ガメラ対宇宙怪獣バイラス
1968年公開の日本映画
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『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』(ガメラたいうちゅうかいじゅうバイラス、英題:Gammera vs. Viras[1])は、1968年(昭和43年)3月20日に封切り公開された日本の特撮映画作品[出典 1]。昭和ガメラシリーズ第4作[2]。製作・配給は大映[2][3]。大映東京撮影所作品[1]。
カラー、大映スコープ[3][注釈 1]。上映時間は72分[1][2]。同時上映は『妖怪百物語』。
シリーズ初の宇宙怪獣との戦いを描く[2]。本作品以降、昭和ガメラシリーズはガメラと子供たちの交流を中心としたより子供向けの作風となった[出典 2]。そのため、特撮の質の低下なども相まって低評価を受けることもある一方、夢と冒険に溢れた児童向け映画として評価する向きもある[4]。
あらすじ
地球の植民地化を企むバイラス星人は、侵略のために宇宙船を送り込んだ[2]。しかし、ガメラと遭遇した宇宙船1号は交戦の末、爆発してしまう[6][2]。しかし間を置かずに現れた宇宙船2号は、地球侵略の最大の障害であるガメラの排除を目標にする[6]。
そのころ、茅ヶ崎市海岸では日米のボーイスカウトがキャンプを行っていた[2]。いたずら好きのボーイスカウト・正夫とジムの2人は、小型潜水艇で潜行中に海底のガメラと遭遇する[2]。「子供の味方」であるガメラと遊ぶうちに突然2人はガメラもろともオレンジ色の光のドームに包まれてしまう。バイラス星人の宇宙船が発射したスーパーキャッチ光線に捕えられてしまったのである[2]。ガメラは光線の捕捉力に抵抗して2人の潜水艇を脱出させる。
しかし、その間にガメラの記憶を分析したバイラス人は、ガメラの最大の弱点が「子供」であることを知り、正夫とジムの2人を再び拉致する。2人を盾にされて手を出せないガメラに脳波コントロール装置がセットされ、バイラス人に操られたガメラは黒部ダムや東京を破壊し始める[7]。人類は、バイラス星人に降伏するか、人質の子供たちを犠牲にして戦うか、という二者択一を迫られ、ついに国連は2人の生命を尊重してバイラス星人に降伏するという決定を下す。
そんな中、人質に取られた正夫とジムは、脳波コントロール装置とスーパーキャッチ光線の三角ブロック状のコイルをあべこべにつけ替えることでガメラを解放し、自分たちも脱出に成功する[2]。自由をとり戻したガメラはバイラス星人の宇宙船への攻撃を開始する[7]。ガメラの猛攻で爆発炎上する宇宙船。追い詰められたバイラス星人のボスは、分裂体を合体吸収して見るまに2倍、4倍、32倍と巨大になっていく。葉山海岸を舞台に、遂にガメラと宇宙怪獣バイラスの死闘が始まった。
登場キャラクター
ガメラ
前作『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』と同じ。前作で一度だけ使われた、後ろ足だけを収納してジェット飛行するミニチュアが使われ、以後の定番となる人気を集めた。湯浅によると、この下半身ジェット飛行も予算対策のための苦肉の策だった[8]。ジェット噴射用の火薬は1本3,000円(当時)した。2本だけの使用なら1カットで6,000円浮く計算である。
ガメラが小型潜水艦と並泳するシーンは、演技者の入っていないぬいぐるみを吊り下げて操演した。予算削減のため、ガメラがバイラス星人に操られて暴れまわるシーンは『大怪獣ガメラ』[注釈 2]と『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』のバンク映像が使われている。
宇宙怪獣 バイラス
本作の敵キャラクターである頭足類を思わせる容姿を持つ宇宙人。高度な知能を持つ。種族としてのバイラス人と、合体を経て巨大化した怪獣としてのバイラスが登場する。
キャスト
本作品以降、ガメラ映画には主人公の少年と対になる白人の子役が必ず起用されているが、これは「日本人の子供の顔はみんな同じに見えるから」という[要出典]、テレビ放映を前提としたアメリカのバイヤーからの条件だった[9][5]。これらの外人子役は、調布市にあったアメリカンスクールの生徒から選ばれており、日本語を話せることが採用基準だったが、話せるはずで採用したのに全然駄目だったりと、苦労が多かった。ジムの母親役のメリー・ムロースもまったくの素人であり、台詞が下手で困らされたという[要出典]。
本作品の上映と同時期にデビューした「大映新人三人娘」の八重垣路子、渥美マリ、八代順子が、ボーイスカウト指導者役で揃って出演している。ボーイスカウトの隊長役の本郷功次郎は本作品の制作当時も怪獣映画への出演が不本意で、本作品に関しては「何で俺だけこんな冒険ダン吉みたいなショートパンツはいて、ボーイスカウトやれって言われるんだって、他の俳優さんが芸術的な映画に出てると思うと悔しくて夜寝られなかった」という。しかし、後年には「まさかこんなに時代に残るとは思わなかった。今では財産になってしまった。ガメラに出られたことを本当に感謝してますよ」と語っている[要出典]。なお、バイラス星人がガメラのデータを探るシーンでは過去3作の映像が流用されているが、『ガメラ対ギャオス』からの流用分には本郷の登場シーンが含まれているため、同じ作品で彼が別の役柄で二重出演することになってしまっている。
本作品にはボーイスカウトが全面協力しており、エキストラのボーイスカウトは全員本物である。これは以前、湯浅監督がボーイスカウトのタイアップ映画『第四回日本ジャンボリー』を監督した[注釈 3]ことからのつながりである[8]。
- 島田伸彦[1](ボーイスカウトの隊長):本郷功次郎
- 中谷マリ子[1](正夫の姉、カブスカウト指導者):八重垣路子
- 青山順子[1](カブスカウト指導者):渥美マリ
- 柴田正子[1](同):八代順子
- 正夫の父[1]:北原義郎
- 医者らしい男[1](バイラス星人):夏木章
- 自衛隊司令官[1]:藤山浩二
- 医者らしい男[1](バイラス星人):橋本力
- ジム・モーガン[1](同):カール・クレイグ・ジュニア
- 中谷正夫[1](ボーイスカウト):高塚徹
- 医者らしい男[1](バイラス星人):豪健司
- ジムの父[1]:高田宗彦[注釈 4]
- ドビー博士[1](国際海洋研究所所長):ピーター・ウイリアムス
- 医者らしい男[1](バイラス星人):中原健、山根圭一郎
- ボーイスカウト:喜多大八
- ジムの母[1]:メリー・ムロース
- 対策本部メンバー:河島尚真、山上友夫
- ボーイスカウトのリーダー[1]:篠田三郎
- ボーイスカウト:船田精二、稲妻竜二
- 国際海洋研究所所員:西條美奈子
- 劇団ひまわり
- 劇団こじか
- ボスの声[1]:若山弦蔵
- ガメラ:荒垣輝雄
スタッフ
主題歌
制作
当初は本作をもって昭和のガメラシリーズが終了する予定だったが、本作のヒットによってシリーズの継続が決定された[10]。
ガメラシリーズは、1作目から3作目までは、普通の映画の3倍近い制作予算が使えた。しかし、大映本社の深刻な営業不振から、本作品の予算は一般映画クラス(前作の3分の1)となった。湯浅らスタッフは、いかに経費を抑えるかに腐心した[5]。ガメラシリーズは、1作当たりの上映時間は最低で1時間半程度、フィルムの尺数では9千5百フィート、このうち2千フィートは怪獣のシーンであるという制約がある。撮影時のフィルムは、本来ならば5万フィート必要になる。ところが、大映側は3万フィートで撮れとの方針だった。
この作品からより顕著になった、シリーズを通して見られる残酷な描写の数々は予算の少なさゆえにSFXを多用できないことも関係していたとされる。バイラスにガメラが腹を突き抜かれ串刺しにされる描写は湯浅によると、前作までで一通り怪獣同士の戦いのアイデアが出尽くしたので、「今度は刺すか」ということで採り入れたもの。「安い予算で撮らせやがってというスタッフの腹いせの気持ちも多分にあったかもしれない」と述懐している。この場面は劇場では子供たちから悲鳴が上がったそうである[8]。一方で、傷つきながらも敵に立ち向かうヒロイズム描写が、女子層からの人気を得たともいわれる[5]。
湯浅は前作に続いて本編・特撮の両演出を1人でこなす奮闘ぶりを見せ、スタッフ一同、「これがガメラシリーズ最後の作品」との想いで本作品をわずか25日で撮り終えた。湯浅監督は「こんな条件で撮れる監督は俺しかいないだろう」と、「半分は意地、半分はゲーム感覚でやった」と語っていて、クランク・アップ時は「やっと終わった」と感慨無量の思いだったという。しかし、公開されるや本作品は子供たちに大評判となり、大ヒット。大映本社は翌年、次作『ガメラ対大悪獣ギロン』の制作を決定することとなった。
ストーリーの変遷
「ガメラ映画」はアメリカでは、1作目の『大怪獣ガメラ』(1965年)が劇場公開された[注釈 5]以外、2作目、3作目は子供向け番組枠でテレビ放映された。4作目である本作品より、新作「ガメラ映画」はこのアメリカでのテレビ放映契約を織り込んだ制作体制となった。
前作の『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』や『大魔神逆襲』などの大映作品が、政府による日本映画界の救済のための海外輸出用に(ガメラの生みの親の一人である永田雅一の影響を受けた)「社団法人・映画輸出振興協会」の融資を受けており、海外のバイヤーの影響により、昭和のガメラシリーズは本作から外国人のキャストの起用とより子供向けという方針に向かっていくことになった[9][11]。
ストーリーも、劇場よりも厳しいアメリカでのテレビ放送規制条件を満たすため、これに沿った、「ガメラが悪役新怪獣の侵略と闘う」という勧善懲悪テーマが強調された内容となっている。こういったこともあり、前作『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』よりさらに進んで、本作品以降「ガメラシリーズ」は子供を主役に置いた、完全に子供向けの作風となった。脚本の高橋二三は、「『ガメラ対ギャオス』までは子供向けではなかった。『ガメラ対ギャオス』で子供を出してくれという要請はあったが、大人も楽しめる映画だった。ところが『ガメラ対バイラス』でひとつの方向性に偏ってしまった。ある意味では『お子様ランチ』になったことで客層を限定してしまったと言っていいでしょう」とコメントしている。
一方で、子どもを中心としたストーリーは、湯浅憲明の前作からの思惑である「大人は何もわかっていなく、子供だけが全部知っている」というパターンをよりクローズアップしている[8]。湯浅は、「『ガメラ対バルゴン』で大人のドラマをやってみたが、劇場の子供たちは走り回って全く見ていない。『対ギャオス』では子供がガメラに乗る場面は大歓声だった。子供が冒険し、怪獣が出ずっぱりの『バイラス』が、シリーズ当初から本来やりたかった形だ」と述懐しており、プロデューサーの永田秀雅(英語版)も同じコメントをしている。湯浅は、ラストで子供たちが大空を飛ぶガメラに手を振るシーンに、童話的なイメージを込めたという。また、「子供が安心して信頼できるヒーロー」の背景には、戦時中に湯浅が自ら体験した「ナショナリズムやプロパガンダによって子供を誘導する大人」へのアンチテーゼもあったともされる[12]。本作品からプロデューサーに若い仲野和正が付き、湯浅のアイディアをすべて認めてくれ、高橋二三に「すべての制約をのんでください」と依頼。高橋もこれを承諾のうえで脚本化してくれたという。
宮崎駿は当時劇場で本作品を鑑賞しており、「二人の少年のために全人類が降伏する」という子供向け作品ならではの滑稽さについてアニメージュのインタビューで触れている[9]。一方で、「子供の命と人類の降伏の選択」というテーマは決して陳腐なアイディアではないとされ[注釈 6]、また本作と宮崎の『未来少年コナン』も『トム・ソーヤーの冒険』からの影響を受けている点で共通しており、『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』と『未来少年コナン』には「世界の破滅をもたらす敵の兵器を子供達が内部から破壊して人類の危機を回避する」というプロット上の共通点が見られる[13]。
なお、低予算での怪獣映画を実現するためにロケーション(およびストーリーの規模)が限定され[14]、宇宙、宇宙船内部、その着陸する海岸を中心に撮影することになった。バイラス宇宙船の「どこの部屋もみんな同じ造り」、「葉山海岸での舞台限定」などは、こうした低予算が反映した設定だった。バイラス星人が、ガメラの記憶を調査するシーンでは、1~3作目の怪獣登場シーンを大胆に流用している。怪獣が登場しない本編シーンでは、大部分がボーイスカウトの野営地の中であるのも、セットが少なくすむからだった。
その他
本作の宇宙船や機械類のデザインや機能などには同年に公開された『2001年宇宙の旅』との類似性や、原作者のアーサー・C・クラーク(GAMERA -Rebirth-#その他も参照)の提唱した「高度な科学技術と魔法は区別できない」という法則にも通じる部分が見られるが、『2001年宇宙の旅』の映画版は湯浅憲明や「ガメラシリーズ」とも関係性が強い『宇宙人東京に現わる』の影響を受けている。また、湯浅は本作に『スパイ大作戦』からの影響を認めており、若山弦蔵も本作と『スパイ大作戦』の吹き替え版の両方に参加している[13]。
茅ヶ崎での戦闘シーンでバックにそびえる白いビルは、当時上原謙・加山雄三親子が経営していたパシフィックパークホテルである。 湯浅によると、劇中に登場する小型潜水艇は、葉山のヨットハーバーにあったものを、撮影のために借りて使用したものである[10]。Uボートを製作したドイツのメーカーの製品だったそうだが[10]、ほとんど使い物にならず、水中で転覆すると復帰できないようなものだった。危険なのでスタッフが正夫役を吹き替えで演じている。
ソノシート
漫画化
映像ソフト化
「72分版」と「81分版」と「90分版」が存在する。封切り時の本作品の上映時間は「72分」であるが、大映倒産時に海外輸出用の「90分版」とオリジナルの「72分版」のネガが混合され、「90分版」がしばらく正規品として扱われた。過去にビデオソフトとして発売されたものはこの「90分版」である。次に発売されたLDソフトは、この「90分版」をもとに再編集した「81分版」である。現行のDVDでは、湯浅の協力により国内版が復元再編集されて収録してある[15]。
- ビデオソフト
- 1990年に[要出典]大映から発売[2]。海外輸出用の「90分版」を収録。[要出典]品番 HTH-1004[2]。
- レーザーディスク
- 海外輸出用の「90分版」が1986年に発売。1991年に「ガメラ永久保存計画」としてBOX化された際に、これを再編集した「81分版」が収録された。
- DVD
- オリジナルの「72分版」が復元されたものが、2001年10月11日発売の「ガメラTHE BOX(1965-1968)」に収録され、単品版も徳間ジャパンコミュニケーションズから同時発売された[16][2]。
- 2006年8月31日発売の「ガメラ 生誕40周年記念Z計画 DVD-BOX」に収録されている。
- 新しく色彩を整えたDVDは2007年10月26日発売。
- BD
- 2009年7月24日発売の「昭和ガメラ ブルーレイ BOX I」に収録されており、単品版も同時発売。