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スティーブ・バルマー

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生誕 スティーブン・アンソニー・バルマー
(1956-03-24) 1956年3月24日(69歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国・ミシガン州デトロイト
職業
純資産 110億ドル(2009年時点)[1]
スティーブ・バルマー
Steve Ballmer
2014年
生誕 スティーブン・アンソニー・バルマー
(1956-03-24) 1956年3月24日(69歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国・ミシガン州デトロイト
出身校 ハーバード大学
職業
純資産 110億ドル(2009年時点)[1]
配偶者 コニー・スナイダー
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スティーブン・アンソニー・バルマー(英語: Steven Anthony Ballmer、1956年3月24日 - )は、アメリカ合衆国の実業家、マイクロソフト社元最高経営責任者(2000年1月 - 2014年2月4日)、NBAのロサンゼルス・クリッパーズオーナー。

総資産が1000億ドルを超え、『フォーブス』世界長者番付トップ10にも入る大富豪だが、マイクロソフト創業メンバーでもなければ、現役のCEOでもない[2]。

ミシガン州デトロイトに生まれる[3]。

父はスイスからのドイツ系ユダヤ人移民で、フォード・モーターにマネージャーとして勤務した[3]。

母はベラルーシのピンスク出身の両親を持つ東欧系ユダヤ人移民二世。

高校時代にSATの数学で800点満点を得点するなど数学に秀でた才能を発揮し[3]、1973年に4.0のGPAで卒業、クラスの卒業生総代となる。卒業後はハーバード大学へ進む[1]。

ハーバード大学在学時にはアメリカンフットボールチームのマネージャーや[4]、学内機関紙のザ・ハーバード・クリムゾン(英語版)[4] とハーバード・アドボケイト(英語版)の広告部長を務める。

後にマイクロソフトを設立するビル・ゲイツとは、ゲイツが中退以前に学生寮の同じ部屋に住んでいた。

第2位優等(Magna Cum Laude)で卒業し、数学と経済学の学士号を取得する[4]。

卒業後はプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)でアシスタントプロダクトマネージャーを2年間務める(P&G時代の同期に後のゼネラル・エレクトリックCEO、ジェフリー・イメルトがいた[4])。

スタンフォード大学経営大学院の経営学修士課程(MBA)へ進学したが[1]、ゲイツに説得され中退する[4]。

1980年、ゲイツが初めて採用したビジネスマネージャー(事業担当管理職)としてマイクロソフトへ入社、マイクロソフトの30人目の従業員となる。

オペレーティングシステム開発、経営、販売、サポート事業部門長などを経て、1998年7月には空席となっていた社長に昇進した[5]。

2000年1月にはゲイツの辞任に伴い最高経営責任者に就任した。

バルマーはXboxへの巨額な投資を承認した[4]。

2014年2月4日最高経営責任者を退任し、サティア・ナデラに最高経営責任者を譲り、取締役に就任した。

2014年8月12日、NBAのロサンゼルス・クリッパーズを買収し、オーナーに就任した[6]。同月19日、オーナー職などに集中したいとするバルマーの意向が受け入れられマイクロソフト取締役を退任した[7]。

2015年10月16日、Twitter社の株を4%保有していることを明らかにした。個人では3番目の大株主となる[8]。

2018年5月には「投資家であることにもはや集中したくなく、価格が魅力ある水準だったこと」を理由に所有していたTwitterの株式を全て売却したことを明らかにしている[9]。

人物像

2007年

バルマーは、技術者肌であるゲイツに対して経営のアドバイザー的な役割を果たし、マイクロソフトを大企業に仕立て上げた立役者でもある。同社の売上高を3倍、利益を2倍へと押し上げたが、携帯端末事業でAppleやGoogleの後塵を拝したとの評価もある[7]。

基調講演でグロリア・エステファンの「ゲット・オン・ユア・フィート」に合わせて壇上を跳ね回り、「I love this company!」と絶叫する[10]など、ユーモラスな人柄も持ち合わせている。

かつては Windows 1.0 のテレビコマーシャルにも出演し、熱狂的にアピールする姿を見せた[11]。

2017年4月には私財1000万ドル(当時11億円相当)を投じ、アメリカ合衆国の財政状況を具体的に可視化する非営利サイトUSAFacts(英語版)を立ち上げている[12]。

脚注

参考文献

外部リンク

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