトップの平均16.1ヤードを記録した。)、2タッチダウンをあげている[2][1]。
現役引退後わずか2年の1973年にワールド・フットボール・リーグのフィラデルフィア・ベルのヘッドコーチに就任した。これは戦後プロフットボール史上初のアフリカ系アメリカ人ヘッドコーチであった。また1980年にはカナディアン・フットボール・リーグのトロント・アルゴノーツのヘッドコーチにもなった(CFLでも初のアフリカ系アメリカ人ヘッドコーチであった。)。
1989年にプロフットボール殿堂入りを果たした。