岩田康誠

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1974-03-12) 1974年3月12日(52歳)
身長 159cm
岩田康誠
第21回オーシャンステークス 表彰式
(2026年2月28日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県姫路市
生年月日 (1974-03-12) 1974年3月12日(52歳)
身長 159cm
体重 52kg
血液型 AB型
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会
所属厩舎 兵庫・清水正人(1989 - 2006)
栗東・フリー(2006 - )
エージェント 小原靖博(JRA)[1]
勝負服 白・青襷(兵庫)
初免許年 1991年(兵庫)/2006年(JRA)
免許区分 平地[2]
重賞勝利 212勝(中央114勝、地方92勝、海外6勝)
G1級勝利 35勝(中央25勝、地方5勝、海外5勝)
通算勝利 15715戦1824勝(中央)
14106戦3133勝(地方)
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岩田 康誠(いわた やすなり、1974年3月12日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 所属の騎手

兵庫県競馬所属時代

園田時代

兵庫県競馬組合の清水正人厩舎に所属し、1991年に騎手デビュー[3]。同期には、山田信大新潟船橋、現調教師)、岡田祥嗣福山→JRA)などがいる[4]

1996年ケイエスヨシゼンで兵庫アラブ三冠を達成した[5]。1990年代後半から小牧太JRA移籍まで、「園田の2本柱」と呼ばれていた[6]2000年には前年まで8年連続でリーディングジョッキーとなっていた小牧を上回り、初めて兵庫リーディングジョッキーとなった[6]。以後2002年2004年2005年に兵庫のリーディングを獲得している。

NARグランプリでは1996、1997、2002で優秀騎手賞を、2005で特別賞を受賞している[7][8]

2002年8月1日園田競馬2Rをクリノロマンで勝利し、地方競馬通算2000勝を達成。デビューから3963日目での2000勝達成は、地方競馬2000勝最速記録となった。[9]

中央競馬に移籍するまでに地方競馬で2941勝をあげた[10]

中央競馬への遠征

兵庫県競馬所属時代から中央競馬にも積極的に参戦。2002年にはビリーヴセントウルステークスを制して中央競馬の重賞を初制覇した。

2004年には菊花賞デルタブルースで制し、地方競馬所属の騎手としては初めて中央競馬のクラシックを制覇[11]、地方競馬所属の騎手が中央の競走馬に騎乗してGI競走を制覇したのも史上初のことであった[12]

2005年には第1回WSJS地方騎手代表選定競走(現・スーパージョッキーズトライアル)に優勝し、第19回ワールドスーパージョッキーズシリーズに地方競馬代表として参戦。最終戦のゴールデンサドルトロフィーではオースミグラスワンで1着になって、総ポイントで41点を挙げ、総合優勝した(地方競馬の騎手が同シリーズを総合優勝するのは第8回(1994年)の石崎隆之船橋)、第11回(1997年)の川原正一(当時笠松所属)、第15回(2001年)の鮫島克也佐賀)に次いで4年ぶり4人目であった)[13]

中央移籍後

中央競馬に移籍した2006年には、デルタブルースとのコンビで豪州のメルボルンカップ(GI)に挑戦、岩田にとってこれが初めての海外遠征であったが、それをものともせず勝利をおさめた[14]

2010年8月7日、イギリスアスコット競馬場で行われたシャーガーカップに出場(8位)[15]

2012年ディープブリランテ東京優駿を初制覇、7回目の挑戦でダービージョッキーとなる[16]。この年にはロードカナロア香港スプリントにも勝利し、日本馬として初めて香港スプリントを制した。

2013年8月10日、シャーガーカップに2回目の出場[17]

2014年5月25日、優駿牝馬でヌーヴォレコルトに騎乗して勝利と共に、史上7人目となるクラシック競走完全制覇を達成[18]

2018年7月15日の函館第3競走をナイルデルタで1着となり、JRA通算1500勝を達成した[19]

2020年には新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から移動が禁止されている育成牧場に乗りに行き、始末書を提出する騒動となった[20]

2021年4月24日、スウィープザボードに騎乗して臨んだ阪神競馬第6レース開始前の返し馬の際に、テイエムマジックに騎乗していた藤懸貴志に対して鞭を使って威嚇したのち馬をラチ沿いに寄せ、藤懸に対して暴言を吐いたことが明らかとなった。同じ日の第2レースにおける藤懸騎乗の馬の位置取りに不満があり、その時点でも藤懸に対して暴言を吐いていたという。岩田は謝罪したが、競馬施行規程第147条20項の適用によりレース翌日の4月25日から5月8日までの騎乗停止処分となり、25日のマイラーズカップで騎乗予定だったケイデンスコール古川吉洋に乗り替わりとなった(1着)[21][22]。過去に何度も始末書を書くような騒動を起こしていることから、この騎乗停止処分に関しては甘すぎるという批判が殺到した[20]

2021年6月27日、札幌競馬第5Rでシゲルツバメに騎乗して史上18人目のJRA通算14000回騎乗を達成した[23]

2022年1月30日、根岸ステークスにてテイエムサウスダンに騎乗しレースを勝利。この勝利によりJRA移籍後通算1700勝を達成した。勝利後、インタビューに対し岩田は「この数字は自分一人のものではなく、馬主さん、厩舎関係者の皆様、そして馬たちのおかげだと思っています。これからも馬とともに、騎手人生を楽しめたらいいなと思っています」と語った。通算1700勝の記録はJRA騎手において史上14人目[24]

2024年11月17日、東京9Rでラフエイジアンに騎乗し1着となり、史上14人目、現役では6人目となるJRA通算1800勝を1万5499戦目で達成した[25]

人物

  • 2016年に次男である岩田望来がJRA競馬学校に入学し、2019年2月に卒業。同年3月に騎手デビューを果たした。
  • 八大競走のうち制覇していないのは天皇賞(秋)と有馬記念の2つのみである。いずれも最高2着。
  • 主戦騎手を務めたジェンティルドンナが2013年のジャパンカップでライアン・ムーアに乗り替わりになった際は非常にショックを受け、悔しさのあまり調整ルームの風呂場で「俺のジェンティルー!」と叫んだ。後年のインタビューでも、「今でこそ、乗り替わりは当たり前やけどさ、当時は人に取られることがあまりなかったから…。とにかくあの乗り替わりはヘコんだよ。」と語っている[26]

評価

  • 岩田と同じく園田競馬からJRAに移籍した小牧太は、「康誠は新人のときから、ちょっと違ってたな。ホンマにゲートが早かった。天下一品やった。そして長手綱でサーッと乗ってきてな。」[27]「彼(岩田)がデビューしたとき、それこそ「すごい新人が出てきたな」と思ったよ。スタートがなんせ巧くて、どんな馬に乗っても飛び抜けて速かった。「こういう子を天才っていうんやな」と思ったもん。最初から天才的やったわ、アイツは。」[28] と評価している。
  • 藤田伸二はJRA所属の騎手であった当時出版した著書『騎手の一分 競馬界の真実』において、岩田は勝ちにこだわっており、レース勘が備わっていると評価する一方、「馬の背中にトントンと尻をつけるような」騎乗フォームについては、見た目が不恰好である上「馬の背中を痛めてしまう」という理由から「絶対に認めたくない」と否定[29]、加えて「強い馬に乗せてもらっているから勝っている」に過ぎない、と評している[30]。また岩田自身がしばしばJRAの制裁対象となっているにもかかわらず、若手騎手に対しては安全に配慮した騎乗ができていないと調整ルームで「威圧している」として批判していたことがある[31]

主な騎乗馬

2007年ジャパンカップ(アドマイヤムーン)
2007年ジャパンカップ(アドマイヤムーン
2008年安田記念(ウオッカ)
2008年安田記念(ウオッカ
2010年皐月賞(ヴィクトワールピサ)
2010年皐月賞(ヴィクトワールピサ
2012年東京優駿(ディープブリランテ)
2012年東京優駿(ディープブリランテ

GI級競走優勝

太字はGI級競走を示す)

重賞競走優勝

騎乗成績

日付 競馬場、開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 1999年11月7日 5回京都2日目5R 4歳以上900万下 イシヤクモンド 12頭 3 5着
初勝利 2000年9月16日 4回阪神3日目7R 4歳以上500万下 バンブーウタヒメ 17頭 15 1着
重賞初騎乗 2000年11月5日 5回京都2日目11R KBSファンタジーS ホエールハーバー 16頭 12 12着
重賞初勝利 2002年9月8日 4回阪神2日目11R セントウルステークス ビリーヴ 12頭 1 1着
GI初騎乗 2002年4月7日 2回阪神6日目11R 桜花賞 アイノブリーズ 18頭 17 17着
GI初勝利 2004年10月24日 4回京都6日目11R 菊花賞 デルタブルース 18頭 8 1着
年度1着 2着 3着騎乗勝率連対率 複勝率表彰
1999年0 0 211.000.000 .182
2000年2 0 121.095.095 .143
2001年6 1 138.158.184 .211
2002年18 9 6117.154.231 .282
2003年25 16 19239.105.172 .251
2004年45 44 36400.113.223 .313
2005年28 31 27265.106.223 .325
2006年126 114 115952.132.252 .373
2007年145 115 123873.166.298 .439
2008年118 106 88852.138.263 .366JRA賞(最多賞金獲得騎手)
2009年109 106 104896.122.240 .356
2010年82 82 66691.119.237 .333フェアプレー賞(関西)
2011年131 137 88888.148.302 .401JRA賞(最多勝利騎手・最多賞金獲得騎手)
2012年119 101 105857.139.257 .379JRA賞(最多勝利騎手・最多賞金獲得騎手)
2013年111 111 80854.130.260 .354優秀騎手賞
2014年136 125 102905.150.288 .401JRA賞(JRA最多賞金獲得騎手)
優秀騎手賞
関西テレビ放送賞
2015年101 113 1351010.100.212 .346優秀騎手賞
2016年68 86 88842.081.183 .287
2017年83 73 94839.099.186 .298
2018年80 87 89790.101.211 .324
2019年68 100 85821.083.205 .308
2020年50 44 55565.088.166 .264フェアプレー賞(関西)
2021年44 46 45528.083.170 .256
2022年46 33 38491.094.161 .238
2023年 25 27 35 402 062 .129 .216
2024年 41 23 33 400 .103 .160 .243
通算1807 1730 166015547.116.228 .334

通算勝利記録

  • 通算100勝 2005年3月6日 阪神6R サラ3歳新馬・アルキオーネ
  • 通算200勝 2006年8月20日 札幌5R サラ3歳未勝利・ギーニョ
  • 通算300勝 2007年4月22日 京都5R サラ3歳未勝利・サンライズベガ
  • 通算400勝 2008年1月12日 京都9R 飛梅賞・ピエナエイム
  • 通算500勝 2008年11月8日 京都7R サラ3歳以上500万下・ハードシーキング
  • 通算600勝 2009年9月12日 阪神6R サラ3歳以上500万下・モルガナイト
  • 通算700勝 2010年12月19日 阪神7R サラ2歳500万下・ヴォトレメイヤー
  • 通算800勝 2011年10月9日 東京9R 六社特別・タイキパーシヴァル
  • 通算900勝 2012年6月30日 函館12R かもめ島特別・サンキューアスク
  • 通算1000勝 2013年4月20日 京都11R 錦ステークス・セイルラージ
  • 通算1100勝 2014年4月6日 阪神1R サラ3歳未勝利・サクラヴァローレ
  • 通算1200勝 2014年12月27日 阪神8R サラ3歳以上1000万下・ナンヨーマーク
  • 通算1300勝 2015年11月28日 京都8R サラ3歳以上500万下・ラディカル
  • 通算1400勝 2017年5月27日 東京11R 欅ステークス・エイシンバッケン
  • 通算1500勝 2018年7月15日 函館3R サラ3歳未勝利・ナイルデルタ
  • 通算1600勝 2019年12月14日 阪神9R さざんか賞・ヴァラークラウン
  • 通算1700勝 2022年1月30日 東京11R 根岸ステークス・テイエムサウスダン
  • 通算1800勝 2024年11月17日 東京9R 3歳以上2勝クラス・ラフエイジアン

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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