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オーランド・マジック

プロバスケットボールチーム From Wikipedia, the free encyclopedia

オーランド・マジック(Orlando Magic)は、アメリカ合衆国フロリダ州オーランドに本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。イースタン・カンファレンス、サウスイースト・ディビジョン所属。チーム名の「マジック」は、オーランドに本拠を置くテーマパークディズニーワールドのキャッチコピー「魔法の世界へようこそ」(マジック・キングダム)に因んでいる。

チームロゴ 青の大文字でORLANDO MAGICと描かれたロゴ。
ディビジョン  サウスイースト 
概要 オーランド・マジック Orlando Magic, チームロゴ ...
オーランド・マジック
Orlando Magic
2025-2026シーズンのオーランド・マジック
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チームロゴ 青の大文字でORLANDO MAGICと描かれたロゴ。
所属リーグ  NBA アメリカ合衆国の旗カナダの旗
カンファレンス  イースタン・カンファレンス 
ディビジョン  サウスイースト 
創設 1989年
チーム史 オーランド・マジック
(1989年 - )
本拠
オーランド・マジックの位置(アメリカ合衆国内)
オーランド・マジック

フロリダ州の旗 フロリダ州オーランド
アリーナ キア・センター
チームカラー 青, 黒, 銀[1][2]
     
主なスポンサー ウォルト・ディズニー・ワールド[3]
オーナー ダン・デヴォス
社長 アレックス・マーティンズ
GM アンソニー・パーカー
ヘッドコーチ ジャマール・モズリー
優勝歴 0回
ファイナル進出 2回 (1995年, 2009年)
ディビジョン優勝 7回 (1995年, 1996年, 2008年, 2009年, 2010年, 2019年, 2024年)
永久欠番  6   32 
NBAGL提携チーム オセオラ・マジック
公式サイト www.nba.com/magic
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傘下のNBA Gリーグチームは、OSC。

歴史

初期

オーランド・マジックは、1980年代のNBAの好調な業績に後押しされ、1989年にミネソタ・ティンバーウルブズと同じ年に創設された。

1989-90シーズン(最初のシーズン)、スコット・スカイルズ、ドラフト全体11位で指名したニック・アンダーソンなどが出場。11月4日、ニュージャージー・ネッツとの試合がチーム最初の試合で、その2日後のニューヨーク・ニックス戦で初勝利をあげて、最終的に18勝64敗に終わった。

1990年代

1990-91シーズンはドラフト全体4位で指名したシューターデニス・スコットが加入、その年のみウェスタン・カンファレンスのミッドウェスト・ディビジョンに所属により、最終的に31勝51敗でカンファレンス9位だった。

1991-92シーズン、この年はけが人も多く、17連敗を記録するなど、21勝61敗と低迷した。

シャック&ペニーの時代

苦境にある新興チームの光明となったのが、1992年のドラフト全体1位で指名したシャキール・オニールだった。オニールは1年目からシーズン平均23.4得点、13.9リバウンド、3.5ブロックと大物ぶりを発揮し、オールスターの先発、そして新人王を受賞した。この1992-93シーズンのチーム成績は41勝41敗だったが、勝敗で並んでいたインディアナ・ペイサーズがイースタン8位となりプレーオフ進出を逃した。プレーオフに進出できなかったチームの中で最も勝率が良かったものの1993年のドラフトでは2年連続で全体1位指名権を獲得するという幸運に恵まれ、指名したクリス・ウェバーをただちにゴールデンステート・ウォリアーズの指名を受けたペニー・ハーダウェイとトレードした。オニールとハーダウェイのコンビは若いチームマジックをリーグの強豪へと成長させていった。

1993-94シーズンからブライアン・ヒル監督に率いられたマジックは50勝32敗の好成績でレギュラーシーズンを終え、第4シードで初のプレーオフに進出したが1回戦でインディアナ・ペイサーズに3連敗で敗れた。

ブライアン・ヒルHC

1994-95シーズンはシカゴ・ブルズからリバウンドの取れるホーレス・グラントをフリーエージェントで獲得してベストの布陣を築き上げ、57勝25敗でイースタン1位でシーズンを終えた。プレーオフでは、セルティックス、マイケル・ジョーダンが復帰したばかりのブルズ、そしてペイサーズを破り、チーム設立5年目でNBAファイナルに進出した。ヒューストン・ロケッツとのファイナルはアキーム・オラジュワンとオニールのセンター対決に加え、お互いにいいシューターが揃っていた点で「3ポイントシュートの雨あられが降るだろう」と言われた。レギュラーシーズンをウェスタン6位と苦しみながら2年連続ファイナルに進出したヒューストン・ロケッツと比べて、若さや勢い、チーム戦力などから、下馬評ではオーランド・マジック優位との声が強かった。しかし、戦いが始まってみると経験豊富なヒューストン・ロケッツの前にリードしては逆転されるという試合展開が続き、大方の予想とは異なり4連敗で敗れ去った。シリーズ第2戦では、後にオニールと共にロサンゼルス・レイカーズでNBAファイナル優勝を果たしたロバート・オーリーにファイナル新記録の7スティールを喫した。

1995-96シーズン、マジックは60勝22敗の成績で第2シードとなり、プレーオフではデトロイト・ピストンズ、アトランタ・ホークスを破ったが、この年から3連覇することになるシカゴ・ブルズに4連敗で敗れた。シーズン終了後、オニールは「ブライアン・ヒルのもとでは優勝できない」という言葉を吐き、ロサンゼルス・レイカーズに移った。

シャック退団後

1996-97シーズン、マジックはハーダウェイやダレル・アームストロング、新しくフリーエージェントで加入したロニー・サイカリーを軸に戦って45勝37敗の成績を残した。このシーズンの開幕2連戦で、オーランド・マジックは日本を訪れ、ニュージャージー・ネッツと対戦した。プレーオフではマイアミ・ヒートと1回戦で対戦、最初の2ゲームで連敗したが、第5戦までもつれこませることができた。

1997-98シーズン、マジックは監督にチャック・デイリー、フロントにはジュリアス・アービングを迎え、新たな体制を整えた。しかしハーダウェイの怪我もあり、ニック・アンダーソン、新しく加入したボー・アウトロー(英語版)を中心に戦ったが41勝41敗と苦戦してプレーオフには進出できずに終わった。シーズン途中にサイカリーをニュージャージー・ネッツにトレードして複数の選手や将来のドラフト指名権と交換した。

1998-99シーズンはハーダウェイが故障から復帰、ドミニク・ウィルキンス、ジェラルド・ウィルキンス(英語版)兄弟の獲得などをして33勝17敗でイースタン1位タイ(この年はロックアウトのためシーズン短縮)と躍進したがプレーオフでは1回戦でアレン・アイバーソン率いるフィラデルフィア・セブンティシクサーズに敗退した。シーズン終了後、ハーダウェイはフェニックス・サンズとダニー・マニング(試合出場なし)、パット・ギャリティなどとトレードされ、アンダーソン、ホーレス・グラントもトレードでチームを去った。

1999-2000シーズン、スター選手がいない中で、アームストロング、アウトロー、そして若き日のベン・ウォーレスの活躍で41勝41敗と踏みとどまり、新ヘッドコーチのドック・リバースは最優秀コーチ賞を受賞した。2000年のオフシーズン、前シーズンに節約した選手年俸でトレイシー・マグレディ、グラント・ヒルを獲得した。

2000年代

2000-01シーズン、マグレディがこの年開花してトップスコアラーの仲間入りをした。またドラフトで獲得したマイク・ミラーは新人王を受賞した。しかしグラント・ヒルは怪我で4試合しか出られずに43勝39敗と平凡に終わった。

2001-02シーズン、パトリック・ユーイング、ホーレス・グラントを獲得したが、グラント・ヒルは故障がちで、マグレディ、アームストロング、マイク・ミラー中心の戦いを強いられ44勝38敗、プレーオフではバロン・デイビス率いるシャーロット・ホーネッツに1勝3敗で敗れた。

2002-03シーズンはショーン・ケンプを獲得したが浮上のきっかけを掴めず、マイク・ミラーはメンフィス・グリズリーズに放出され42勝40敗、プレーオフではデトロイト・ピストンズを後一歩のところまで追い詰めた処で、マグレディの挑発で怒られたピストンズ全員は3連勝で逆転され、屈辱な敗北を喫した。2003-04シーズンも、マグレディは得点王を獲得するため無理やり得点を上げたせいで、マジックはさらに苦しみ19連敗を含む21勝61敗の結果に終わった。

ハワードの時代

ドワイト・ハワード

2004年のオフシーズン、チームは大胆な再建に取りかかり、マグレディはスティーブ・フランシスらとトレードでヒューストン・ロケッツに放出され、フリーエージェントでヒド・ターコルーを獲得した。ドラフトでは1993年以来の全体1位指名権を獲得し、ドワイト・ハワード、ジャミーア・ネルソンを指名、時間を掛けて育成する方針を採ることになった。

ジャミーア・ネルソン

2004-05シーズン、健康になったグラント・ヒルがオールスターに出場する活躍を見せたものの、終盤に失速し、36勝46敗と負け越し、プレーオフ進出も逃した。

2005-06シーズンは、ブライアン・ヒルがヘッドコーチに復帰、再びグラント・ヒルが故障したこともあり、序盤は大きく低迷した。チームはフランシスをニューヨーク・ニックスへ放出し、デトロイト・ピストンズよりカルロス・アローヨ、ダーコ・ミリチッチを加えた。オールスター後、チームは快進撃を続け、前年と同じ36勝46敗まで持ち直しシーズンを終えた。

2006-07シーズン、前シーズン後半の勢いを続けイースタン首位を快走している。最終的になんとかプレーオフに進出するが、4年連続カンファレンスファイナル進出中のデトロイト・ピストンズを止めることができず4連敗し、ブライアン・ヒルは解任された。

スタン・ヴァン・ガンディHC

2007-2008シーズン前、マジックは大きな動きを見せた。スタン・ヴァン・ガンディをヘッドコーチに招聘し、長年チームに在籍したグラント・ヒルはフェニックス・サンズに移籍、シアトル・スーパーソニックスからラシャード・ルイスを獲得した。前年29位という得点力の低さを改善する為で、この動きはとても注目された。そして迎えた開幕戦、ミルウォーキー・バックスに19点差をつけ快勝。その後同じく大型トレードで成功を収めていたボストン・セルティックスに初めて勝利し、8連勝を止めてみせた。特に大黒柱のドワイト・ハワードの活躍は目覚しく史上最年少でリバウンド王に輝き、またヒド・ターコルーはMIPを受賞、チームはシャック&ハーダウェイ時代以来の好成績となる52勝30敗でレギュラーシーズンを終えた。プレーオフでは1回戦でトロント・ラプターズを降し、カンファレンス準決勝まで進出するが、ピストンズの前に2年連続で敗退した。

2008-2009シーズン、チームは14年ぶりにNBAファイナルに進出したがロサンゼルス・レイカーズに1勝4敗で敗れた。シーズン後、主力のターコルーがチームを離れ、ニュージャージー・ネッツからビンス・カーターを獲得した。

2009-2010シーズンのプレーオフでは1回戦、2回戦を無傷の8連勝で勝ち上がったがカンファレンスファイナルでボストン・セルティックスに2勝4敗で敗れシーズンを終えた。

2010年代

2010-2011シーズン12月、主力メンバーでルイスをワシントン・ウィザーズへ、カーター、マルチン・ゴルタット、ミカエル・ピートラスをフェニックス・サンズへ放出した。代わりにウィザーズからギルバート・アリーナスを、サンズからジェイソン・リチャードソン、ターコルー、アール・クラークを獲得するビッグトレードを行ったが、このトレードが失敗となり、プレーオフには第4シードで進出したが、1回戦で昨年スウィープしたアトランタ・ホークスに2勝4敗で敗れる結果となってしまった。

2011-2012シーズンは、ロックアウトで開幕が遅れ、チームはドワイト・ハワードの契約問題に振り回された。そのハワードは契約を1年延ばしトレード期限後もチームに残留したが、腰の故障に悩まされシーズン終盤とプレーオフを欠場。大黒柱を失ったチームが勝てるわけがなく、第6シードとなったチームは、1回戦でインディアナ・ペイサーズに1勝4敗で敗れシーズンを終えた。

シーズン終了後、ハワードはロサンゼルス・レイカーズ、フィラデルフィア・セブンティシクサーズ、デンバー・ナゲッツの4チーム12人が絡むトレードでレイカーズに放出され、アーロン・アフラロやアル・ハリントンらを獲得。チームは再建期に突入した。

ニコラ・ブーチェビッチ

2012-13シーズンは、スタン・ヴァン・ガンディヘッドコーチ、オーティス・スミスGMが解任され、ロブ・ヘニガン新GMのもと、ハワードをロサンゼルス・レイカーズに放出後、新ヘッドコーチに、サンアントニオ・スパーズからジャック・ヴォーンを迎え、騒動を一先ず収束させた。ネルソンとターコルー、J・J・レディック、グレン・デイビスの残留するところへ、中堅のアフラロ、ハリントン、ジョシュ・マクロバーツを補強し開幕を迎えた。シーズン後半に故障者が続出し最終的に、20勝しか挙げられずディビジョン最下位にまで沈んで、プレーオフ進出は逃したものの、ニコラ・ブーチェビッチらの成長は見られた。

チーム再構築

2013-14シーズンは、前年の戦績から、ドラフト2位指名権が得られ、名門インディアナ大学出身のビクター・オラディポを指名した。PG、SGの両方をこなすことができるオラディポは、新人王こそマイケル・カーター=ウィリアムスに譲ったものの、44試合に先発出場し、トリプルダブルも記録するなど、ルーキーイヤーとしては十分な活躍を見せた。しかしながら、戦績は23勝59敗と振るわずディビジョン最下位が続いた。

アーロン・ゴードン

2014-15シーズンは、ネルソンとアフラロの放出、チャニング・フライとベン・ゴードン、ルーク・リドナー、ウィリー・グリーンらのベテラン勢の補強と、ドラフト4位指名で、アーロン・ゴードンを獲得し、これまでのチームカラーが薄まる形で開幕に臨んだが、チーム状況は好転せず、2015年2月5日にジャック・ヴォーンヘッドコーチは解任された。その後も調子は上がらず、25勝57敗止まりで3年連続で30勝に届かなかった。そして5月29日に、マジックOBでもあるスコット・スカイルズのヘッドコーチ就任が発表された。

スカイルズを新ヘッドコーチに迎えて挑んだ2015-16シーズンは、開幕当初は5割前後の戦いで踏ん張ってきたが、徐々に負け星が増え、トレード期限日の24勝30敗の時点でミルウォーキー・バックス時代からスカイルズと確執が根深かったトバイアス・ハリスをデトロイト・ピストンズに放出。結局はその後も調子は上がらず、前シーズンより10勝上積みしたのに止まり、35勝47敗で終え、スカイルズは5月12日に辞任を表明した。

スカイルズが辞任したマジックは、インディアナ・ペイサーズを躍進させたフランク・ヴォーゲルを新HCに招聘し、更に2016年のNBAドラフトでは、オクラホマシティ・サンダーを相手に大型トレードを敢行。サージ・イバーカを新たに獲得し、更にビスマック・ビヨンボ契約するなど、積極的に動いた。しかし、2016-2017シーズンも悪い流れは変わらず、トレード期限日にはイバーカをトロント・ラプターズに放出するなど、歯車は噛み合わず、29勝53敗で終了した。2017-18シーズンは、開幕当初は5割前後だが、その後大きな連敗し、さらに主力の怪我人が続出し最終的に25勝57敗で終え、ヴォーゲルはそのシーズン終了後に解任された。

スティーブ・クリフォードを新監督に添え、2018-19シーズンを迎えた。昨季よりも守備力が向上。カンファレンス7位でレギュラーシーズンを終え、7年ぶりにプレーオフ進出を果たした。ニコラ・ブーチェビッチはNBAオールスターゲームのリザーブに選ばれた。プレーオフでは、トロント・ラプターズとの1回戦で先に先手を取るも、その後4連敗で敗退した。ラプターズはNBAファイナルで優勝した。

2020年代

2020-21シーズン、ジョナサン・アイザックが2020年8月に前十字靭帯断裂[4]、マーケル・フルツも開幕直後に前十字靭帯断裂で離脱した影響で低迷した[5]。更にトレード期限までに大型契約を抱えていたニコラ・ブーチェビッチ[6]、アーロン・ゴードン[7]、エバン・フォーニエらも放出[8]。スティーブ・クリフォードHCは解雇され[9]、新たなヘッドコーチとしてジャマール・モズリーが就任した[10]。

2021年のNBAドラフトにて全体5位でジェイレン・サッグス、全体8位でフランツ・ワグナーを指名した。

バンケロの時代

パオロ・バンケロ

2022年のドラフトにて、全体1位でパオロ・バンケロ、全体32位でケイレブ・ヒュースタンを指名した[11]。このシーズン、バンケロは即戦力として活躍してシーズン平均20得点を記録し、チームは前年度の22勝を上回る34勝を記録。結果的に、バンケロは新人王を受賞した[12]。

2023年のドラフトにて全体6位でアンソニー・ブラック、全体11位でジェット・ハワードを指名した[13]。

2023-24シーズンは、バンケロ、サッグス、ワグナーらを中心にプレーオフチームとして台頭した。バンケロは自身初となるオールスターに選出、サッグスはチームの守備の要として躍動し、チームはイースタン・カンファレンス5位でプレーオフ進出を果たした。しかし、プレーオフ第1回戦でドノバン・ミッチェル擁するクリーブランド・キャバリアーズに第7戦の末に敗れた。

シーズンごとの成績

Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率

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シーズン 勝 敗 % プレーオフ 結果
オーランド・マジック
1989-901864.220
1990-913151.378
1991-922161.463
1992-934141.500
1993-945032.6101回戦敗退ペイサーズ 3, マジック 0
1994-955725.6951回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル(英語版)敗退
マジック 3, セルティックス 1
マジック 4, ブルズ 2
マジック 4, ペイサーズ 3
ロケッツ 4, マジック 0
1995-966022.7321回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
マジック 3, ピストンズ 0
マジック 4, ホークス 1
ブルズ 4, マジック 0
1996-974537.5491回戦敗退ヒート 3, マジック 2
1997-984141.500
1998-993317.6601回戦敗退シクサーズ 3, マジック 1
1999-20004141.500
2000-014339.5241回戦敗退バックス 3, マジック 1
2001-024438.5371回戦敗退ホーネッツ 3, マジック 1
2002-034240.5121回戦敗退ピストンズ 4, マジック 3
2003-042161.256
2004-053646.439
2005-063646.439
2006-074042.4881回戦敗退ピストンズ 4, マジック 0
2007-085230.6341回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
マジック 4, ラプターズ 1
ピストンズ 4, マジック 1
2008-095923.7201回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル(英語版)敗退
マジック 4, シクサーズ 2
マジック 4, セルティックス 3
マジック 4, キャブス 2
レイカーズ 4, マジック 1
2009-105923.7201回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
マジック 4, ボブキャッツ 0
マジック 4, ホークス 0
セルティックス 4, マジック 2
2010-115230.6341回戦敗退ホークス 4, マジック 2
2011-123729.5611回戦敗退ペイサーズ 4, マジック 1
2012-132062.244
2013-142359.280
2014–152557.305
2015–163547.427
2016–172953.354
2017–182557.305
2018–194240.5121回戦敗退ラプターズ 4, マジック 1
2019–203340.4521回戦敗退バックス 4, マジック 1
2020–212151.292
2021–222260.268
2022–233448.415
2023–244735.5731回戦敗退キャバリアーズ 4, マジック 3
通算勝敗1,3151,488.469
プレーオフ6278.443
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主な選手

現役選手

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プレーヤー スタッフ
Pos. # 名前 国籍 年齢 身長 体重 出身
F 5 パオロ・バンケロ (Paolo Banchero) アメリカ合衆国 23 (2002/11/12) 6 ft 10 in (2.08 m) 250 lb (113 kg) デューク大学 
G/F 3 デズモンド・ベイン (Desmond Bane) アメリカ合衆国 28 (1998/06/25) 6 ft 6 in (1.98 m) 215 lb (98 kg) TCU 
C 35 ゴガ・ビターゼ (Goga Bitadze) ジョージア (国) 27 (1999/07/20) 6 ft 11 in (2.11 m) 250 lb (113 kg) ジョージア 
G 0 アンソニー・ブラック (Anthony Black) アメリカ合衆国 22 (2004/01/20) 6 ft 7 in (2.01 m) 220 lb (100 kg) アーカンソー大学 
G/F - マラカイ・ブランナム (Malaki Branham) E10 アメリカ合衆国 23 (2003/05/12) 6 ft 4 in (1.93 m) 180 lb (82 kg) オハイオ州立大学 
F 8 ジャマール・ケイン (Jamal Cain) アメリカ合衆国 27 (1999/03/20) 6 ft 6 in (1.98 m) 191 lb (87 kg) オークランド大学 
G 2 ジェヴォン・カーター (Jevon Carter) アメリカ合衆国 30 (1995/09/14) 6 ft 0 in (1.83 m) 200 lb (91 kg) ウェストバージニア大学 
F/C 34 ウェンデル・カーター・ジュニア (Wendell Carter Jr.) アメリカ合衆国 27 (1999/04/16) 6 ft 10 in (2.08 m) 255 lb (116 kg) デューク大学 
C 14 コリン・キャッスルトン (Colin Castleton)  アメリカ合衆国 26 (2000/05/25) 6 ft 10 in (2.08 m) 250 lb (113 kg) フロリダ大学 
F 23 トリスタン・ダ・シウバ (Tristan da Silva) ドイツ 25 (2001/05/15) 6 ft 9 in (2.06 m) 220 lb (100 kg) コロラド大学 
F 13 ジェット・ハワード (Jett Howard) アメリカ合衆国 22 (2003/09/14) 6 ft 8 in (2.03 m) 215 lb (98 kg) ミシガン大学 
F 1 ジョナサン・アイザック (Jonathan Isaac) アメリカ合衆国 28 (1997/10/03) 6 ft 11 in (2.11 m) 210 lb (95 kg) FSU 
G 30 アレックス・モラレス (Alex Morales)  プエルトリコ 26 (2000/05/25) 6 ft 6 in (1.98 m) 180 lb (82 kg) ワグナー大学 
F 25 アイザイヤ・ネルソン (Izaiyah Nelson)   アメリカ合衆国 22 (2003/10/01) 6 ft 9 in (2.06 m) 220 lb (100 kg) サウスフロリダ大学 
F 93 ノア・ペンダ (Noah Penda) フランス 21 (2005/01/07) 6 ft 6 in (1.98 m) 215 lb (98 kg) フランス 
G 11 ジェイス・リチャードソン (Jase Richardson) アメリカ合衆国 20 (2005/10/16) 6 ft 0 in (1.83 m) 180 lb (82 kg) ミシガン州立大学 
G 4 ジェイレン・サッグス (Jalen Suggs) アメリカ合衆国 25 (2001/06/03) 6 ft 4 in (1.93 m) 205 lb (93 kg) ゴンザガ大学 
C 9 ニコラ・ブーチェビッチ (Nikola Vučević) モンテネグロ 35 (1990/10/24) 6 ft 9 in (2.06 m) 265 lb (120 kg) USC 
F 22 フランツ・ワグナー (Franz Wagner) ドイツ 25 (2001/08/27) 6 ft 9 in (2.06 m) 220 lb (100 kg) ミシガン大学 
ヘッドコーチ
アメリカ合衆国の旗 ショーン・スウィーニー(Sean Sweeney)
アシスタントコーチ
  アメリカ合衆国の旗 D・J・バッカー (D. J. Bakker)
  アメリカ合衆国の旗 トム・ビアラシェフスキー (Tom Bialaszewski)
  アメリカ合衆国の旗 グレッグ・バックナー (Greg Buckner)
  アメリカ合衆国の旗 ライリー・クリーン (Riley Crean)
  アメリカ合衆国の旗 ジョン・ハリス (Jon Harris)
  アメリカ合衆国の旗 ベン・ジョンソン (Ben Johnson)
  アメリカ合衆国の旗 ポパイ・ジョーンズ (Popeye Jones)
  アメリカ合衆国の旗 シャナン・ラム (Shannan Lum)
  アメリカ合衆国の旗 ジャクリン・ポス (Jacqlyn Poss)
  アメリカ合衆国の旗 ジョー・プランティ (Joe Prunty)



更新日:2026年03月2日

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保有するドラフト交渉権

マジックは、NBA以外のリーグでプレーしている以下の未契約ドラフト指名選手の交渉権を保有している。ドラフトで指名された選手(海外出身の選手または大学選手で、ドラフトで指名したチームと契約していない選手)は、NBA以外のどのチームとでも契約することが認められており、この場合、そのチームは、その選手のNBA以外のチームとの契約が終了してから1年後まで、その選手のNBAでの交渉権を保持することになる[14]。このリストには、他球団とのトレードで獲得した交渉権も含まれている。

さらに見る ドラフト年, 巡目 ...
ドラフト年 巡目 指名順 選手 Pos. 国籍 現所属チーム 注釈 参照
2018 2 43 ジャスティン・ジャクソン F カナダの旗 カナダ カルガリー・サージ(英語版) (カナダ) デンバー・ナゲッツから獲得 [15]
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年代別主要選手

太文字…殿堂入り選手 (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人 (75)…偉大な75人

栄誉

さらに見る No., 名前 ...
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FIBA殿堂入り

さらに見る オーランド・マジックFIBA殿堂入り, 選手 ...
オーランド・マジックFIBA殿堂入り
選手
No.名前Pos.在籍期間殿堂入り年
32シャキール・オニールC1992–19962017
コーチ
名前役職在籍期間殿堂入り年
チャック・デイリーヘッドコーチ1997–19992021
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オーランド・マジック殿堂入り

2014年にマジックは、チームやコミュニティに多大なる影響を与えた選手、コーチ、エグゼクティブなどを称えるために、チームの殿堂入りを創設した[19][20]。

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オーランドマジック
選手
No.名前Pos.在籍期間殿堂入り年
25ニック・アンダーソンG1989–19992014[21]
32シャキール・オニールC1992–19962015[22]
1ペニー・ハーダウェイG1993–19992017[23]
1トレイシー・マグレディG/F2000–20042018
10ダレル・アームストロングG1995–20032020[24]
3デニス・スコットF1990–19972023[25]
スタッフ
名前役職在籍期間殿堂入り年
パット・ウィリアムズ共同創設者1988–2014[21]
リチャード・デヴォスオーナー1991–20182016[26]
ジム・へウィット創設者—2017
デビッド・スティールアナウンサー1989–2019
ブライアン・ヒルヘッドコーチ1993–1997
2005–2007
2022[27]
ジョン・ガブリエルゼネラルマネージャー1996–20042022[27]
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コーチ、その他

歴代ヘッドコーチ

チーム記録

関連項目

脚注

外部リンク

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