オンワードメテオ
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| オンワードメテオ | |||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 欧字表記 | Onward Meteor[1] | ||||||||
| 品種 | サラブレッド[1] | ||||||||
| 性別 | 牡[1] | ||||||||
| 毛色 | 鹿毛[1] | ||||||||
| 生誕 | 1997年4月24日[1] | ||||||||
| 死没 | 2006年11月18日(9歳没) | ||||||||
| 抹消日 | 2006年11月18日 | ||||||||
| 父 | クリミナルタイプ[1] | ||||||||
| 母 | オンワードハッピー[1] | ||||||||
| 母の父 | ノーザンテースト[1] | ||||||||
| 生国 |
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| 生産者 | オンワード牧場[1] | ||||||||
| 馬主 | (株)オンワード牧場[1] | ||||||||
| 調教師 | 加賀武見(美浦)[1] | ||||||||
| 競走成績 | |||||||||
| 生涯成績 | 20戦5勝[1] | ||||||||
| 獲得賞金 | 1億4044万1000円[1] | ||||||||
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オンワードメテオ(欧字名:Onward Meteor)は、日本の競走馬[1]。主な勝ち鞍は2002年の東京ハイジャンプ、新潟ジャンプステークス。
1999年11月6日の3歳新馬(東京芝1600m)でデビューし、最下位の7着に敗れる。続く折り返しの新馬戦でダートを使われ、2戦目で初勝利を挙げる。その後は怪我により長期休養に入り、1年後の12月の4歳以上500万下で復帰、最下位の15着に終わった。さらに、5か月の休養後4歳以上500万下を使われるが12着と惨敗。その後、3戦使われるが大敗が続き、障害競走に転向する。
転向初戦となった障害3歳以上未勝利を、いきなり後続に4秒差をつける大差をつけて勝利を飾る。その後、障害3歳以上オープンで5着、8着と敗れる。
5歳初戦、府中新春ジャンプステークスで3着に入ると、続く障害4歳以上オープンで2着、次走の障害オープンを勝利し障害2勝目を挙げる。次走、1.5倍と断然人気となった障害オープンはアタマ差の2着。次走も2着に敗れる。重賞初出走となった東京ハイジャンプはミレニアムスズカ、ゴーカイの2頭に人気が集まるなか、レースでは早め先頭に立つと、後続に差を広げ、5馬身差をつける快勝。重賞初制覇となった。管理する加賀武見調教師にとっても初の重賞制覇となった。さらに、新潟ジャンプステークスはトップハンデ62.5㎏で出走し、2着のガルフィンドリームに4馬身差をつけて1着。重賞連勝を飾った。しかし、その後は長期休養に入る。
1年9か月ぶりの実戦復帰となった障害4歳以上オープンは6着に敗れる。5か月後、東京オータムジャンプは7着に敗れた。さらに、2年1か月の休養に入り、9歳での出走となった障害3歳以上オープンで斤量66㎏を背負って出走するも、2周目5号障害飛越の際、躓いて転倒し、競走を中止。右前腕骨々折を発症し、予後不良と診断され、安楽死の措置が行われた[2]。