エンツォ・デリニー
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| エンツォ・デリニー | |
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スパ・フランコルシャンにて(2025年) | |
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 生年月日 | 2008年4月17日(17歳) |
| 出身地 |
上海市 |
| フォーミュラ・リージョナル・ヨーロピアン・チャンピオンシップでの経歴 | |
| デビュー | 2024 |
| 所属 | R-ace GP |
| 車番 | 23 |
| 出走回数 | 40 |
| 優勝回数 | 4 |
| ポールポジション | 4 |
| ファステストラップ | 2 |
| シリーズ最高順位 | 3位 (2025) |
| 過去参加シリーズ | |
エンツォ・デリニー(Enzo Deligny、2008年4月17日 - )は、フランス・中国のレーシングドライバー。
2023年から2024年までレッドブル・ジュニアチームの一員であった[1]。
経歴
カート
5歳の時に上海インターナショナル・サーキット内のトラックでカートを始めると、2014年に上海で開催されたロータックス・マックス・アジアで初優勝を飾ると、2015年にロサンゼルスに移住し、2019年にチャレンジ・オブ・ジ・アメリカズとSKUSAスプリング・ナショナルズで優勝、SKUSAスーパーナショナルズのミニ部門で2位を獲得[4]。2020年、ヨーロッパを拠点に移し、ROKカップ・インターナショナル・ファイナルで2位を獲得[5]。
2021年、デリニーはパロリン・モータースポーツに所属し、OKJカテゴリでヨーロッパ・カート選手権を含むヨーロッパシリーズに出場[6]。2022年、OKに転向し、WSKスーパー・マスター・シリーズ最終戦で初優勝を挙げた[7]。さらに、WSKユーロ・シリーズのレースで優勝し総合2位を獲得し[8][9]、ヨーロッパ選手権ではスエラで表彰台を獲得すると、最終戦(フランチャコルタ)では予選3番手で通過し[10][11]、最終的に総合4位で終えた[12][13][14]。カートでの最終年について、デリニーは「ポジティブだった」と述べつつ「もっと良くできたはずだ」とも語っている[15]。
フォーミュラ4
2023年

2023年にシングルシーターデビューを果たすと、2022年のF4・スペイン選手権のチャンピオンであるニコラ・ツォロフからの推薦により、カンポス・レーシングからF4・スペイン選手権に参戦[16][17]。開幕戦(スパ・フランコルシャン)で4位入賞すると、第2戦(アラゴン)で初優勝を飾ると[18]、続く2レースで2位2回を獲得[19][20]。第5戦(エストリル)での勝利を含め、次の3戦でコンスタントに表彰台を獲得し、タイトル獲得の望みを膨らませたが[21]、最終戦(バルセロナ)でのレース2で2位表彰台のみに終わり[22]、レース3でデリニーはオープニングラップの1コーナーへの走行中に他のドライバーをコースアウトさせたため、失格となったが[23]、優勝2回・表彰台圏内10回・240ポイントを獲得し、総合4位で終えた。
また、AKMモータースポーツからイタリアF4選手権に2戦出場し[24]、開幕戦(イモラ)では全レースで入賞し、第5戦(ポール・リカール・サーキット)のレース3で9位に入り、8ポイントで総合22位[25]。他にもユーロ4選手権第2戦(モンツァ)にも同チームから出場し、10位に入った(総合19位)。
2024年
2024年、デリニーはR-ace GPからフォーミュラ4・UAE選手権に3戦出場[26]。最終戦(ドバイ)での優勝を含む2回表彰台に上り[27]、開幕2戦欠場したものの、ドライバーズランキング8位で終えた。
フォーミュラ・リージョナル
2024年

2024年、デリニーはトゥッカ・タポネンとザック・デビッドとともにR-ace GPからフォーミュラ・リージョナル・ヨーロピアン・チャンピオンシップに昇格[26]。最高位は4位で、総合12位を記録。
また、R-ace GPからマカオグランプリにも出場し[28]、予選レースで5位、決勝では4位でフィニッシュした[29]。
2025年

2025年のオフシーズン中、R-ace GPからフォーミュラ・リージョナル・ミドル・イースト・チャンピオンシップに出場し[30]、開幕・第2戦(ヤス・マリーナ・サーキット)で3位を獲得し[31][32]、最終戦(カタール)でシーズン唯一の優勝を飾り、総合5位を記録[33]。
デリニーは、主な参戦としてフォーミュラ・リージョナル・ヨーロピアン・チャンピオンシップ2年目を迎え、R-ace GPに残留[34]。開幕戦(ミサノ)でポイントを獲得した後、第2戦(スパ・フランコルシャン)で初表彰台および初優勝を飾った[35][36]。第4戦(ハンガロリンク)でポールポジションを獲得したが[37]、2回のスロー走行で勝利を逃し、レース1で3位、レース2では危険運転で失格に終わった[38][39]。第6戦(イモラ)では2度目のポールポジションを獲得し[40]、すべてのラップをリードし、2勝目を挙げた[41]。レース2でも表彰台を獲得し、第7戦(レッドブル・リンク)まで続いた[42]。勢いは第8戦(バルセロナ)・第9戦(ホッケンハイムリンク)でも続き、2戦ともポールポジションと勝利を獲得して、タイトル獲得の可能性を残した[43][44]。最終戦(モンツァ)で9位に終わったが、優勝4回・表彰台圏内9回・ポール4回・計235ポイントで総合3位を記録。
FIA フォーミュラ3
2026年、デリニーは当初プレマ・レーシングからFIA フォーミュラ3選手権に昇格する契約を結んだが[45]、2月6日、プレマから離脱し、ファン・アメルスフォールト・レーシングに移籍することが発表された[46]。
フォーミュラ1
2023年1月、レッドブル・ジュニアチームに加入し[47]、2年在籍した後、2025年をもってチームから離脱した[48]。デリニーは退団について「将来良い成績を残せれば、レッドブルに戻ってくる可能性がある」と述べた[49]。