キリストの哀悼 (ヴァン・ダイク、1629年)

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製作年1629年ごろ
寸法303 cm × 225 cm (119 in × 89 in)
『キリストの哀悼』
オランダ語: Bewening van Christus
英語: Lamentation over the Dead Christ
作者アンソニー・ヴァン・ダイク
製作年1629年ごろ
種類キャンバス上に油彩
寸法303 cm × 225 cm (119 in × 89 in)
所蔵アントワープ王立美術館アントウェルペン
『ピエタ』
スペイン語: La Piedad
英語: Pietà
作者アンソニー・ヴァン・ダイク
製作年1629年ごろ
種類キャンバス上に油彩
寸法114 cm × 100 cm (45 in × 39 in)
所蔵プラド美術館マドリード

キリストの哀悼』(キリストのあいとう、: Bewening van Christus, : Lamentation over the Dead Christ)は、17世紀フランドルバロック期の画家アンソニー・ヴァン・ダイクが1629年ごろにキャンバス上に油彩で制作した絵画である。元来、アントウェルペンベギン会聖堂の主祭壇として描かれた。現在、アントワープ王立美術館に所蔵されている[1]。また、マドリードプラド美術館には、スペイン王室のコレクションに由来する『ピエタ』(西: La Piedad: Pietà)と呼ばれる、ほとんど同構図のより小さな同主題作が所蔵されている[2][3]。この作品は、かつてアントワープ王立美術館の作品の複製であると考えられたこともあったが、現在ではヴァン・ダイクの真作であると見なされている[2]

ミケランジェロピエタ』(1498-1500年)、サン・ピエトロ大聖堂ヴァチカン

この主題は、イコンという図像が重要な位置を占めたビザンチン美術において制作されるようになったものである[3]中世以降ルネサンスまで、ミケランジェロの彫刻作品『ピエタ』 (サン・ピエトロ大聖堂ヴァチカン) のように聖母マリアイエス・キリストの亡骸を膝に抱く形式が採られていたが、ヴァン・ダイクの活動した対抗宗教改革期には、より劇的な構図が要求された。そして、ヴァン・ダイクの本作のように、地面や岩の上に広げられた布の上に横たわるキリストの亡骸を聖母が支え起こす形式が定着した[3]

ヴァン・ダイクは、聖母が涙に濡れる目を天に向けた姿で描いている。キリストの亡骸の頭部は彼女の胸に、片方の腕は彼女の膝に置かれている。右側のマグダラのマリアは、聖母を頂点としたピラミッド型構図に組み入れられている。3人物から離れて端に見える福音記者ヨハネは、画面下部左側のキリストから画面上部右側に達する対角線を形成する役割を持つ[2]

聖母の存在は背景の暗色の岩により強調される一方、キリストの身体は光に照らしだされ、古代彫刻の荘厳さで浮かび上がっている。ヴァン・ダイクの師であったピーテル・パウル・ルーベンスは人物のジェスチャーやポーズを描く際に古代彫刻を参照したが、ヴァン・ダイクもまた、イタリア滞在時に見た古代彫刻を表すエングレービングや古代彫刻のブロンズによる複製を利用している[2]

アントワープ王立美術館とプラド美術館のヴァージョンはほとんど同じ図像であるが、後者にはキリストに光輪が加えられているほか、背景の空や岩の植物、足元の小石などで前者とは若干の相違が見られる[3]。ちなみに、パウルス・ポンティウスが本作の図像を反転した形でエングレービングにした作品はアントワープ王立美術館のヴァージョンとの違いを強調したもので、原画はプラド美術館のヴァージョンであったことがわかる[2][3]

なお、17世紀イタリアの著述家ジョヴァンニ・ピエトロ・ベッローリは、彼女の容貌はヴァン・ダイクの妹がモデルであるという逸話を書き記している。実際、本作が意図されたベギン修道会には当時、彼の姉妹のうちの3人がいた[3]

脚注

参考文献

外部リンク

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