ウーリンタイ・バダン
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パラスの『モンゴル民族史料集』によると、ホイト部のヨボゴン・メルゲンは天を逐われた天女 (Tänggrin) と結婚していたが、ある時天女はヨボゴン・メルゲンが出征している間にボー・ハーンと密通した。ヨボゴン・メルゲンが帰る前に男児を出産した天女はこれを樹の下に捨てたが、嗣子のいなかったボー・ハーンは男児を捜し出してオーリンダ・ブドゥンと名付けて後継ぎとした。
ボー・ハーンは子供を霧 (будан budun) の中で見つけ、その上で梟 (ооль шувуу ooli schabuun) が飛んでいたため、オーリンダ・ブドゥン(Oolinda budun)と名付けられたという。また、オーリンダ・ブドゥンは樹の下で曲がった小枝を口に含み樹液を吸っていたが、その小枝が管 (Zorros) に見えたためにオーリンダ・ブドゥンの子孫はチョロースと呼ばれたとも記される[1]。
ウーリンタイ・バダンの子孫にゴーハイ太尉が生まれ、その息子バトラ丞相(順寧王マフムード)以降、チョロース部族長がドルベン・オイラト(オイラト部族連合)を指揮するようになった。チョロースの家系はトゴン太師、エセン・ハーンを経て後のジューンガル部、ドルベト部へと繋がっていった[2]。