ブルース・マシューズ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| Bruce Matthews | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() 1984年のマシューズ | |||||||||||
| 基本情報 | |||||||||||
| ポジション |
オフェンシブガード センター オフェンシブタックル | ||||||||||
| 生年月日 | 1961年8月8日(64歳) | ||||||||||
| 出身地 |
ノースカロライナ州ローリー | ||||||||||
| 身長: | 6' 5" =約195.6cm | ||||||||||
| 体重: | 305 lb =約138.3kg | ||||||||||
| 経歴 | |||||||||||
| 大学 | USC | ||||||||||
| NFLドラフト | 1983年 / 1巡目全体9位 | ||||||||||
| 初出場年 | 1983年 | ||||||||||
| 初出場チーム | ヒューストン・オイラーズ | ||||||||||
| 所属歴 | |||||||||||
| |||||||||||
| 受賞歴・記録 | |||||||||||
| オールプロ選出(9回) | |||||||||||
| 1988年-1993年、1998年-2000年 | |||||||||||
| プロボウル選出(14回) | |||||||||||
| 1988年-2001年 | |||||||||||
| その他受賞・記録 | |||||||||||
| |||||||||||
| NFL 通算成績 | |||||||||||
| |||||||||||
| Player stats at PFR | |||||||||||
ブルース・マシューズ(Bruce Matthews 1961年8月8日- )は、ノースカロライナ州ローリー出身の元アメリカンフットボール選手。NFLのヒューストン・オイラーズ/テネシー・オイラーズ/テネシー・タイタンズで1983年から2001年までプレーした。ポジションはオフェンスラインマン。NFL史上最良のオフェンスラインマンの1人と考えられている[1]。プロボウル選出は14年連続14回で、2012年現在NFL最多タイ記録[2]。現役引退後はNFLチームのアシスタントコーチとなっている。
彼はアメリカンフットボール一家に生まれた。彼の父親、クレイ・マシューズ・シニアは1950年代にサンフランシスコ・フォーティナイナーズでプレーした選手であり、兄のクレイ・マシューズ・ジュニアはNFLで19年間プレーした。甥のクレイ・マシューズ3世は2009年のNFLドラフトでグリーンベイ・パッカーズにドラフト1巡目で指名されて入団している。1970年代にマシューズ一家はシカゴに住んでおり彼は1年間地元の高校に通ったがその後ロサンゼルスの高校に転校した。高校時代彼はオフェンスラインマン、ディフェンスラインマンとしてプレーすると共にアマチュアレスリングでは地元リーグの最優秀選手となった。
高校卒業後、USCに進学した彼はオフェンスラインマンとして活躍し4年次にはオールアメリカンに選出され、またモリス賞(カレッジフットボールのオフェンスラインマン、ディフェンスラインマンのそれぞれ最優秀選手に与えられる)を獲得した。大学時代に彼は1994年からオイラーズのヘッドコーチとなったジェフ・フィッシャーとチームメートだった[3]。
1983年のNFLドラフトで1巡目全体9位でヒューストン・オイラーズに指名されて入団した。アール・キャンベルのリードブロッカーとしてもプレーした。レフトガード、ライトガード、センター、ライトタックル、レフトタックルとオフェンスラインの5つ全てのポジションでプレーした[4][3]彼はガードとセンターでプロボウルにNFL最多記録タイの14回(ガードで9回、センターで5回)選出された(もう1人はマーリン・オルセン)[3]。またオールプロに9回、オールAFCに12回選出されると共にNFL1990年代オールディケイドチームのガードにも選ばれている[3]。彼はオイラーズ(在籍中、オイラーズは移転によってテネシー・オイラーズ、テネシー・タイタンズと名称を変更した。)一筋でプレーし、296試合の出場はプレースキッカーやパンターを除いた最多記録となっている[3]。オフェンスラインマンとしては史上最長の19シーズンプレーした彼は2001年に現役を引退した。その後彼の背番号74番は永久欠番となった。
2007年にプロフットボール殿堂入りを果たした[2]。これはチームがテネシーに移って以来初の選出であった。また1983年にドラフト指名を受けた選手としてはダン・マリーノ、エリック・ディッカーソン、ジョン・エルウェイ、ジム・ケリーに続く5人目の選出となった(その後ダレル・グリーンも選出されている。)。
2009年に彼はヒューストン・テキサンズのアシスタントコーチ(オフェンシブライン担当)としてNFLに復帰[5]。2011年シーズンからは古巣タイタンズでアシスタントコーチをしている。
家族
彼の5人の息子のうち3人は高校、大学でアメリカンフットボールを行っている。2010年、その1人であるケビン・マシューズがルーキーフリーエージェントでテネシー・タイタンズと契約した[6]。
