コタシャーン
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戦績
1990年11月にデビュー。1991年まではフランスで走り8戦3勝、GIIIを1つ勝っている。
1992年にはアメリカへ転厩。しかしこの年は4戦して一般競走での1勝のみでシーズンを終える。
1993年になると、鞍上にアメリカの名手、ケント・デザーモを迎える。2月のGIIサンルイオビスポステークスを7馬身差で制するとGIサンルイレイステークスではGI優勝馬ビエンビエンを抑えGI初優勝。その後もGIサンフアンカピストラーノインビテーショナルハンデキャップで再びビエンビエンにレコード勝ち、GIエディリードハンデキャップを3馬身差で優勝、GI競走3連勝で瞬く間にアメリカ芝路線のトップホースへと上り詰めた。GIIデルマー招待ハンデキャップで2着に敗れ連勝が止まったが、GIオークツリー招待ハンデキャップに勝利、1番人気で迎えたブリーダーズカップ・ターフでは三度ビエンビエンを下し優勝した。
そしてジャパンカップへの招待を受け来日。凱旋門賞2着のホワイトマズル、アーリントンミリオン優勝馬スターオブコジーン、東京優駿(日本ダービー)優勝馬ウイニングチケットを抑えて1番人気に支持された。レースが始まると道中は中団やや後方に位置し、最後の直線で鋭い末脚を見せ差を詰めてきた。しかし残り100mの地点で鞍上のケント・デザーモがハロン棒をゴール板と勘違いし、追うのを止めた。すぐに自分のミスに気付いたデザーモ騎手は再び追い始めるが、日本のレガシーワールドから1馬身1/4離された2着に敗れた[1]。
この年、GI競走5勝でエクリプス賞年度代表馬、最優秀芝牡馬に選出された。
ジャパンカップを最後に引退し、日本で種牡馬になった。
種牡馬
主な産駒
血統表
| コタシャーンの血統(ミルリーフ系 / Nasrullah 5×5=6.25%) | (血統表の出典) | |||
父 Darshaan 1981 黒鹿毛 |
父の父 Shirley Heights1975 鹿毛 |
Mill Reef | Never Bend | |
| Milan Mill | ||||
| Hardiemma | *ハーディカヌート | |||
| Grand Cross | ||||
父の母 Delsy1972 黒鹿毛 |
Abdos | Arbar | ||
| Pretty Lady | ||||
| Kelty | *ヴェンチア | |||
| *マリラ | ||||
母 Haute Autorite 1983 黒鹿毛 |
Elocutionist 1973 鹿毛 |
Gallant Romeo | Gallant Man | |
| Juliets Nurse | ||||
| Strictly Speaking | Fleet Nasrullah | |||
| Believe Me | ||||
母の母 Premiere Danseuse1978 栗毛 |
Green Dancer | Nijinsky II | ||
| Green Valley | ||||
| Opealia | Cambremont | |||
| Optimistic F-No.19-a | ||||