ヤン・ステナルード
From Wikipedia, the free encyclopedia
| Jan Stenerud | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
2005年 | |||||||||||
| 基本情報 | |||||||||||
| ポジション | プレースキッカー | ||||||||||
| 生年月日 | 1942年11月26日(82歳) | ||||||||||
| 出身地 |
アーケシュフース県フェッツン | ||||||||||
| 身長: | 6' 2" =約188cm | ||||||||||
| 体重: | 187 lb =約84.8kg | ||||||||||
| 経歴 | |||||||||||
| 大学 | モンタナ州立大学 | ||||||||||
| AFLドラフト | 1966年 / 3巡目全体24位 | ||||||||||
| 所属歴 | |||||||||||
| |||||||||||
| 受賞歴・記録 | |||||||||||
| スーパーボウル制覇(1回) | |||||||||||
| 第4回 | |||||||||||
| オールプロ選出(4回) | |||||||||||
| 1970・1971・1974・1984 | |||||||||||
| プロボウル選出(4回) | |||||||||||
| 1970・1971・1975・1984 | |||||||||||
| NFL 通算成績 | |||||||||||
| |||||||||||
| Player stats at PFR | |||||||||||
ヤン・ステナルード(Jan Stenerud、1942年11月26日 - )は、ノルウェー・アーケシュフース県フェッツン出身のアメリカンフットボールの元選手である。現役時代のポジションはプレースキッカー。AFLのカンザスシティ・チーフスに入団後、AFLとNFLが合併し、NFL入りした。1967年シーズンから1985年シーズンまで19年間プレーした。ノルウェー出身者として初めてNFLでプレーしたステナルードは、プレースキッカーとして初めてNFL殿堂入りした。
ステナルードは、ノルウェー・アーケシュフース県フェッツンで生まれ、モンタナ州立大学へスキージャンプの奨学生として、留学した[1][2]。1964年の秋、ステナルードは、フットボールスタジアムの階段でスキージャンプのトレーニングのためにランニングをしていたが、クールダウン時に怪我をしていたフットボール選手とボールを蹴っていた。そこを大学のバスケットボールのヘッドコーチが通りかかり、ステナルードの脚力に気づいた。そのヘッドコーチがフットボールのヘッドコーチにステナルードの存在を教え、チームに合流することになった[3][4]。
その後のスキーシーズンが終わるとステナルードは1965年の春キャンプからチームに合流し、その後の試合では当時の大学記録となる59ヤードのフィールドゴールを決め、ライバル大学との試合の勝利に貢献した[3][5]。 ステナルードはその年、フットボールとスキージャンプの両方でオールアメリカに選ばれた[6]。
プロ生活
ステナルードは、AFLのカンザスシティ・チーフスから3巡目指名を受け、プロ入りした。当時は、他のポジションの選手がプレースキッカーを兼任することが通常であり、プレースキッカー専門の選手として入団した初めての選手となった。ステナルードは当時のキック成功率は5割前後だったのに対して、7割を超える成功率で他のキッカーを圧倒した。
1969年、チーフスは合併前最後のAFLチャンピオンとなり、第4回スーパーボウルに出場した。この試合でチーフスが勝利し、スーパーボウル初制覇を果たしたが、この試合でステナルードは、3本のフィールドゴールを決めてチームに貢献した。この内の48ヤードのフィールドゴールは第28回スーパーボウルで記録更新されるまで、24年間最長記録を保持した。
その後、2チームを渡り歩いたステナルードは、1985年シーズン限りで引退した。
ステナルードはチャーリー・ゴゴラック、ピート・ゴゴラック兄弟とともに、プロフットボールでは最初のサッカースタイルのキッカーであった[7]。それまでのプレースキッカーは、ストレートスタイルであるトーキックで蹴っていたのに対して、インステップキックで蹴っていた。