シロッコ (競走馬)

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シロッコ
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 2001年4月10日
Monsun
So Sedulous
母の父 The Minstrel
生国 ドイツの旗 ドイツ
生産者 Baron Georg Von Ullmann
馬主 Baron Georg Von Ullmann
調教師 Andreas Schutzドイツ
André Fabreフランス
競走成績
生涯成績 13戦7勝
勝ち鞍
G1独ダービー2004年
G1ジョッキークラブ大賞2004年
G1BCターフ2005年
G1コロネーションC2006年
G2ジョッキークラブS2006年
G2フォワ賞2006年
ListedRWEアクアダービーTR2004年
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シロッコ (Shirocco) は、ドイツ生まれの競走馬および種牡馬ドイツダービー馬としては過去最上級の活躍馬である。馬名は父モンズーンより同じ卓越風であるシロッコを連想したもの。

3歳時代

2004年にデビュー。ドイツダービー (G1) を制し、次走のバーデン大賞 (G1) こそコロネーションカップ (G1) を2連覇中のウォーサンに屈したものの、予定通り凱旋門賞 (G1) に挑戦するハズだったが当日の馬場状態を考慮して回避。代替参戦したトニービンが勝ったことで有名なイタリアジョッキークラブ大賞 (G1) に参戦し、エレクトロキューショニストをハナ差凌いで勝利。この年を締め括る。

古馬時代

2005年には、フランスの名門A.ファーブル厩舎に転厩、フォワ賞 (G2) を叩いて前年出られなかった凱旋門賞 (G1) に挑戦するも、その年のアイルランドダービー馬で同厩舎のハリケーンランに屈し、4着に敗退。しかしそこからこの馬の快進撃が始まる。次走は大西洋を越えてアメリカブリーダーズカップ・ターフに参戦。5番人気と低評価ながら、その年のキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス (G1) の勝馬で1番人気だったアザムールらを従えて優勝。ドイツ産馬としては史上初めてBCウイナーとなった。

2006年も勢いは止まらず、ジョッキークラブステークス (G2) を手始めにコロネーションカップ (G1) では前年の凱旋門賞で後塵を拝した世界を股にかける女傑ウィジャボードに雪辱。そして前年と同じくフォワ賞 (G2) で王者ハリケーンランと再戦し、叩きあいの末にクビ差で退けた。重賞4連勝と勢いに乗って凱旋門賞に臨むも、最下位の7着(8位入線だったが3位入線していたディープインパクトの失格により、後に繰り上げ)に沈み、このレースを最後に競走馬を引退することになった。

競走成績

出走日競馬場競走名距離着順騎手着差1着(2着)馬
2004年3月27日クレーフェルトシュヴァネンマルクト賞芝2200m2着A.スボリッチ1 3/4馬身Encinas
2004年5月15日ミュールハイムダービートライアル準重芝2200m1着A.スボリッチ7馬身(Armand)
2004年6月13日ケルンウニオンレネンG2芝2200m3着A.スボリッチ3 1/2馬身Malinas
2004年7月4日ハンブルクドイチェスダービーG1芝2400m1着A.スボリッチ4馬身(Malinas)
2004年9月5日バーデンバーデンバーデン大賞G1芝2400m3着A.スボリッチ1馬身Warrsan
2004年10月17日サンシーロジョッキークラブ大賞G1芝2400m1着A.スボリッチハナ(Electrocutionist)
2005年9月11日ロンシャンフォワ賞G2芝2400m3着C.スミヨン4 1/2馬身Pride
2005年10月2日ロンシャン凱旋門賞G1芝2400m4着S.パスキエ4 1/4馬身Hurricane Run
2005年10月29日ベルモントパークBCターフG1芝12f1着C.スミヨン1 3/4馬身(Ace)
2006年5月7日ニューマーケットジョッキークラブSG2芝12f1着C.スミヨン3 1/2馬身(Munsef)
2006年6月2日エプソムコロネーションCG1芝12f10y1着C.スミヨン1 3/4馬身Ouija Board
2006年9月10日ロンシャンフォワ賞G2芝2400m1着C.スミヨンクビ(Hurricane Run)
2006年10月1日ロンシャン凱旋門賞G1芝2400m7着C.スミヨン11馬身Rail Link

種牡馬時代

血統表

外部リンク

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