フィラデルフィア・イーグルス

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創設1933年7月8日 (92年前) (1933-07-08)
旧NFC東地区
フィラデルフィア・イーグルス
Philadelphia Eagles
創設 1933年7月8日 (92年前) (1933-07-08)
NFL参入 1933年シーズン
所属地区
  • NFL(1933-現在)
    • NFC(1970-現在)
    東地区(1970-現在)
    • 東カンファレンス(1953-1969)
    首都地区(1967-1969)
    地区分けなし(1953-1966)
    • アメリカン・カンファレンス(1950-1952)
    • 東地区(1933-1949)
チームデザイン
チームロゴ

ワシの頭部
チームカラー
  ミッドナイトグリーン
  シルバー
 
 
ユニフォーム
チーム名
  • フィラデルフィア・イーグルス(1933-1942, 1944-現在)
    • フィラデルフィア=ピッツバーグ・スティーグルス(1943)
ホームタウン
1933-現在の位置(アメリカ合衆国内)
1933-現在
1933-現在

ペンシルベニア州フィラデルフィア(1933-現在)

リンカーン・フィナンシャル・フィールド(2003-現在)
ベテランズ・スタジアム(1971-2002)
フランクリン・フィールド(1958-1970)
コニー・マック・スタジアム
 シャイブ・パーク
(1940, 1942-1957)
フィラデルフィア・ミュニシパル・スタジアム(1936-1939, 1941)
ベイカー・ボウル(1933-1935)

永久欠番
獲得タイトル
スーパーボウル創設(1966年)以降
スーパーボウル・チャンピオン (2回)
カンファレンス・チャンピオン (5回)
NFC
地区優勝 (13回)
旧NFC東地区
NFC東地区
ワイルドカード(14回)
プレーオフ進出(26/60回)
AFL合併(1969年)以前
NFLチャンピオン
カンファレンス・チャンピオン
NFL東
地区優勝
NFL東地区
球団組織
オーナージェフリー・ルーリー
GMハウィー・ローズマン
ヘッドコーチニック・シリアーニ

フィラデルフィア・イーグルス英語: Philadelphia Eagles、略称: PHI)は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィアに本拠地をおくNFLチーム。NFC東地区に所属している。ホームスタジアムは、リンカーン・フィナンシャル・フィールド。イーグルスの愛称の由来はニューディール政策で設置された全国復興庁のシンボルである青いワシ[1]

NFL統合前

フィラデルフィアには1924年から1931年までフランクフォード・イエロージャケッツというNFLチームが存在した。イエロージャケッツは1926年にNFLチャンピオンに輝いたが、世界恐慌と本拠地の火災の影響から財政が悪化し、1931年のシーズン中に活動休止し、フランチャイズ権をNFLに返上した。

イエロージャケッツのフランチャイズ権返上以降、フィラデルフィアに本拠地を構えるオーナーを探していたNFLは、1933年バート・ベルラッド・レイに25,000ドルでイエロージャケッツのフランチャイズ権を与える形でフィラデルフィアでのチーム創設を許可し、設立されたのがフィラデルフィア・イーグルスである[1]。チームの愛称は世界恐慌からの回復するためのニューディール政策で設置された全国復興庁のシンボルであった青いワシのようにチームを上昇させたいと願い、ベルが名付けた[1]。10月15日の最初の試合では、ニューヨーク・ジャイアンツに0-56で敗れた。ホームデビュー戦となった翌週のポーツマス・スパルタンズにも0-25で敗れた。11月5日のシンシナティ・レッズ戦で初勝利、この年3勝5敗1分に終わった[1]

チームは当初、イエロージャケッツのユニフォームを着用してプレーしたものの、あくまでもピッツバーグ・スティーラーズシンシナティ・レッズと共にエクスパンションチームとして加入したチームであるので、イエロージャケッツの記録は継承していない。

1934年、開幕から6連敗を喫したが、最後の5試合中4試合に勝ち、4勝7敗で終えた。1935年、2勝9敗と成績は下降した。シーズン終了後、バート・ベルは、ラッド・レイからオーナー権を獲得、単独オーナーとなった[1]

ベルオーナーは、カレッジフットボールの選手獲得に、ドラフト制度を実施することを提案、1936年、イーグルスは全体1位でハイズマン賞受賞のジェイ・バーワンガーを指名した。しかしバーワンガーは入団を拒否、NFLでプレーすることはなかった。この年チームは、ベイカー・ボウルからフィラデルフィア・ミュニシパル・スタジアムに移った。バート・ベルがヘッドコーチに就任し、開幕戦は勝ったものの残り11試合に敗れ、1勝11敗に終わった[1]

1937年、開幕から3連敗し、シカゴ・カージナルスの持つ連敗記録に並んだが、ワシントン・レッドスキンズに敵地で勝利、2勝8敗1分で終えた。1938年は5勝6敗と成績を改善させた[1]

1939年、オールアメリカンのクォーターバックデイビー・オブライエンと12,000ドルで契約を結んだ。全試合に出場したオブライエンは、1324ヤードを投げてNFL記録を更新した。しかしチームは1勝9敗1分に終わった。10月22日のブルックリン・ドジャース戦がイーグルスの試合としては初めてテレビ放送された[1]

1940年に本拠地をフィラデルフィア・ミュニシパル・スタジアムからシャイブパーク(1953年にコニー・マック・スタジアムに改称)に移した。この年チームは1勝10敗に終わった[1]

1941年、本拠地をミュニシパル・スタジアムに戻した。ヘッドコーチには、グリージー・ニールが就任した。チームは2勝9敗に終わった。1942年、チームは本拠地をシャイブ・パークに1年で戻した。チームは2勝9敗で最下位に終わった[1]

第二次世界大戦中の1943年には所属選手が不足したため、ピッツバーグ・スティーラーズと合同チームとなり、フィラデルフィア=ピッツバーグ・スティーグルス(Philadelphia-Pittsburgh Steagles)となった。この年チームは5勝4敗1分、シーズン終了後、合同チームは解消された[1]

1946年にバート・ベルはNFLコミッショナーとなった。アール "グリージー" ニールヘッドコーチに率いられたチームはスティーブ・バンビューレンなどの活躍で1947年から3年連続でNFLチャンピオンシップゲームに出場を果たし吹雪の中行われた1948年にはシカゴ・カージナルスに7-0、1949年にはロサンゼルス・ラムズに14-0とNFL史上唯一2年連続相手チームを完封して優勝した。1957年に本拠地をペンシルベニア大学フランクリン・フィールドに移した。同スタジアムは1969年に人工芝となりNFLチームとしては最初に人工芝球場を本拠地としたチームになった。

1960年バック・ショウヘッドコーチの下、後にプロフットボール殿堂入りを果たしたノーム・バン・ブルックリンチャック・ベドナリクらの活躍で3度目のNFLチャンピオンとなった。また、この年無敗だったヴィンス・ロンバルディグリーンベイ・パッカーズを17-13で破った。

1963年、チームはジェリー・ウォルマンに買収されたが1969年レナード・トースが当時プロスポーツチームとしては最高額の1615万5000ドルで買収した。その後直ちに5シーズンで24勝41敗1分の成績しか残せなかったジョー・クハリッチが解任された。ピート・レツラフGMジェリー・ウィリアムズがヘッドコーチに就任した。

統合後

1970年のNFLとAFLの統合後、NFC東地区に所属した。その後同地区のライバルであるダラス・カウボーイズワシントン・レッドスキンズの影に隠れプレーオフ出場はなかなか果たせず1962年から1975年に勝ち越したのはわずか1回であった。1976年UCLAからディック・ヴァーミールをHCに迎えると、1978年には18年ぶりにポストシーズンゲーム出場を果たした。11月19日のニューヨーク・ジャイアンツ戦ではイート・ザ・ボールされれば敗北必至のところ、相手オフェンスのファンブルをCBハーマン・エドワーズがファンブルリカバーTDをあげて勝利した[2]

1978年から1981年まで4シーズン連続プレーオフに進出した。1980年にはQBロン・ジャウォースキー、WRハロルド・カーマイケルらの活躍で初のNFC東地区優勝を達成、チームは第15回スーパーボウル出場を果たしたがオークランド・レイダースに敗れた。この試合ではジャコウスキーのパスがロッド・マーティンに3回インターセプトされるスーパーボール記録を作られている[3]

1985年にチームはフロリダ州で自動車販売業で富を築いたノーマン・ブラマンらに6500万ドルで売却された。この際トース前オーナーがカジノでのギャンブルで2500万ドルの借金を抱えたことが報道された。1986年には第20回スーパーボウルを制したシカゴ・ベアーズのディフェンシブコーディネーター、バディ・ライアンがヘッドコーチに就任した。強力ディフェンスなどでチームは1980年代終わりから1990年代初めにプレーオフにしばしば出場を果たした。しかしプレーオフで勝てないライアンは1991年1月7日に解任されオフェンスコーディネーターのリッチ・コータイトが後任となった。1992年のプレーオフでチームはニューオーリンズ・セインツを破ったが1994年に7勝2敗から終盤7連敗して7勝9敗に終わるとコータイトは契約延長されることなくチームを去った。1988年から1996年までチームは9シーズン中6回プレーオフに出場したが地区優勝は1988年の1回のみであった。この時代のオフェンスのスター選手は走れるQBランドール・カニンガム、TEキース・ジャクソン、RBハーシェル・ウォーカー、WRフレッド・バーネットなど、ギャンググリーンと呼ばれたディフェンスはDEレジー・ホワイト、DTジェローム・ブラウン、DEクライド・シモンズ、LBセス・ジョイナー、Sウェズ・ホプキンス、DTマイク・ゴーリック、LBバイロン・エバンズ、CBエリック・アレン、Sアンドレ・ウォーターズなどである。この時代はNFC東地区が非常にハイレベルであり強力な同地区ライバルチーム相手に善戦するものの上位進出を阻まれ続けた。エースQBカニンガムは並外れた身体能力を生かした次世代のQBとして期待されたが故障も多く、あと一歩の殻を打ち破れずにいた。1993年8月のプレシーズンマッチでは来日し東京ドームで試合を行った。

1994年5月6日、ブラマンオーナーから1億8500万ドルでジェフリー・ルーリーにチームは売却された。フォーブスの2006年版によると評価額は10億2400万ドルでありNFLで5番目に高いフランチャイズとなっている。チームユニフォームのカラーも明るいケリーグリーンとシルバー、ホワイトから濃色のミッドナイトグリーンにブラック、ホワイトへと変更された。レイ・ローズHCが指揮した4年間は世代交代の時期とも重なり、2度プレイオフに進出したのが限度であった。

アンディ・リードの時代

1999年から2012年までヘッドコーチを務めたアンディ・リード

1999年アンディ・リードがヘッドコーチに就任し、ドラフト全体2位で獲得したQBドノバン・マクナブの台頭もあってチームは一時期の低迷から脱し、2001年から2004年にかけて4年連続NFCチャンピオンシップゲームに出場した。最初の3回は敗れたが2004年シーズンには第39回スーパーボウルへの出場を果たしニューイングランド・ペイトリオッツと対戦したが21-24で敗れて優勝は果たせなかった。2008年シーズンはぎりぎりでプレーオフ出場を決め前年のスーパーボウル覇者であるニューヨーク・ジャイアンツを敵地で23-11と破ったがNFCチャンピオンシップゲームでアリゾナ・カージナルスに25-32で敗れスーパーボウル出場はならず、リードHCはまたしてもホノルルプロボウルの指揮を執る事になった。リードHCはチャンピオンシップ敗退のヘッドコーチとして4回もプロボウルに出ており元スティーラーズのビル・カウアーHCと並んでアロハコレクターと揶揄された。

2009年ジェッツ戦(QBマイケル・ヴィック)

2009年、5月にジム・ジョンソンディフェンスコーディネーターが癌性腫瘍の治療のため、チームを離脱、トレーニングキャンプ直前の7月にショーン・マクダーモットをDCに昇格させた[4]。7月28日にジョンソンDCは68歳で亡くなった[5]。開幕直前に、闘犬賭博罪で収監され18ヶ月の刑期を終えたQBマイケル・ヴィックを獲得。11勝5敗で地区2位となりプレーオフ初戦で敗退したシーズン終了後、ドラフト権と引き換えにQBマクナブをワシントン・レッドスキンズへ放出した。

2010年には、当初ケビン・コルブを先発QBとして開幕戦を迎えたが、負傷のため途中交代。2戦目以後ヴィックを柱としてチームは連勝を重ね、10勝6敗でNFC東地区優勝を果たす。一時はNFLから無期限出場停止処分を受けていたQBヴィックの活躍は、サクセスストーリとして全米の注目を集めるとともに、オバマ大統領も再起のチャンスを与えたイーグルスに対して賞賛を送った [6]。プレーオフは初戦で敗退した。

2011年には開幕前にCBナムディ・アソムーア英語版、CBドミニク・ロジャース=クロマティ、RBロニー・ブラウン英語版、QBヴィンス・ヤングプロボウルに出場経験のある選手を多く補強し、ドリームチームと呼ばれたがシーズンは負けが先行し、終盤盛り返すも8勝8敗でプレーオフを逃した。

2012年ドラフト3巡目にQBニック・フォールズを指名した。この年は開幕から4試合で3勝1敗の成績をあげたが、その後8連敗するなど最後の12試合はわずか1勝で4勝12敗に終わった。[7]この年のチームはQBヴィックが開幕からターンオーバーを連発、ヴィック、RBルショーン・マッコイ脳震盪で数試合欠場、WRデショーン・ジャクソンはシーズン絶望の負傷をしている。10月16日にはホアン・カスティーヨDCは解雇され、[8]。シーズン終了後にリードHCも解任された。リードは14シーズンで130勝93敗1分、地区優勝6回、カンファレンスチャンピオンシップに5回出場、スーパーボウル1回出場の成績を残した[9]

チップ・ケリーの時代

2013年オレゴン大学のヘッドコーチチップ・ケリーがヘッドコーチに就任した[10]。ケリーHCは先発QBにニック・フォールズを据えカレッジ仕込みのノーハドルで攻撃を短時間に繰り出す攻撃システムと3-4ディフェンスを持ち込み10勝6敗で地区優勝を果たしたが、ワイルドカードプレーオフでニューオーリンズ・セインツに24-26で敗れた。翌2014年には人事権のあるGMを兼務しオレゴン大出身の選手を多く獲得するなど選手を大幅に入れ替えたが、その独特なアップテンポオフェンスも対応策が進んで勢いを失い、守備選手の出場時間が長くなり体力を消耗するため終盤に失点を重ねてしまうというデメリットの方が目立っていった。シーズン途中にQBフォールズは鎖骨骨折で戦線離脱し、前ニューヨーク・ジェッツのQBマーク・サンチェスと契約して10勝6敗をあげたもののプレーオフ進出を逃した。2015年はGMの地位を剥奪されHC専任となる。QBフォールズをラムズへ放出して代わりに獲得したサム・ブラッドフォードを先発QBに据えたが7勝9敗と負け越し、ケリーHCは解雇された。

ダグ・ピーダーソンの時代

2016年にはダグ・ピーダーソンが新HCに就任した。ドラフトでは全体2位でQBカーソン・ウェンツを指名、開幕直前に先発QBのサム・ブラッドフォードミネソタ・バイキングスへ放出した。新人QBらしからぬ落ち着いたプレイを見せたウェンツと守備をチーム伝統の4-3隊形に戻して安定感も取り戻し開幕から3連勝を飾ったが、その後失速し7勝9敗の成績を挙げながらも地区最下位に終わった。

2017年はベテランのWRアルション・ジェフリー、WRトリー・スミス、RBリギャレット・ブロウント、CBロナルド・ダービーらを獲得、ドラフトでは守備陣を中心に補強してランディフェンスが向上、シーズン途中には負傷で戦線離脱したRBダレン・スプロールズに代わりRBジェイ・アジャイを獲得した。QBウェンツの成長もあってチームは8連勝を記録するなどして首位を独走していたが第14週のロサンゼルス・ラムズ戦でウェンツが左膝の前十字靭帯断裂しシーズン絶望となり、3年ぶりにチームに復帰したニック・フォールズが先発QBとなった。チームは13勝3敗で地区優勝、NFC第1シードを獲得しホームアドバンテージを獲得した。第1シードを獲得したものの、エースQBのウェンツを失ったチームはフォールズがシーズン終盤に低調なプレーを見せた事もありプレーオフでは苦戦が予想された。ディビジョナルプレーオフではアトランタ・ファルコンズを15-10で、NFC チャンピオンシップではミネソタ・バイキングスを38-7でそれぞれ破りNFCチャンピオンとなり、2004年以来となるスーパーボウル出場を果たした。

第52回スーパーボウルで勝利しヴィンス・ロンバルディ・トロフィーが掲げられた

第52回スーパーボウルではニューイングランド・ペイトリオッツと対戦。戦力的にイーグルスが不利と思われていたが、その評価を覆してペイトリオッツを41-33で破りチーム史上初のスーパーボウルチャンピオンとなった[11]

2018年は連覇が懸かっていたが主力選手・コーチ陣の移籍、厳しいスケジュール、全体32位の低いドラフト指名順により1巡指名を回避するなど苦戦が予想された。スーパーボウルMVPのフォールズが開幕QBとなるも不調により第3週からウェンツがQBに復帰するが、チームの主力であるRBとDBに怪我人が続出しラン攻撃とパスディフェンスが弱体化した結果プレーオフ出場が厳しい状況に置かれた。シーズン終盤に再びウェンツが負傷してフォールズがスターターに復帰し残り3試合を全勝、最終週で第6シードの座を奪い取り9勝7敗でプレーオフ進出を果たした。ワイルドカードプレーオフでは第3シードのシカゴ・ベアーズと対戦、相手の決勝フィールドゴールをブロックし16-15で勝利、ディビジョナルプレーオフは第1シードのニューオーリンズ・セインツに14-20で敗退した。

2019年はDEクリス・ロングが引退、QBニック・フォールズジャクソンビル・ジャガーズに移籍。WRデショーン・ジャクソンのチーム復帰、ベアーズからRBジョーダン・ハワードを獲得した。このシーズンは攻撃陣に怪我人が続出、RB、WRは開幕時の先発全員が故障で途中離脱となった。負けが先行する苦しい状態ながらもシーズン終盤の同地区対決を4連勝し最終週に地区優勝を決め、9勝7敗の成績で第4シードでプレーオフに滑り込んだ。プレーオフ初戦ではここまで孤軍奮闘で牽引してきたQBウェンツが脳震盪で退場し攻撃陣が完全に破綻、シアトル・シーホークスに9-17で敗退した。

2020年はSマルコム・ジェンキンスがセインツへ移籍、CBダリアス・スレイを獲得。開幕2連敗の後シンシナティ・ベンガルズと引き分け、4戦目のサンフランシスコ・49ers戦でシーズン初勝利となるが2020シーズンはNFC東地区の全チームが低迷、引き分けの差だけで地区首位をキープする状態が続く。前年地区優勝によるタフなスケジュールも影響し連敗が続き、第14週からはQBウェンツに代わりドラフト2巡ルーキーQBジェイレン・ハーツが先発、ニューオリンズ・セインツ相手に勝利するなどしたが終盤も連敗して同地区が全て負け越す中で4勝11敗1分の成績で地区最下位となり、2021年ドラフトは全体6巡指名となった。チームの地区最下位は決定済みで臨んだ最終戦の対ワシントン戦では第4クォーターで先発QBをベンチに下げ敗北し、ドラフト指名順を上げるために意図的に負けたのではないかと論議を呼んだ[12]。2021年1月11日、ピーダーソンHCは解雇された。

ニック・シリア二の時代

2021年、前インディアナポリス・コルツの攻撃コーディネーターであったニック・シリアニが新HCに就任した[13]。ドラフト指名権2つと引き換えにQBウェンツをインディアナポリス・コルツにトレードした。ジャクソン、ジェフリーらの離脱でWRが手薄になり、ドラフトでは全体10位でWRデボンタ・スミスを指名した。FAでQBガードナー・ミンシューやCBスティーブン・ネルソンなどを獲得し、エースQBには2年目の若いジェイレン・ハーツが指名された。"タッシュプッシュ"あるいは"ブラザリー・シャブ"と呼ばれる、QBを後ろから二人の選手が押して短い距離を獲得するプレーを開発して多用し始めた[14]。公式戦が1試合増え選手の移籍や厳しいキャップにも悩まされ劣勢が予想されたがアトランタ・ファルコンズとのシーズン開幕戦を勝利しシリアニHCの初陣を飾った。シーズン途中にTEザック・アーツがアリゾナ・カージナルスに移籍しさらに厳しい戦いを強いられたが終盤連勝して、第17週にプレーオフ進出を決め9勝8敗と勝ち越し、今季より1枠拡大された第7シードとなった。ワイルドカードプレーオフでは第2シードのタンパベイ・バッカニアーズに15-31で敗れた。

2022年はGブルックスが引退、Sマクロードがコルツに移籍した他に若手WRを放出。ドラフトでは1巡でDTジョーダン・デービス、2巡でC/Gキャム・ユルゲンスを指名、攻守の主力であるDTコックス、Cケルシーの後継者を獲得した。CBジェームズ・ブラッドベリー、地元テンプル大出身のLBハサン・レディックらがFA加入、トレードでWRのA・J・ブラウン、SのC・J・ガードナー=ジョンソンなどを獲得した。攻守に渡り好調で開幕からリーグ唯一の8連勝を記録し、第10週のワシントン・コマンダーズとの同地区対決にて今季初黒星を喫したものの、その後も勝ち続け第14週にはプレーオフ出場を決めた。終盤でハーツの負傷欠場があり連敗を喫したがハーツは最終週で復帰し勝利を挙げ14勝3敗で地区優勝と第1シードを獲得した。NFCの週間最優秀選手を開幕からの5週連続を含め延べ9人が受賞[15]、QBハーツは9月、LBレディックは12月のNFC月間最優秀選手を受賞した。ディビジョナルラウンドからの登場となったプレーオフ初戦は第6シードのニューヨーク・ジャイアンツに38-7で圧勝、5年ぶりに進んだNFCチャンピオンシップゲームでは第2シードのサンフランシスコ・フォーティナイナーズに31-7で勝利し、第57回スーパーボウルの出場を決めた。だがスーパーボウルでは35-38でカンザスシティ・チーフスに敗れた。

2023年はジョナサン・ギャノンDCがアリゾナ・カージナルスHCに、シェーン・スタイケンOCがインディアナポリス・コルツHCにそれぞれ就任、QBミンシュー、RBサンダース、Sガードナー=ジョンソンなどが移籍。ドラフトでは1巡9位でDTジェイレン・カーター、30位でLBノーラン・スミスを獲得。QBマーカス・マリオタ、RBラシャード・ペニー、地元出身のRBディアンドレ・スウィフトなどが加入した。ミッドナイトグリーン、ホワイト、ブラックのユニフォームに加えて80年代後半から90年代前半に使われたケリーグリーンとシルバーのスローバックユニフォームが復活した。開幕からチーム史上初の2年連続開幕5連勝を飾るなど好スタートを切り、NFCの週間最優秀選手を第1、第4週、第12週のスペシャルチーム部門でKエリオットが、攻撃部門を第2週RBスウィフト、第7週WRブラウン、第8週QBハーツが受賞した。ハーツは10月のNFC月間最優秀攻撃選手にも選ばれた。第12週までは10勝1敗とカンファレンス首位を維持したがその後は1勝5敗と急失速し、第15週にプレーオフ進出を決めたものの地区優勝を逃し11勝6敗で第5シードとなった。ワイルドカードプレーオフでも挽回できずにタンパベイ・バッカニアーズに敗れてシーズン終了となった。

2024年はCケルシー、DTコックスの主力2名が引退し、LBレディック、RBスウィフトらがチームを離れた。OCとDCを刷新し、新OCにはロサンゼルス・チャージャーズからケレン・ムーア、DCにはマイアミ・ドルフィンズからビック・ファンジオを招聘、ドラフトでは1巡22位でCBクイニョン・ミッチェルを獲得した。FAでLBブライス・ハフ、QBケニー・ピケット、LBザック・バウン、地元ペン州立大出身で同地区ライバルのNYGからRBセイクワン・バークリー、WASからWRジャハン・ドットソンが加入、SのC・J・ガードナー=ジョンソンが移籍先のライオンズから1年で復帰した。ブラジルサンパウロで行われた開幕戦を勝利し、その後も好調でカンファレンス2位の成績を維持。NFC週間最優秀選手の攻撃部門をRBバークリーが第1、第7、第9週、第12週に、守備部門をLBバウンが第10週に、スペシャルチーム部門をP/Kマンが第13週にそれぞれ受賞した。第16週に地区優勝を果たし、第2シードでプレーオフに進んだ。RBバークリーは11月のNFC最優秀攻撃選手も受賞し、チーム記録となるラン2005ydsを走りシーズンのリーディングラッシャーとなって、NFLの最優秀攻撃選手に選ばれた。ワイルドカードプレーオフでは開幕戦ブラジルで対戦したグリーンベイ・パッカーズと再戦し22-10で勝利、ディビジョナルプレーオフでは第12週で対戦したロサンゼルス・ラムズと再戦、激しい雪の中28-22で勝利、NFCチャンピオンシップゲームはホームで第6シードの同地区WASと対戦、55-23でNFCチャンピオンとなり、第59回スーパーボウル出場を決めた。スーパーボウルではカンザスシティ・チーフスと2年ぶりの再戦となった。序盤から攻守でチーフスを圧倒し、40-22で2度目のスーパーボウル覇者となった。

2025年はムーアOCのニューオーリンズ・セインツHC就任に伴い内部昇格でケビン・パトゥーロが新OCに。DEグラハムが引退、RBゲインウェル、OGベクトン、DEスウェット、DTウィリアムス、CBスレイ、Sのガードナー=ジョンソンら多くの主力が移籍。ドラフトでは32位から1つ繰り上げて1巡31位でLBキャンベルを獲得した。カウボーイズとの開幕戦では試合開始直後に相手選手の挑発に乗ったDTカーターが退場となるものの勝利、そのカーターは第3週のロサンゼルス・ラムズ戦で試合終了寸前のFGをブロックしボールを拾い上げリターンTDを決め逆転を阻み、第17週と合わせて2度のNFCのスペシャルチーム部門の週間最優秀選手に選ばれ、第11週の最優秀守備選手にも選ばれた。開幕までに有力選手の加入はほぼ無かったがシーズン途中にトレードを行い、ジャクソンビル・ジャガーズからRBビグスビー、マイアミ・ドルフィンズからLBフィリップス等を獲得、一方で獲得した2選手が数週で引退するなどして急遽DEグラハムが現役復帰する事となった。攻撃陣のタレントは揃うが作戦面が保守的で低調となったが強力な守備陣の奮闘で地区首位を独走。第15週にはプレーオフ進出が決まり、第16週にはワシントン・コマンダースを破って2004年シーズン以来となるNFC東地区連覇を達成した、CBデジャーンは同週のNFC最優秀守備選手に選ばれ、CBミッチェルと共にオールプロ第1チームにも選出された。最終的に11勝6敗の成績で公式戦を終え、NFCの第3シードとしてワイルドカードでサンフランシスコ・フォーティナイナーズとホームで対戦したが19-23で敗れ、パトゥーロOCは解雇された。

文化

ビリーペンの呪い

フィラデルフィアにはかつて、フィラデルフィア市庁舎の尖塔に立つウィリアム・ペン像の高さ(167m)を超える建物を建てない、という紳士協定が存在した。しかし、1987年3月に高さ288mのワン・リバティ・プレイスが建設され、それ以来、イーグルスを含むフィラデルフィアに拠点を置くすべての主要なプロスポーツチームが優勝を果たすことができなかった。これは市民の間でビリーペンの呪い(Curse of Billy Penn)と称された。2008年、MLBフィラデルフィア・フィリーズワールドシリーズで優勝し、呪いは解けた[注 1]。その後、イーグルスも2018年にスーパーボウル初制覇を果たしている。

ファン

スーパーボウルを制覇し、喜ぶファン(2018年)

イーグルスのファンはNFLの中でもとりわけ熱狂的と言われている[16]。本拠地開催での試合は常に満員であり、2008年8月に71試合連続でチケット完売を記録した。しかしながら、悪評もついており、ファンのマナーについて言及される場合もある。メジャーリーガーマイク・トラウトも同チームの大ファンとして有名で、イーグルスファンの有名人として真っ先に名が挙がる人物の筆頭格である。エンゼルスがシーズンオフに入ってからは地元に帰省して、イーグルスのホームゲームになると客席からイーグルスに声援を送るトラウトの姿がテレビやスクリーンに映し出されるのが恒例となっている。イーグルスが初のスーパーボウル制覇を成し遂げた第52回スーパーボウルでも会場となったUSバンク・スタジアムに足を運んでおり、歓喜の瞬間を現地で見届けた。『インヴィンシブル 栄光へのタッチダウン』『世界にひとつのプレイブック』『ディア・ハンター』『フィラデルフィアは今日も晴れ』など、映画に取り上げられることも多い。

マスコット

マスコットのスウープ

チームの公式マスコットは、ワシスウープ(Swoop)である。ネシャミニー州立公園のワシの森で生まれ、視力と体力が弱い白頭ワシだったが、強く真実のハートを持っていた。イーグルスのファンがスウープに、強さを増強するユニフォームを与えると、体と心が人間のサイズに成長した。スウープは、他者を助けることを望んだため、イーグルスコミュニティの監督者になった、という逸話がある。

1994年にコメディ映画『エース・ベンチュラ』にカメオ出演し、主人公のベンチュラに打ち負かされる役どころを演じた。

チアリーダー

チームの公式チアリーダーとして、フィラデルフィア・イーグルス・チアリーダーズ(Philadelphia Eagles Cheerleaders)が活動している。1948年にイーグルッツ(Eaglettes)としてデビューし、1970年代にリバティ・ベルズ(Liberty Belles)となった後、1980年代に現在の名称へと変更された。2012年には、アラバマ州モービルで開催されたシニアボウルカレッジフットボールのオールスターゲーム)にも出場した。

2026年シーズン

イーグルス の当年及び近年のシーズン成績
成績Con地区地区ConSOSSOV平均得点平均失点
2025 ワイルドカード敗退3位優勝1160.6473-38-4.476.45522.319.1
2024 第59回スーパーボウル制覇2位優勝1430.8245-19-3.453.42427.217.8
2023 ワイルドカード敗退5位2位1160.6474-27-5.481.47625.525.2
2022 第57回スーパーボウル敗戦1位優勝1430.8244-29-3.474.46028.120.2
2021 ワイルドカード敗退7位2位980.5293-37-5.469.35026.122.6
2020 レギュラーシーズン敗退15位4位4111.2812-44-8.537.46920.926.1
2019 ワイルドカード敗退4位優勝970.5625-17-5.455.41724.122.1
2018 ディビジョナル敗退6位2位970.5624-26-6.518.48622.921.8
2017 第52回スーパーボウル制覇1位優勝1330.8125-110-2.461.43328.618.4
2016 レギュラーシーズン敗退12位4位790.4382-45-7.559.51822.920.7
2015 レギュラーシーズン敗退10位2位790.4383-34-8.508.47323.626.9
2026年シーズンのイーグルスの対戦相手
AFCNFC
前年西地区南地区北地区東地区西地区南地区北地区東地区
1位 ブロンコス ジャガーズ スティーラーズ ペイトリオッツ シーホークス パンサーズ ベアーズ イーグルス
2位 チャージャーズ テキサンズ レイブンズ ビルズ ラムズ バッカニアーズ パッカーズ カウボーイズ
3位 チーフス コルツ ベンガルズ ドルフィンズ 49ers ファルコンズ バイキングス コマンダース
4位 レイダース タイタンズ ブラウンズ ジェッツ カージナルス セインツ ライオンズ ジャイアンツ

 :1度対戦  :2度対戦

フィラデルフィア・イーグルス 2025
米国日本対戦相手スコア勝敗開催地備考
19/4(木)9/5(金)ダラス・カウボーイズ24-201-0リンカーン・フィナンシャル・フィールドR
29/14(日)9/15(月)@カンザスシティ・チーフス20-172-0アローヘッド・スタジアムR
39/21(日)9/22(月)ロサンゼルス・ラムズ33-263-0リンカーン・フィナンシャル・フィールドR
49/28(日)9/29(月)@タンパベイ・バッカニアーズ31-254-0レイモンド・ジェームス・スタジアムR
510/5(日)10/6(月)デンバー・ブロンコス17-214-1リンカーン・フィナンシャル・フィールドR
610/9(木)10/10(金)@ニューヨーク・ジャイアンツ17-344-2メットライフ・スタジアムR
710/19(日)10/20(月)@ミネソタ・バイキングス28-225-2USバンク・スタジアムR
810/26(日)10/27(月)ニューヨーク・ジャイアンツ38-206-2リンカーン・フィナンシャル・フィールドR
9Bye Week
1011/10(月)11/11(火)@グリーンベイ・パッカーズ10-77-2ランボー・フィールドR
1111/16(日)11/17(月)デトロイト・ライオンズ16-98-2リンカーン・フィナンシャル・フィールドR
1211/23(日)11/24(月)@ダラス・カウボーイズ21-248-3AT&TスタジアムR
1311/28(金)11/29(土)シカゴ・ベアーズ15-248-4リンカーン・フィナンシャル・フィールドR
1412/8(月)12/9(火)@ロサンゼルス・チャージャーズ19-228-5SoFiスタジアムR
1512/14(日)12/15(月)ラスベガス・レイダース31-09-5リンカーン・フィナンシャル・フィールドR
1612/20(土)12/21(日)@ワシントン・コマンダース29-1810-5ノースウェスト・スタジアムR
1712/28(日)12/29(月)@バッファロー・ビルズ13-1211-5ハイマーク・スタジアムR
181/4(日)1/5(月)ワシントン・コマンダース17-2411-6リンカーン・フィナンシャル・フィールドR
ポストシーズン(第3シード)
WC1/11(日)1/12(月)(6)サンフランシスコ・49ers19-230-1リンカーン・フィナンシャル・フィールドR
NFC東地区 2025
チーム勝率DIVCON総得点総失点平均得点平均失点SOVSOS
(3)フィラデルフィア・イーグルス1160.6473-38-437932522.319.1.455.476
ダラス・カウボーイズ791.4414-24-7-147151127.730.1.311.438
ワシントン・コマンダース5120.2943-33-935645120.926.5.388.507
ニューヨーク・ジャイアンツ4130.2352-42-1038143922.425.8.478.524
NFC 2025
順位チーム地区勝率DIVCONSOVSOS
地区優勝
1シアトル・シーホークス西1430.8244-29-3.471.498
2シカゴ・ベアーズ1160.6472-47-5.406.458
3フィラデルフィア・イーグルス1160.6473-38-4.455.476
4カロライナ・パンサーズ890.4713-36-6.463.522
ワイルドカード
5ロサンゼルス・ラムズ西1250.7064-27-5.485.526
6サンフランシスコ・49ers西1250.7064-29-3.417.498
7グリーンベイ・パッカーズ971.5594-27-4-1.431.483
8ミネソタ・バイキングス980.5294-27-5.431.514
9デトロイト・ライオンズ980.5292-46-6.428.490
10タンパベイ・バッカニアーズ890.4713-36-6.485.529
11アトランタ・ファルコンズ890.4713-37-5.449.495
12ダラス・カウボーイズ791.4414-24-7-1.311.438
13ニューオーリンズ・セインツ6110.3533-34-8.333.495
14ワシントン・コマンダース5120.2943-33-9.388.507
15ニューヨーク・ジャイアンツ4130.2352-42-10.478.524
16アリゾナ・カージナルス西3140.1760-63-9.422.571
タイブレーク
・ ラムズ・49ers(同地区):共通対戦相手に対する勝率によりラムズが上位
・ ライオンズ・バイキングス(同地区):直接対決の成績によりバイキングスが上位
・ ファルコンズ・パンサーズ・バッカニアーズ(同地区):直接対決の成績によりパンサーズが上位
・ ファルコンズ・バッカニアーズ(同地区):共通対戦相手に対する勝率によりバッカニアーズが上位
・ ベアーズ・イーグルス:直接対決での全勝によりベアーズが上位

成績

NFC東地区(4地区制、2002年-現在)

年度地区優勝2位3位4位
チームチームチームチーム
2025 PHI(3w)1160 DAL791 WAS5120 NYG4130
2024 PHI(2v)1430 WAS(6c)1250 DAL7100 NYG3140
2023 DAL(2w)1250 PHI(5w)1160 NYG6110 WAS4130
2022 PHI(1s)1430 DAL(5d)1250 NYG(6d)971 WAS881
2021 DAL(3w)1250 PHI(7w)980 WAS7100 NYG4130
2020 WAS(4w)790 NYG6100 DAL6100 PHI4111
2019 PHI(4w)970 DAL880 NYG4120 WAS3130
2018 DAL(4d)1060 PHI(6d)970 WAS790 NYG5110
2017 PHI(1v)1330 DAL970 WAS790 NYG3130
2016 DAL(1d)1330 NYG(5w)1150 WAS880 PHI790
2015 WAS(4w)970 PHI790 NYG6100 DAL4120
2014 DAL(3d)1240 PHI1060 NYG6100 WAS4120
2013 PHI(3w)1060 DAL880 NYG790 WAS3130
2012 WAS(4w)1060 NYG970 DAL880 PHI4120
2011 NYG(4v)970 PHI880 DAL880 WAS5110
2010 PHI(3w)1060 NYG1060 DAL6100 WAS6100
2009 DAL(3d)1150 PHI(6w)1150 NYG880 WAS4120
2008 NYG(1d)1240 PHI(6c)961 DAL970 WAS880
2007 DAL(1d)1330 NYG(5v)1060 WAS(6w)970 PHI880
2006 PHI(3d)1060 DAL(5w)970 NYG(6w)880 WAS5110
2005 NYG(4w)1150 WAS(6d)1060 DAL970 PHI6100
2004 PHI(1s)1330 NYG6100 DAL6100 WAS6100
2003 PHI(1c)1240 DAL(6w)1060 WAS5110 NYG4120
2002 PHI(1c)1240 NYG(5w)1060 WAS790 DAL5110

NFC東地区(3地区制、1970年-2001年)

年度地区優勝2位3位4位5位
チームチームチームチームチーム
2001 PHI(3c)1150 WAS880 NYG790 ARI790 DAL5110
2000 NYG(1s)1240 PHI(4d)1150 WAS880 DAL5110 ARI3130
1999 WAS(3d)1060 DAL(5w)880 NYG790 ARI6100 PHI5110
1998 DAL(3w)1060 ARI(6d)970 NYG880 WAS6100 PHI3130
1997 NYG(3w)1051 WAS871 PHI691 DAL6100 ARI4120
1996 DAL(3d)1060 PHI(5w)1060 WAS970 ARI790 NYG6100
1995 DAL(1v)1240 PHI(4d)1060 WAS6100 NYG5110 ARI4120
1994 DAL(2c)1240 NYG970 ARI880 PHI790 WAS3130
1993 DAL(1v)1240 NYG(4d)1150 PHI880 PHO790 WAS4120
1992 DAL(2v)1330 PHI(5d)1150 WAS(6d)970 NYG6100 PHO4120
1991 WAS(1v)1420 DAL(5d)1150 PHI1060 NYG880 PHO4120
1990 NYG(2v)1330 PHI(4w)1060 WAS(5d)1060 DAL790 PHO5110
1989 NYG(2d)1240 PHI(4w)1150 WAS1060 PHO5110 DAL1150
1988 PHI(3d)1060 NYG1060 WAS790 PHO790 DAL3130
1987 WAS(3v)1140 DAL780 StL780 PHI780 NYG690
1986 NYG(1v)1420 WAS(4c)1240 DAL790 PHI5101 StL4111
1985 DAL(3d)1060 NYG(4d)1060 WAS1060 PHI790 StL5110
1984 WAS(2d)1150 NYG(5d)970 StL970 DAL970 PHI691
1983 WAS(1s)1420 DAL(4w)1240 StL871 PHI5110 NYG3121
1982 WAS(1v)810 DAL(2c)630 StL(6w)531 NYG450 PHI360
1981 DAL(2c)1240 PHI(4w)1060 NYG(5d)970 WAS880 StL790
1980 PHI(2s)1240 DAL(4c)1240 WAS6100 StL5110 NYG4120
1979 DAL(1d)1150 PHI(4d)1150 WAS1060 NYG6100 StL5110
1978 DAL(2s)1240 PHI(5w)970 WAS880 StL6100 NYG6100
1977 DAL(1v)1220 WAS950 StL770 PHI590 NYG590
1976 DAL(2d)1130 WAS(4d)1040 StL1040 PHI4100 NYG3110
1975 StL(3d)1130 DAL(4s)1040 WAS860 NYG590 PHI4100
1974 StL(d)1040 WAS(d)1040 DAL860 PHI770 NYG2120
1973 DAL(c)1040 WAS(d)1040 PHI581 StL491 NYG2111
1972 WAS(s)1130 DAL(c)1040 NYG860 PHI491 StL2111
1971 DAL(v)1130 WAS(d)941 PHI671 StL491 NYG4100
1970 DAL(s)1040 NYG950 StL851 WAS680 PHI3101

NFL東カンファレンス・首都地区(1967年-1969年)

地区優勝2位3位4位
チームチームチームチーム
1969 DAL(c)1121 WAS752 NO590 PHI491
1968 DAL(c)1220 NY770 WAS590 PHI2120
1967 DAL(n)950 PHI671 WAS563 NO3110

NFL東カンファレンス(1953年-1966年)

優勝2位3位4位5位6位7位8位
チームチームチームチームチームチームチームチーム
1966 DAL(n)1031 CLE950 PHI950 StL851 WAS770 PIT581 ATL3110 NY1121
スーパーボウル開始
1965 CLE(n)1130 DAL770 NY770 WAS680 PHI590 StL590 PIT2120
1964 CLE(v)1130 StL932 PHI680 WAS680 DAL581 PIT590 NY2102
1963 NY(n)1130 CLE1040 StL950 PIT743 DAL4100 WAS3110 PHI2102
1962 NY(n)1220 PIT950 CLE761 WAS572 DAL581 StL491 PHI3101
1961 NY(n)1031 PHI1040 CLE851 StL770 PIT680 DAL491 WAS1121
1960 PHI(v)1020 CLE831 NY642 StL651 PIT561 WAS192
1959 NY(n)1020 CLE750 PHI750 PIT561 WAS192 CHC2100
1958 NY(n)930 CLE930 PIT741 WAS471 CHC291 PHI291
1957 CLE(n)921 NY750 PIT660 WAS561 PHI480 CHC390
1956 NY(v)831 CHC750 WAS660 CLE570 PIT570 PHI381
1955 CLE(v)921 WAS840 NY651 CHC471 PHI471 PIT480
1954 CLE(v)930 PHI741 NY750 PIT570 WAS390 CHC2100
1953 CLE(n)1110 PHI741 WAS651 PIT660 NY390 CHC1101

NFLアメリカン・カンファレンス(1950年-1952年)

優勝2位3位4位5位6位
チームチームチームチームチームチーム
1952 CLE(n)840 NY750 PHI750 PIT570 CHC480 WAS480
1951 CLE(n)1110 NYG921 WAS570 PIT471 PHI480 CHC390
1950 CLE(v)102x NYG102x PHI66x PIT66x CHC57x WAS39x

NFL東地区(1933年-1949年)

優勝2位3位4位5位
チームチームチームチームチーム
1949 PHI(v)1110 PIT651 NYG660 WAS471 NYB1101
1948 PHI(v)921 WAS750 NY480 PIT480 BOS390
1947 PHI(n)840 PIT840 BOS471 WAS480 NY282
1946 NY(n)731 PHI650 WAS551 PIT551 BOS281
1945 WAS(n)820 PHI730 NY361 BOS361 PIT280
1944 WAS(n)631 NY631 PHI730 BOS281 BK0100
1943 WAS(n)631 NY631 Phil-Pitt541 BK280
1942 WAS(v)1010 PIT740 NY551 BK380 PHI290
1941 NY(n)830 BK740 WAS650 PHI281 PIT191
1940 WAS(n)920 NY830 BK641 PIT272 PHI1100
1939 NY(n)911 WAS821 BK461 PHI191 PIT191
1938 NY(v)821 WAS632 BK443 PHI560 PIT290
1937 WAS(v)830 NY632 PIT470 BK371 PHI281
1936 BOS(n)750 PIT660 NY561 BK381 PHI1110
1935 NY(n)930 BK561 PIT480 BOS281 PHI290
1934 NY(v)850 BOS660 BK470 PHI470 PIT2100
1933 NY(n)1130 BK541 BOS552 PHI351 PIT362

主な選手

現役選手

永久欠番

フィラデルフィア・イーグルス 永久欠番一覧
背番号 選手 ポジション 在籍期間
5ドノバン・マクナブDonovan McNabbQB1999–2009
15スティーブ・バンビューレンSteve Van BurenHB1944–1951
20ブライアン・ドーキンスBrian DawkinsS1996–2008
40トム・ブルックシャーTom BrookshierCB1953–1961
44ピート・レツラフPete RetzlaffRB, WR, TE1956–1966
60チャック・ベドナリクChuck BednarikLB1949–1962
70アル・ウィスタートAl WistertOT1943–1951
92レジー・ホワイトReggie WhiteDE1985–1992
99ジェローム・ブラウンJerome BrownDT1987–1991

永久欠番にはなっていないものの以下の番号は選手の栄誉を讃え、現在使用されていない。

プロフットボール殿堂入り

プロフットボール殿堂入りメンバー一覧
選手
背番号名前ポジション在籍期間選出年
15スティーブ・バンビューレンSteve Van BurenHB1944–19511965
60チャック・ベドナリクChuck BednarikC, LB1949–19621967
53アレックス・ウォジコビッツAlex WojciechowiczC, DT1946–19501968
35ピート・ピホスPete PihosTE, DE1947–19551970
56ビル・ヒューイットBill HewittEnd, FB1937–1939, 19431971
11ノーム・バン・ブルックリンNorm Van BrocklinQB1958–19601971
33オーリー・マトソンOllie MatsonRB1964–19661972
54ジム・リンゴJim RingoC1964–19671981
9ソニー・ジャーゲンセンSonny JurgensenQB1957–19631983
98, 99マイク・ディトカMike DitkaTE1967–19681988
86バド・グラントBud GrantWR, DE1951–19521994
25トミー・マクドナルドTommy McDonaldWR1957–19631998
80ジェームズ・ロフトンJames LoftonWR19932003
76ボブ・ブラウンBob BrownOT1964–19682004
92レジー・ホワイトReggie WhiteDE1985–19922006
85アート・モンクArt MonkWR19952008
95リチャード・デントRichard DentDE19972011
80クリス・カーターCris CarterWR1987–19892013
87クロード・ハンフリーClaude HumphreyDE1979–19812014
20ブライアン・ドーキンスBrian DawkinsS1996–20082018
81テレル・オーウェンスTerrell OwensWR2004-20052018
17ハロルド・カーマイケルHarold CarmichaelWR1971-19832020
コーチ・エグゼクティブ
名前役職在籍期間選出年
バート・ベルBert Bellオーナー、創設者1933–19401963
ヘッドコーチ1936–1940
ウェイン・ミルナーWayne Millnerアシスタントコーチ19511968
グリージー・ニールGreasy Nealeヘッドコーチ1941–19501969
マイク・マコーマックMike McCormackヘッドコーチ1973–19751984

Eagles Hall of Fame

75周年記念チーム

歴代ヘッドコーチ

脚注

関連項目

外部リンク

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