サッカーボリビア代表

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国または地域 ボリビアの旗 ボリビア
愛称 La Verde (The Green)[1]
Los Altiplanicos (The Highlanders)[1]
Los Tiahuanacos (The Tiahuanacos)
サッカーボリビア代表
国または地域 ボリビアの旗 ボリビア
協会 ボリビアサッカー連盟
FIFAコード BOL
愛称 La Verde (The Green)[1]
Los Altiplanicos (The Highlanders)[1]
Los Tiahuanacos (The Tiahuanacos)
監督 ボリビアの旗 オスカル・ヴィジェガス
キャプテン マルセロ・モレノ
最多出場選手 ロナルド・ラルデス英語版(102試合)
最多得点選手 マルセロ・モレノ(31得点)
ホームスタジアム エルナンド・シレス
ホームカラー
アウェイカラー
初の国際試合
 チリ 7 -1 ボリビア
サンティアゴ, 1926年10月12日)
最大差勝利試合
 ボリビア 7-0  ベネズエラ
ラパス, 1993年8月22日)
 ボリビア 9-2  ハイチ
(ラパス, 2000年3月5日)
最大差敗戦試合
 ウルグアイ 9-0  ボリビア
リマ, 1927年11月6日)
 ブラジル 10-1  ボリビア
サンパウロ, 1949年4月10日)
FIFAワールドカップ
出場回数 3回(初出場は1930
最高成績 グループリーグ敗退 (1930, 1950, 1994)
コパ・アメリカ
出場回数 28回
最高成績 優勝 (1963)

サッカーボリビア代表(サッカーボリビアだいひょう、スペイン語: Selección de fútbol de Bolivia)は、ボリビアサッカー連盟(FBF)によって構成されるボリビアサッカーナショナルチームである。

ホームスタジアムはラパスにあるエスタディオ・オリンピコ・エルナンド・シレス。また、このスタジアムの標高が『約3,600m』とあまりに高いために、過去に問題となった事もある(後述)。日本代表1999年コパ・アメリカを含め通算3度対戦しており、2勝1分となっている(2025年6月時点)。

ボリビア代表はFIFAワールドカップには3回出場しているが、CONMEBOL所属のチームでは本大会出場の無いベネズエラと共に本大会での勝利が無い。第1回の1930年大会は全出場チームが招待参加している。1950年大会は現在のような長期にわたる南米予選が存在しておらず、ホスト国ブラジルが予選免除だったことに加えアルゼンチンが不参加だったことにより予選グループ分け時点で出場を決めた(いずれも1次リーグで敗退している)。コパ・アメリカでは、1963年大会で優勝を果たしている。

1994年アメリカ大会南米予選では、首都ラパスでのホームゲームで標高3600mの高地にあるという地の利を最大限に生かしてウルグアイを破り、これまで南米予選でいかなる国にも負け知らずだったブラジルに初めて土をつけ4戦全勝した。一方で、アウェーも1勝1分2敗で乗り切り通算成績を5勝1分2敗として44年ぶり3回目の出場を決めた。しかし、大会開幕戦となった初戦のドイツ戦を0-1で落とし、韓国には0-0のスコアレスドロー、グループリーグ突破に最後の望みを賭けたスペイン戦では1-3の完敗を喫して全3試合を1分2敗の成績でグループリーグで敗退した。

その後、1998年フランス大会南米予選から予選形式が従来のグループ戦から10カ国による総当り戦へと変更された。これは、ボリビアにとって「ホームゲームの増加」というメリットよりも「強豪との対戦数が大幅に増えたことによる勝率の著しい低下」というデメリットをより際立たせる変更であった。更に他の南米諸国も「ラパス対策」としてそれなりに高地での試合経験を積んで臨むようになってきたため、以前のようにホームでの驚異的な強さを発揮できなくなった。1998年大会以降は南米予選でも下位に沈み続け、2022年カタール大会予選まで7大会連続でプレーオフにも進出できなかった。1997年のコパ・アメリカで準優勝したが、それ以降2024年大会までの10大会中9大会でグループリーグ敗退と、南米最弱クラスまで転落した[2][3]

2026年北中米W杯は出場枠が増加したことや、ホームで5勝2分2敗と強さを取り戻したことで、南米予選7位ながら大陸間プレーオフに進出した[4][5]。この予選ではブラジルやコロンビアに勝利している[6][7]。2026年3月の大陸間プレーオフでは、準決勝でスリナム北中米カリブ海代表)を破る[8]も、決勝でシード国のイラクアジア代表)に及ばず、本大会出場にあと一歩届かなかった[9]

高地国際試合禁止問題

国際サッカー連盟(FIFA)は2007年5月に、健康上の問題を理由として「標高2500m」を超える高地での国際試合禁止を決定した。これによりラパスでのホームゲームが出来なくなったボリビア代表は、ボリビアのモラレス大統領(当時)が同年6月1日にボリビアにある標高5395mのチャカルタヤ山の山頂付近でサッカーをプレーし、6月12日にはボリビア最高峰のサハマ山(標高6542m)の山頂付近でプレーするなど体を張って抗議した[10]

これを受けて、FIFAは限界を3000mに緩和した。それでもなお、FIFAが定めた限界より高い3600mのラパスに関しては南米各国が認めれば試合開催可能とした。同年7月14日に南米サッカー連盟が全会一致で承認し、これまで通りラパスでの試合開催が可能になった[11]

なお、2026 FIFAワールドカップ・南米予選におけるボリビアのホームゲームは、第5節のペルー戦まではエスタディオ・オリンピコ・エルナンド・シレスを使用するが、第7節のベネズエラ戦以降はラパスよりも標高が高いエル・アルト(標高4150m)にあるエスタディオ・ムニシパル・デ・エル・アルト英語版を使用する[12]

成績

FIFAワールドカップ

開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
ウルグアイの旗 1930 グループリーグ敗退 2 0 0 2 0 8
イタリアの旗 1934 不参加
フランスの旗 1938
ブラジルの旗 1950 グループリーグ敗退 1 0 0 1 0 8
スイスの旗 1954 予選敗退
スウェーデンの旗 1958
チリの旗 1962
イングランドの旗 1966
メキシコの旗 1970
西ドイツの旗 1974
アルゼンチンの旗 1978
スペインの旗 1982
メキシコの旗 1986
イタリアの旗 1990
アメリカ合衆国の旗 1994 グループリーグ敗退 3 0 1 2 1 4
フランスの旗 1998 予選敗退
大韓民国の旗 日本の旗 2002
ドイツの旗 2006
南アフリカ共和国の旗 2010
ブラジルの旗 2014
ロシアの旗 2018
カタールの旗 2022
カナダの旗メキシコの旗アメリカ合衆国の旗 2026
合計 3/22 6 0 1 5 1 20

FIFAコンフェデレーションズカップ

  • 1999 - グループリーグ敗退

コパ・アメリカ

  • 1916 - 不参加
  • 1917 - 不参加
  • 1919 - 不参加
  • 1920 - 不参加
  • 1921 - 不参加
  • 1922 - 不参加
  • 1923 - 不参加
  • 1924 - 不参加
  • 1925 - 不参加
  • 1926 - 6位
  • 1927 - 4位
  • 1929 - 棄権
  • 1935 - 棄権
  • 1937 - 棄権
  • 1939 - 棄権
  • 1941 - 棄権
  • 1942 - 棄権
  • 1945 - 6位
  • 1946 - 6位
  • 1947 - 7位
  • 1949 - 4位
  • 1953 - 6位
  • 1955 - 棄権
  • 1956 - 棄権
  • 1957 - 棄権
  • 1959 - 7位
  • 1959 - 棄権
  • 1963 - 優勝
  • 1967 - 6位
  • 1975 - グループリーグ敗退
  • 1979 - グループリーグ敗退
  • 1983 - グループリーグ敗退
  • 1987 - グループリーグ敗退
  • 1989 - グループリーグ敗退
  • 1991 - グループリーグ敗退
  • 1993 - グループリーグ敗退
  • 1995 - ベスト8
  • 1997 - 準優勝
  • 1999 - グループリーグ敗退
  • 2001 - グループリーグ敗退
  • 2004 - グループリーグ敗退
  • 2007 - グループリーグ敗退
  • 2011 - グループリーグ敗退
  • 2015 - ベスト8
  • 2016 - グループリーグ敗退
  • 2019 - グループリーグ敗退
  • 2021 - グループリーグ敗退
  • 2024 - グループリーグ敗退

歴代監督

歴代選手

W杯の大会メンバー

主な代表選手

歴代記録

2022年2月1日現在[13]

出場数ランキング

ロナルド・ラルデス
順位 選手 出場 得点 期間
1 ロナルド・ラルデス 102 3 2001-2018
2 マルセロ・モレノ 95 30 2007-
3 ルイス・クリスタルド 93 5 1989-2005
マルコ・サンディ 93 6 1993-2003
5 ホセ・ミルトン・メルガル 89 6 1980-1997
6 フアン・カルロス・アルセ 88 15 2004-
カルロス・フェルナンド・ボルハ 88 1 1979-1995
8 フリオ・セサル・バルディビエソ 85 15 1991-2005
フアン・マヌエル・ペーニャ 85 1 1991-2009
10 ミゲル・リンバ 80 0 1989-2000

得点数ランキング

マルセロ・モレノ
順位 選手 得点 出場 期間
1 マルセロ・モレノ 30 95 2007-
2 ホアキン・ボテロ 20 48 1999-2009
3 ビクトル・ウガルテ 16 45 1947-1963
4 カルロス・アラゴネス 15 31 1977-1981
エルウィン・サンチェス 15 57 1989-2005
フリオ・セサル・バルディビエソ 15 85 1991-2005
フアン・カルロス・アルセ 15 88 2004-
8 マクシモ・アルコセル 13 22 1953-1963
マルコ・エチェベリ 13 71 1989-2003
10 ミゲル・アギラール 10 34 1977-1983

国別の対戦成績

対戦相手試合勝率 %
 アルゼンチン3264223180-4922.91%
 ベルギー100113-20.00%
 ブラジル2653182587-5223.07%
 中華人民共和国211031266.66%
 チリ3857263796-5919.82%
 コロンビア2568112533-834.66%
 チェコ210146-250.00%
 エクアドル2661092841-1335.90%
 フィンランド211052366.66%
 ギリシャ101000033.33%
 ハンガリー200229-70.00%
 メキシコ10118519-1413.33%
 パラグアイ6314173262122-5044.44%
 ペルー41139194367-2439.02%
 ポーランド200113-20.00%
 ルーマニア100103-30.00%
 韓国211010166.66%
 ウルグアイ4057282299-7718.33%
 ベネズエラ311381063422150.54%
 ユーゴスラビア201115-416.66%
 オーストラリア503224-220.00%
 オーストリア101000033.33%
 バーレーン1100211100.00%
 ボスニア・ヘルツェゴビナ1100303100.00%
 ブルガリア101000033.33%
 カナダ101000033.33%
 中華人民共和国211031266.66%
 コートジボワール202033033.33%
 コスタリカ631253255.55%
 デンマーク211032166.66%
 イングランド300308-80.00%
 フランス301238-511.11%
 エルサルバドル4400716100.00%
 ジョージア1100101100.00%
 ドイツ100101-10.00%
 グアテマラ7511139476.19%
 ホンジュラス522163353.33%
 香港211081766.66%
 インドネシア1100321100.00%
 イラン101011033.33%
 イラク10100000.00%
 イタリア301226-411.11%
 ジャマイカ5302107360.00%
 日本824275241.66%
 北マケドニア1100101100.00%
 オランダ201115-416.66%
 ナイジェリア211042266.66%
 北朝鮮1100101100.00%
 ノルウェー101022033.33%
 ニュージーランド321052377.77%
 オマーン1100101100.00%
 パナマ541091886.67%
 ポルトガル101000033.33%
 アイルランド200214-30.00%
 サウジアラビア202011033.33%
 スコットランド1100321100.00%
 スロバキア1100202100.00%
 スロベニア1100312100.00%
 南アフリカ共和国302136-322.22%
 スペイン402214-316.66%
 スウェーデン311144044.44%
 トーゴ1100422100.00%
 トリニダード・トバゴ312053255.55%
 アメリカ合衆国622268-233.33%
 ウェールズ101000033.33%
 トルコ101000033.33%

脚注

関連項目

外部リンク

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