ゲイル・セイヤーズ

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ポジション ランニングバック
生年月日 (1943-03-30) 1943年3月30日
没年月日 (2020-09-23) 2020年9月23日(77歳没)
ゲイル・セイヤーズ
Gale Sayers
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ゲイル・セイヤーズ
基本情報
ポジション ランニングバック
生年月日 (1943-03-30) 1943年3月30日
没年月日 (2020-09-23) 2020年9月23日(77歳没)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カンザス州ウィチタ
身長: 6' 0" =約182.9cm
体重: 198 lb =約89.8kg
経歴
大学 カンザス大学
NFLドラフト 1965年 / 1巡目全体4位
AFLドラフト 1965年 / 1巡目全体5位
所属歴
1965-1971 シカゴ・ベアーズ
受賞歴・記録
オールプロ選出(5回)
1965・1966・1967・1968・1969
プロボウル選出(4回)
1965・1966・1967・1969
NFL 通算成績
ラン獲得ヤード 4,956
ラン平均ヤード 5.0
ラッシングタッチダウン 39
リターンヤード 3,172
リターンタッチダウン 8
Player stats at NFL.com
Player stats at PFR

ゲイル・セイヤーズ (Gale Eugene Sayers,1943年5月30日 - 2020年9月23日[1])は、カンザス州ウィチタ出身のアメリカンフットボールの元選手である。1965年から1971年までNFLシカゴ・ベアーズに所属した。7年間の現役生活の内、怪我で実質的に5年という短い期間しか活躍できなかったが、捕まえるのが難しい俊敏性を有し、優れたランニングバック・リターナーの1人として知られている。

セイヤーズはカンザス大学でカレッジフットボールをプレーし、「カンザスの彗星」と呼ばれた。3年間でラン・レシーブ・リターンを合わせた総獲得ヤード4,020ヤードを記録し、オールアメリカに2回選出された。1965年のNFLドラフトでシカゴ・ベアーズから1巡目4位で指名を受け、NFL入りした。

1年目のシーズン、セイヤーズは1試合6タッチダウンを含む22タッチダウン、総獲得ヤードで2,272ヤードを記録し、ルーキー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた[2]。セイヤーズは入団後5年間、右膝を負傷した1968年シーズン終盤を除いて(翌シーズンにカムバック賞受賞)この活躍を続け、オールプロに5年とも選出された[3]

6年目のシーズンとなった1970年シーズンの開幕前、前回の怪我と逆の左膝を負傷すると2シーズンの間、ほとんどプレーすることはできず[4]、引退した[5]

1977年、34歳でNFL殿堂入り。34歳での殿堂入りは史上最年少である。実働期間が5年間と短期であったが、75周年記念チーム、100周年記念チームでのいずれにおいても選出されている。

また、1970年に癌により死亡したベアーズの同僚ブライアン・ピッコロとの友情を描いた自伝は、ABCのテレビ映画「ブライアンズ・ソング」の原作となった。

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