カンタベリー大主教の一覧

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カンタベリー大主教の一覧(カンタベリーだいしゅきょうのいちらん)では、歴代のカンタベリー大主教、ならびにカンタベリー大司教の一覧を提示する。

16世紀イングランド国王 ヘンリー8世ローマ教皇と袂を分かつことによって、ローマ・カトリック教会の影響下にあったイングランド教会は、イングランド国教会として独立する。この歴史的な事件を挟んで、Archbishop of Canterburyと呼ばれている地位の政治的な意味合いが一変する。イングランド教会とイングランド国教会、どちらとも英語ではChurch of Englandであるが、その最高位聖職者という意味においてである。まだいずれも、その大司教座(大主教座)は、カンタベリー大聖堂にある。

  1. カンタベリー大司教とは、カトリック時代に教皇によって任命されたイングランドにおける教会組織の長のことである[注 1]
  2. カンタベリー大主教とは、イングランド国教会とその世界的組織である聖公会の最高位聖職者を指す。
在位期間 大司教名 付記・それまでの経歴
597年 - 604年5月26日*注1もしくは605年アウグスティヌス*注1:通説。聖アンドレアス修道院長。在位中死亡。聖人
605年 - 619年2月3日ラウレンティウス在位中死亡。聖人。
619年 - 624年4月24日メリトゥス英語版
(Miletus)
ロンドン司教から転任。聖人。聖メリトゥス。
624年 - 627年11月10日ユストゥスロチェスター司教から転任。在位中死亡。聖人。聖ユストゥス。
627年 - 653年9月30日ホノラトゥス
(ホノリウス)
在位中死亡。聖人。
655年 - 664年7月14日デウスデディトゥス
(アデオダトゥス)
初のサクソン人大司教。在位中病死。聖人。
664年ウィガードウィタリアヌスによって指名。聖別前にペストで死亡。
664年アドリアヌスウィタリアヌスによって指名されたが、辞退した。
664年 - 668年空位 
668年 - 690年9月19日タルソスのテオドルス聖人。
693年 - 731年ベルトヴァルト
(Brihtwald)
レカルバー修道院長。聖人。
731年 - 734年Tatwin
(Tatwine)
カンタベリー大司教にして全イングランドの首席司教。聖人。
735年 - 740年ノートヘルム
(Nothelmus)
聖人。
741年 - 758年カスバート英語版ヘレフォード司教から転任。聖人。
759年 - 764年ブレグウィン聖人。
766年 - 791年8月11日もしくは12日イェンバート
(Lambert; Genegberht; Jambert; Janbriht; Janibert; Lanbriht)
聖オーガスティン修道院長。聖人。
793年 - 805年5月12日Æthelhard
(Ethelhard)
ウィンチェスター司教から転任。聖人。
805年 - 832年ウルフレッドカンタベリーの修道士
832年 - 832年Syredすべてを相続する前に死去。
832年 - 832年Feologild
(Theolgild)
カンタベリー大修道院長
833年 - 870年Ceolnothカンタベリー首席司祭
870年 - 889年Æthelredウィンチェスター司教から転任。
890年 - 914年Plegmundアルフレッド大王の書記官
914年 - 923年Athelm
(Adelmus)
ウェルス司教から転任。
923年 - 941年Wulfhelm
(Wolfhelmus)
ウェルス司教から転任。
942年 - 958年Odo
(Odo Severus; Oda the Severe)
ウィンチェスター司教から転任。聖人。
959年 - 959年Alfsige
(Alfsin)
 
960年 - 988年ドゥンスタンロンドン司教から転任。
988年 - 989年Athelgar
(Ethelgarus)
セルジー司教から転任。
990年 - 994年Sigeric
(Sigeric the Serious)
ウィンチェスター司教から転任。
995年 - 1005年Ælfric
(Elfric; Aluricius)
ウィンチェスター司教から転任。
1006年 - 1012年4月19日Alphege
(Ælfheah; Elphege)
ウィンチェスター司教から転任。聖人。
1013年 - 1020年6月12日Lyfing
(Leovingus; Livingus; Elstan)
ウェルス司教から転任。
1020年 - 1038年10月29日Æthelnoth
(Æthelnotus; Ethelnoth; Egelnodus; Ednodus)
カンタベリー首席司祭
1038年 - 1050年Edsige
(Eadsige; Eadsimus; Eadsin)
聖人。エドワード懺悔王に戴冠した。
1051年 - 1052年Robert of Jumieges
(Robert Gemeticensis)
イングランドから逃亡し、廃位された。
1052年 - 1070年スティガンドウィンチェスター司教。シモニアにより両司教位を剥奪された。
1070年 - 1089年ランフランクスノルマンディー公カーンの修道院長。在位中死亡。聖人。
1089年 - 1093年空位叙任権闘争のため。
1093年 - 1109年4月21日アンセルムスル・ベック修道院長。在位中死亡。聖人。
1109年 - 1114年空位 
1114年 - 1122年Ralph
(Ralph d'Escures; Rodolphus; Ralph de Turbine)
ロチェスター司教から転任。在位中死亡。
1123年 - 1136年William de Corbeil
(William Corbois; William Corbyl)
聖オシス修道院英語版長。在位中死亡。
1136年 - 1139年空位 
1139年 - 1161年4月18日シオボルド・オブ・ベック英語版ベック修道院長。在位中死亡。
1161年 - 1162年空位 
1162年 - 1170年トマス・ベケットカンタベリー助祭長。ビバリー大聖堂首席司祭。大法官。暗殺。聖人。
1174年 - 1184年Richard
(Richard of Dover)
ドーバー修道院長。在位中死亡。
1185年 - 1190年Baldwin
(Baldwin of Exeter)
ウスター司教から転任。十字軍に従軍中死去。
1191年 - 1191年Reginald Fitz Jocelinウェルス司教から転任。在位中死亡。
1191年 - 1193年空位 
1193年 - 1205年7月13日ヒューバート・ウォルターソールズベリー司教から転任。大法官。在位中死亡。
1205年 - 1206年レジナルド英語版副院長。修道士によって選ばれたが、教皇インノケンティウス3世に退けられた。
1206年 - 1207年ジョン・グレイ
(John de Grey)
ノリッジ司教。修道士によって選ばれたが、教皇インノケンティウス3世に退けられた。
1207年 - 1228年7月9日枢機卿ステファン・ラントン英語版在位中死亡。
1229年 - 1231年Walter d'Eynsham
(Walter de Hempsham)
選出されたものの、ヘンリー3世および教皇グレゴリウス9世により退けられた。
1229年Richard le Grant 
1231年Ralph Neville 
1232年John of Sittingbourne 
1232年John Blund 
1233年 - 1240年11月16日Edmund Richソールズベリーの聖職者。在任中死亡。聖人となった最後のカンタベリー大司教。
1240年 - 1270年7月14日ボニファス
(Boniface of Savoy)
在位中死亡。
1270年 - 1270年William Chillenden
(Adam of Chillenden)
選出されたものの、教皇により退けられた。
1273年 - 1278年Robert Kilwardby枢機卿となり、退位。
1278年 - 1278年Robert Burnelバースおよびウェルズ司教から転任。選出されたものの、教皇ニコラウス3世により退けられた。
1279年 - 1292年John Peckham
(John Pecham)
リヨンの司祭。フランシスコ会のイングランド管区長。在位中死亡。
1294年 - 1313年Robert Winchelseyエセックスの助祭長。オックスフォード大学総長。在位中死亡。
1313年 - 1313年Thomas Cobhamヨークの音楽主任司祭。選出されたものの、教皇クレメンス5世に承認されなかった。
1313年 - 1327年Walter Reynoldsウスター司教から転任。大法官、財務相。在位中死亡。
1328年 - 1333年Simon Mepeham
(Simon Meopham)
チチェスターの聖職者。在位中死亡。
1333年 - 1348年John de Stratfordウィンチェスター司教から転任。大法官。在位中死亡。
1348年 - 1349年John de Uffordリンカーン主席司祭。大法官。聖別式前に死去。
1349年 - 1349年8月26日Thomas Bradwardine在位中死亡。
1349年 - 1366年Simon Islipセント・ポール大聖堂の聖職者。王の秘書官にして玉璽の保持者。在位中死亡。
1366年 - 1366年William Edington
(William Edendon)
ウィンチェスター司教から転任。選出されたものの、管区から拒否された。
1366年 - 1368年Simon Langhamイーリー司教から転任。枢機卿となり、退位。
1368年 - 1374年William Whittlesey
(William Wittlesey)
ウスター司教から転任。在位中死亡。
1375年 - 1381年6月14日Simon Sudbury
(Simon de Sudbury; Simon Tibold; Simon Theobold)
ロンドン司教から転任。大法官。ワット・タイラーの乱の時に殺害された。
1381年 - 1396年7月31日William Courtenayロンドン司教から転任。在位中死亡。
1396年 - 1397年トマス・アランデルヨーク大司教。大法官。リチャード2世によって反逆罪に処され、追放。
1398年 - 1399年ロジャー・ウォールデン 
1399年 - 1414年トマス・アランデル ヘンリー4世によって復位。在位中死亡。
1414年 - 1443年4月12日ヘンリー・チチェリーセント・デイヴィッズ司教から転任。在位中死亡。
1443年 - 1452年5月25日ジョン・スタッフォードバースとウェルズの司教。枢機卿。大法官。大蔵卿。在位中死亡。
1452年 - 1454年ジョン・ケンプヨーク大司教。枢機卿。大法官。在位中死亡。
1454年 - 1486年5月30日トマス・バウチャーイーリー司教。枢機卿。大法官。在位中死亡。
1486年 - 1500年9月15日ジョン・モートンイーリー司教。枢機卿。大法官。在位中死亡。
1501年1月 - 1501年1月27日トマス・ラングストンウィンチェスター司教。指名後五日後に死亡。
1501年 - 1503年2月15日ヘンリー・ディーンソールズベリー司教。在位中死亡。
1503年 - 1532年8月22日ウィリアム・ウォラムロンドン司教。大法官。1531年カトリック教会との分裂を受け入れた。
1533年 - 1556年3月21日トマス・クランマートーントンの助祭長。1547年からプロテスタントを公言。メアリー1世により焚刑死。
1556年 - 1558年11月17日レジナルド・ポール枢機卿。最後のカトリックのカンタベリー大司教。在位中老衰死。

カンタベリー大主教(イングランド国教会・聖公会)

脚注

関連項目

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