経済学者の中谷巌は、世界経済の不安定化について、金融・情報など多様なネットワークがグローバル資本主義の中で進化した結果、個別地域の異変が世界に急速に波及し、経済の不安定化と危機を常態化したとしている[5]。経済学者の岩井克人は「グローバル化とは、世界を市場で覆い尽くせば、見えざる手に導かれ効率的・安定的な社会が実現するという新古典派経済学の壮大な実験にほかならず、実験は失敗した。アメリカのサブプライム住宅ローン危機を機に世界の広がった経済危機は、グローバル資本主義社会が、効率性と安定性が二律背反してしまうケインズ的世界であることを立証した[15]」「グローバル化はマクロ経済の不安定性を増大させる[16]」と指摘している。
グローバル経済はアメリカの貿易赤字、ドルの外貨保有、アメリカとその他の国の相互の資本投資の増大を生み出した。1980年代にはアメリカ議会が、アメリカとの貿易不均衡が著しい国に対する経済制裁法案を制定したこともあった。
経済のグローバル化が進行した結果として、世界の市場において、売上・利益が大きい、利益率が高い、競争力が強い企業が、それらの点で劣る企業・事業を買収する事例が世界的に進行している。経済のグローバル化の結果として、アメリカ資本の企業が一方的に利益を獲得し、非アメリカ資本の企業が一方的に利益を収奪されるという訳ではない。各種の産業分野の企業の買収・合併の状況については1990年以後の企業の買収・合併の実績を参照。
- 冷戦時代末期
- 冷戦終結後
- 1989年、三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンターを買収。
- 1989年、ソニーがコロンビア・ピクチャーズ(現在のソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント)を買収。
- 1989年、アセア・ブラウン・ボベリがウェスティングハウス・エレクトリックの送電・変電事業を買収。
- 1989年、シンドラーがウェスティングハウス・エレクトリックのエレベーター事業を買収。
- 1990年、松下電器がMusic Corporation of America(現在のユニバーサル・スタジオ)を買収。
- 1991年、イトーヨーカドーがサウスランドを買収。
- 1996年、NECがパッカードベルを買収。
- 1998年、ダイムラーがクライスラーを買収(ダイムラー・クライスラー)。
- 1998年、イギリス原子燃料会社(BNFL)がウェスティングハウス・エレクトリックの商業用原子力発電事業を買収。
- 2000年、日立製作所がIBMのハードディスク事業を買収。
- 2004年、連想集団がIBMのパソコン事業を買収。
- 2005年、BAEシステムズがユナイテッド・ディフェンスを買収。
- 2004年、ソニーがMetro-Goldwyn-Mayerを買収。
- 2006年、東芝がウェスティングハウス・エレクトリックをイギリス原子燃料会社(BNFL)から買収。
- 2007年、リコーがIBMのデジタル印刷事業を買収。
- 2007年、エイサー(宏基電脳)がゲートウェイを買収。
- 2007年、富士通がOkereを買収。
- 2007年、トロント・ドミニオン・バンクがコマース・バンコープを買収。
かつて先進国に独占されていた工業製品市場がグローバル化し、需要・供給ともに新規参入が容易となり、企業の価格支配力は低下した[17]。岡部直明は「グローバル経済の下では『生産要素価格均等化の法則』が働く。つまり、一国ではなく国際的にモノの値段が決まる。高賃金・高コスト体質の産業・企業は生き残れない」と指摘している[18]。
グローバル化の進展が喧伝されたのは、1991年のソ連崩壊がきっかけであるという指摘がある[19]。経済学者の竹中平蔵は「1990年代に起きたグローバリゼーションの原因は、東西冷戦の終結であり、それまでの世界経済の構造が根本的に変化してしまった。冷戦が終結したということによって東側の国々が市場経済になだれ込み、市場経済の中に住む人口が急激に増加した。このことによって、市場が2倍となり、世界的な激しい競争が起こった」と指摘している[20]。
「冷戦の終了と新興工業国の登場によって、各国が互いに激しい競争を繰り広げあうグローバルな市場競争が築き上げられつつある」という議論について、経済学者の野口旭、田中秀臣は「経済のミクロ的な非効率とマクロ的な停滞を峻別する視点がまったくない」と指摘している[21]。
経済学者の伊藤修は「需要と供給の両面を持たない経済などなく、財・サービスを供給するだけで需要しない国などない。旧共産圏が参加することで単純に供給過剰になったということはありえない」と指摘している[22]。
1990年代末期、拡大し続ける国境を越えた資本の移動がグローバル経済を混乱・崩壊に導くという議論が世界の論壇を席巻した[23]。反グローバリズム論者たちの共通認識は、グローバル資本主義は実体経済とかけ離れた膨大な規模の国際資本移動が展開しており、カジノ資本主義を横行させた元凶はアメリカで、主体はヘッジファンドであるというものである[24]。
ジョージ・ソロスは1998年の著書『グローバル資本主義の危機』で、国境による求心力を失ったヒト・モノ・カネは、一国の政策では制御不可能となっており、「開かれた社会」としてのグローバル資本主義を危機的状況に追い込んでいると論じた[2][25]。ソロスが問題視していたのは通貨投機であり、各国の通貨危機であった[26]。
中野剛志はリーマン・ショックを引き起こした金融グローバリゼーションは、1980年代にアメリカが新自由主義的な理念に基づき、規制緩和や金融市場の自由化を推進したことに端を発しているとしている。厳密には1980年代に始まったグローバリゼーションは、2008年のリーマン・ショックまでの間で第1期と第2期に二分できるとしている[27]。
岩井克人は「グローバル化と同時に進んだ金融の自由化・金融技術の発展は、金融市場全体が信用創造を行うことを可能にし始めている」と指摘している[28]。
1997年-1998年のアジア通貨危機に際しては、ジョセフ・スティグリッツとジャグディッシュ・バグワティはともに、物品の自由化と金融の自由化は同列に論じられないと、金融グローバリゼーションを厳しく批判した。また、バグワティは自由な資本移動が大きな利益をもたらすことを示す実証的な証拠はないと断言し、資本移動の急激な自由化が進められてきたのは、アメリカの金融機関という利益集団の強力なロビー活動の影響であると主張している。さら、ゴードン・ハンソンは様々な対内直接投資の経済効果の研究を整理し、対内直接投資による正の外部効果はほとんどなかったばかりか、国内経済に悪影響を及ぼした場合すらあったという実証研究結果を2001年に発表している[29]。
経済学者の堂目卓生は「貿易・金融のグローバル化は、各国の経済に大きな影響を与えるようになり、国家は貿易・国際金融に対して戦略的な政策を迫られている」と指摘している[30]。
野口旭は「国際資本移動とは、本質的には国境を越えた資金貸借に過ぎず、資金の出所が国内・国外だけで善悪を区別している」と指摘している[31]。
グローバリゼーションは常に、既存の社会・経済に対して、巨大な変化を強制するため、グローバル化の圧力が最も厳しい形で現れるのは、比較劣位にある産業である[32]。金融のグローバル化と、一国経済の基幹産業の振興は両立が困難であるとされる[33]。産業構造で言えば、製造業は主に貿易財を生産するため、その活動は「グローバル」である一方で、サービス産業は主に非貿易財を生産するため、その活動は「ローカル」である[34]。
現代の変貌するグローバルな経済においては、人々の嗜好の変化による需要構造の変化、技術革新などによる生産構造の変化、新興市場の拡大による比較優位構造・貿易構造の変化など不可避であるとされる[35]。後進国では、グローバリゼーションに伴う伝統的産業や伝統的経済構造の崩壊は深刻な形で存在する問題がある[36]。
野口旭、田中秀臣は「開放されたグローバル経済を守るために苦痛を社会で分かち合う心構えが必要である」と指摘している[37]。
中野剛志はグローバル化は労働者の賃金を上げさせず格差が拡大するばかりであるため、国内の資本家と労働者の対立を誘発することを指摘している。ポール・クルーグマン、ローレンス・サマーズなどのグローバル化を推進したエコノミストですら、2000年代中盤以降、賃金が一向に上がっていないのを目撃すると、グローバル化は労働者に対し被害を及ぼすと認めざるを得なかったとしている。また、チュニジアやエジプトなどの北アフリカで内紛や内戦が続出したが、それもグローバルな穀物市場で小麦価格が高騰したためであり、21世紀型の戦争が国内紛争であるとすれば、グローバル化はその主たる原因だとしている[38]。
中谷巌は、所得格差の拡大について、グローバル資本主義がBRICSの繁栄をもたらしたと評価する一方で、資本は賃金の高低差を求めて世界を移動するため、自国経済が発展しても国内の非熟練労働者の賃金は改善されず格差は拡大するとしている[5]。
ジョセフ・スティグリッツは「1980年代末期の共産主義体制の崩壊から、経済のグローバル化が加速し、国間の格差が縮小しはじめた。格差はグローバリゼーション、労働・資本・モノ・サービスの移動、スキルや高学歴の従業員の優遇、技術変化の副産物だというものは真実ではない」と指摘する一方で「経済的なパイを拡大することなく、システム操作で、パイの大きい部分を獲得するレントシーキングというアメリカ生まれのイノベーションが、グローバル化してしまった。グローバル化による不均衡は、世界中に被害をもたらした。国境を越え移動する資本は、労働者に賃金の譲歩、政府に法人税の減税を要求した。その結果、底辺への競争が起き、賃金・労働条件が脅かされるようになった」と指摘している[39]。
原田泰、大和総研は「グローバル化した世界では、先進国の労働者は後進国の労働者と競争しなければならず、結果先進国の労働者の賃金低下の圧力が働く。ただし、この圧力が先進国の単純労働者に与える影響は強い一方で、技能労働者に与える影響は軽微である」と指摘している[19]。また原田泰、大和総研は「グローバル化は、格差を縮小させる効果もある。後進国が発展すれば、先進国で買う製品が安くなる。低所得者はエンゲル係数が高いため、食料品が安くなれば実質所得が増える」と指摘している[40]。
経済学者の若田部昌澄は「『グローバリゼーションが(国内における)格差を拡大した』という説にこれといった証拠があるわけではない。IMF(国際通貨基金)でもそう分析されている」と指摘し、格差が広がっているのは事実としながらも「要因は多岐に渡り、国によって事情が違うためこれが主な要因だと一つだけ示すことはできない」と指摘している[41]。また若田部はポール・コリアーの著書『最底辺の10億人』を引用し「グローバリゼーションが進むほど経済成長は早くなるので、むしろ貧困は減る。本当に深刻なのは、グローバリゼーションからこぼれ落ちてしまった最貧国のほうである」と指摘している[42]。
1990年代半ば以降、パートタイマー・契約社員・派遣社員など非正規雇用が大幅に増えており、この背景としてグローバルな競争に対応するためのコスト削減・規制緩和の影響などが指摘されている[43]。国際競争にさらされる製造業の賃金は上がりにくいとされている[44]。
中野剛志は2002年-2006年に日本は好調な輸出の主導で景気回復をしたが、輸出が好調にもかかわらず、一人当たりの給与は下がっており、また大企業においては労働分配率が下がることが顕著であったため、国民が景気回復を実感できなかったことは当然であるとしている。一般に輸出企業は競争相手の多い世界市場で厳しい競争にさらされるが、激しいコスト競争の中で、輸出企業は実質賃金を抑制せざるを得なくなり、グローバルな世界における競争の結果として、労働者の賃金は最も低い賃金の水準まで低下する「底辺への競争」と呼ばれる現象が発生するとしている。このようなグローバルな「底辺の競争」は一国全体の賃金水準を下げるデフレーション圧力となり、グローバル化は格差拡大につながるとしている[45]。
岩田規久男は「2003年から2007年初頭までの景気回復期、企業収益が伸びたにもかかわらず、正社員の実質賃金の伸びは鈍いままだった。発展途上国から輸入品との競争で、実質賃金を下げざるを得なかったからである。その過程で企業は正社員よりも賃金の低い非正規労働者を多く雇った。アジアなどで生産される輸入品は、現地の低賃金労働者がつくっている。それに対抗するために、日本の非正規労働者の賃金を低く抑えてしまった。グローバル競争が正社員と非正規労働者の経済格差を拡大させた可能性がある」と指摘している[46]。また岩田は「経済のグローバル化によって、安くて質の良いモノが輸入されることによって、未熟練労働者も利益を受けている」と指摘している[47]。
竹中平蔵は「グローバル化が進む中、日本が今後も現在(2001年)の生活水準を維持するためには、少なくとも彼ら(中国)の20倍の生産性を持たなければならないことになる」と述べ「構造改革」の必要性を強調している[48]。一方で、森永卓郎は「中国と競争するためには、日本の人件費が半分になっても勝てず、20分の1以下まで下げるべきだと言うのだろうか」と指摘している[49]。
経済学者の田中秀臣は「グローバル化の競争圧力によって、日本企業はコスト削減を余儀なくされている。企業は社員を教育・訓練する余力を失ってしまい、スキルのある人材だけを求めている。スキルの無いフリーターは、正社員として雇用されなくなってしまう」と指摘している[50]。
「経済格差の原因は、グローバリゼーションやIT革命、規制緩和による構造改革である」という議論について、田中秀臣は「1990年代におけるデフレと失業の増加・不況の悪化を整合的に説明できない。長期停滞や経済格差の原因は、総需要不足にある」と指摘している[51]。
経済学者の大竹文雄は「グローバル化が、格差が拡大する原因であることは確かであるが、グローバル化による貿易拡大によって日本人全体が豊かになっていることも事実である」と指摘している[52]。大竹は「グローバル化の阻止は、世界の貧困問題を深刻にするという問題もある。日本がグローバル化をやめて、後進国からの農産物・製品を輸入しなくなると、日本も貧しくなるが後進国は更に貧しくなる。貿易による日本国内の格差・貧困問題は、社会保障制度・教育で対応すべきである」と指摘している[53]。
経済企画庁は、貿易を制限するよりも非熟練労働者の技能水準を高める教育・職業訓練が、賃金格差拡大の対策となるとしていた[54]。
- 為替レートの影響
企業は国際的であり、為替レートによってどの国の人を雇用するかを決めるとされている[55]。日本国内で商品を生産・販売している企業は、海外と競合している商品の場合、円高となると人件費などのコストが相対的に高くなるため、競争が厳しくなる[56]。
野口旭、田中秀臣は「日本の賃金が各国と比較して割高だとすれば、それは単に為替レートが実物経済の均衡・整合的な水準にまで調整されていないということに過ぎない」と指摘している[57]。経済学者の円居総一は「貨幣という名目価値で、他国の通貨で表示した絶対価格で比較し、日本の物価は高い、国際的価格に収斂させなければならない、または高コスト体質を是正しなければならないという議論は意味がない。為替レートですべてが決まるため、日本のモノ・賃金が他国と比べて実質的に高いのか低いのかは解らないからである」と指摘している[58]。
岩田規久男は「過度の円高は、非正規雇用の比率を引き上げ、製造業を中心とした海外移転を促進し、国内雇用の需要の減少・失業率の上昇をもたらした」と指摘している[47]。
グローバル化された資本主義社会には、不安定性に対抗できる世界政府・中央銀行は存在しない[28]。
エコノミストの伊藤洋一は「各国における金融政策の有効性の低下は、それぞれの国がグローバルな経済や市場に飲み込まれ、その波動を都度受けていることでも生じている。もちろん、各国の経済がグローバルな需要や交易によって助けられていることも確かで一方的ではない。しかし、こと金融政策に限ってみるとグローバル環境が制約条件になっているケースが多い。重要なことは、経済のグローバル化の中で海外要因が増えているということであり、グローバル化が進めば進むほど、各国中央銀行の当該国経済に対するコントロール力は低下していくことになる」と指摘している[59]。
中谷巌は、グローバル資本主義に無制限の自由を与えるのではなく、一定の規律を設け制御する必要性を説き、統制機関として世界中央銀行・世界中央政府の設置を主張している[5]。
野口旭は「各国が金融政策の自立性を失う根本的な原因は、固定相場制にある。各国が金融政策の自立性の確保するためには、変動相場制でありさえすればよい」と指摘している[31]。
中谷巌は、地球環境の破壊について、利益追求の最大化を標榜するグローバル資本は、環境コスト・環境規制の緩やかな地域を選んで資本投下するため、特定の国が規制を強化しても地球全体では成果は得られないとしている[5]。
加藤寛は、地域社会がグローバリゼーションの中で生き残るためには、
- 地域社会を開放し世界レベルでモノ・カネ・ヒトの出入りを活発にする
- 地域での資源・資金・人材の循環を活発にする
という条件が不可欠であると指摘している[60]。
日本経済は、自動車・電機機械などグローバル経済と競争している経済圏と、交通・飲食・社会福祉などグローバルと関係なく地方経済で活躍している経済圏と産業構造が2つに分かれている[61]。
中野剛志はグローバルな競争で勝ち残りたい企業には、デフレで労働者の賃金が安いことは強みであるとしている。その理由は、デフレにより物価を加味した「実質為替レート」の低下により競争力が強化されるからだという。このように、輸出企業がデフレにより恩恵を受けるのであれば、輸出主導の成長によるデフレの脱却はできないとしている。以上を踏まえ、グローバルに活動する輸出企業が利益を上げていても、その企業と同じ国籍の国民も同様に豊かになるとは限らないのがグローバリゼーションという現象の本質だと結論付けている[62]。
中野剛志は、日本において「グローバル化した世界では、輸出主導で成長しなければならない」という意見が2000年代より優勢になったことについては以下の2つの理由が考えられるとしている。第一は、2002年-2006年に輸出主導により景気回復したという経験をしたことである。これについて中野は、この時期はアメリカの住宅バブルにより世界経済全体が好調で、しかも円安であったために日本企業の輸出は好調だったのであり、住宅バブルがはじけ世界が大不況に陥っている2011年現在とは状況が異なるとしている。第二は、日本の人口減少・少子高齢化に伴う国内需要の減少により海外需要を取り込まねばならないという危機感に駆られていることである。しかしこの主張についても中野は、人口減少が需要の減少と共に労働力(=供給)の減少も引き起こすと指摘した上で、2011年現在進行している人口減少は「少子高齢化」であり、これは「少子化」という供給力の相対的減少と「高齢化」という需要の相対的な拡大とが同時に発生し、需要過剰・供給不足をもたらすため、むしろ国内需要を満たすだけの供給力をどのように備えるかが問題になるとして反論している[63]。
岩田規久男は「1990年以降、グローバル競争による競争の激化以上に、経営のグローバル化が進んだ。競争が激化しただけなら日本的経営は変わることはなかった」と指摘している[64]。
野口旭は「日本経済が、低迷しているのは、グローバル競争の圧力が強まったからではない。1960年代の高度経済成長が貿易自由化から始まったことが示すように、日本ほど経済の構造改革・構造調整によってグローバリゼーションを巧みに適応し、恩恵を受け続けた国は無かった」と指摘している[65]。
みずほ総合研究所は「グローバル・スタンダード論の盛り上がりの背景には、日本経済に対する過度な悲観論とその裏返しである好調なアメリカ経済への追従の姿勢があった」と指摘している[66]。また、みずほ総合研究所は「日本に必要なのは、グローバル・スタンダードへの適応という声の下、無条件に日本経済システムを破棄することではない」と指摘している[67]。
国際政治学者の浅野貴昭は「グローバル市場へのアクセスによって享受するメリットを最大化し、デメリットを最小化するような政策上の工夫に我々は注力すべきである。幅広い分野について、日本がいかにグローバル市場に向き合うべきかを改めて問う必要がある」と指摘している[68]。
中野剛志は中国はグローバル化することで成長しようとしたため外資を導入しており、所得格差の縮小や労働者の賃上げによる経済成長を試みた場合、ベトナムなどのもっと賃金水準の低い国に資本が流出する。そのため賃金を上げることができず、賃金が上がらないのにバブルで物価だけが上がっているため、各地で労働者の暴動が頻発しているとしている[69]。また、中国は少子高齢化により市場は拡大しなくなり、労働者の減少は普通は賃金の上昇をもたらすが、賃金の上昇は中国の輸出市場戦略に致命傷を負わせるとしている。高付加価値による商品の生産も技術力の問題や特許政策の不備で難しく、2011年現状では低賃金以外で国際競争力を付けるのは難しいと分析している[70]。