シュリーランガ2世
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| シュリーランガ2世 Sriranga II | |
|---|---|
| ヴィジャヤナガル王 | |
| 在位 | 1614年 |
| 死去 |
1614年 |
| 子女 | ラーマ・デーヴァ・ラーヤ |
| 王朝 | アーラヴィードゥ朝 |
| 父親 | ラーマ(ティルマラ・デーヴァ・ラーヤの子) |
| 宗教 | ヒンドゥー教 |
シュリーランガ2世(テルグ語:శ్రీరంగ, タミル語:ஸ்ரீரங்க, Sriranga II, 生年不詳 - 1614年)は、南インドのヴィジャヤナガル王国、アーラヴィードゥ朝の君主(在位:1614年)。本名はシュリーランガ・チッカ・ラーヤ(Sriranga Chikka Raya)という。
ティルマラ・デーヴァ・ラーヤの息子ラーマを父として生まれた。
1614年、ヴィジャヤナガル王ヴェンカタ2世は死に際して、甥であるシュリーランガを次王に指名した。
同年10月、ヴェンカタ2世は死亡し、シュリーランガがシュリーランガ2世として即位した。彼はタンジャーヴール・ナーヤカ朝のラグナータ・ナーヤカやテルグの戦士層であるヴェールゴーティ家に支持されていた。
しかし、ヴェンカタ2世の落胤であるジャッガ・ラーヤは王位を主張して、ゴッブーリ家の支持で反乱を起こし、シュリーランガ2世とその家族は殺害された。このとき難を免れたのは息子のラーマ・デーヴァ・ラーヤと弟のティンマ・ラーヤだけであった。