セルディード

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コマルカオルテガル
人口1,359 人 (2009年)
Cerdido

{{{市章説明}}}


自治体庁舎
 ガリシア州
ア・コルーニャ県
コマルカ オルテガル
人口 1,359 人 (2009年)
住民呼称 cerdidense
ガリシア語率 99.48% (2011年[1]
Cerdidoの位置(スペイン内)
Cerdido
Cerdido
スペイン内セルディードの位置
Cerdidoの位置(ア・コルーニャ県内)
Cerdido
Cerdido
ア・コルーニャ県内セルディードの位置

北緯43度36分43秒 西経7度57分17秒 / 北緯43.61194度 西経7.95472度 / 43.61194; -7.95472座標: 北緯43度36分43秒 西経7度57分17秒 / 北緯43.61194度 西経7.95472度 / 43.61194; -7.95472

セルディードCerdido)は、スペインガリシア州ア・コルーニャ県の自治体、コマルカ・ド・オルテガルに属する。ガリシア統計局によると、2009年の人口は1,359人である(2006年:1,496人、2005年:1,522人、2004年:1,558人、2003年:1,589人)。住民呼称は、男女同形のcerdidense。

ガリシア語話者の自治体住民に占める割合は99.48%(2001年)。

人口

セルディードはア・コルーニャ県の北東部に位置し、コマルカ・デ・オルトガルに属している。北はセデイラと、東はオルティゲイラアス・ソモーサスと、南はモエーチェと、西はバルドビーニョの各自治体と隣接している。[2]

地形は波打つ台地状で、タンブレ川が流れている南方に向けて緩やかに傾斜している。自治体内の最高地点は北部のペドラス・ネグラス山(462m)とベルディエイラス山(507m)。自治体内には多くの小川が流れ、それらが谷を形作っており、その景観がトラソの地形の特徴となっている。

セルディードの人口推移 1900-2010
出典:INE(スペイン国立統計局)1900年 - 1991年[3]、1996年 - [4]

歴史

セルディード教区の教会のそばのカストロで、1840年に黄金製の頸環が発見された。これはガリシアで発見されたのとは著しく異なっており、アイルランドで発見されたものに似ている。

6世紀、スエビ王国時代には、コンダード・デ・ラバセンゴスに含まれており、イリア・フラビア司教区に属していた

地名としてのセルディードは1152年11月3日にフェルナン・ペレスとその妻サンチャ・ゴンサーレスによって初めて、言及されている。それはサン・マルティーニョ・デ・セルディード教会の資産をサン・マルティーニョ・デ・シュビア修道院へ寄進するというものであった。

17世紀、サン・サドゥルニーニョ侯爵(セルディード子爵)がこの地の自治体のために判事を任命している。19世紀の県並びに自治体の再編では、自治体はセルディード教区とオス・カサス教区によって構成された。ア・バルゲイラ地区が教区として独立したのは、1869年のことである。それは、フェロル-ビベイロを結ぶ街道沿いにあるマラードス地区にメソン(宿屋)とサント・アントン礼拝堂があり、そのことにより、マラードス地区が重要な人口の核となったからである。ア・バラゲイラとはそのメソンの名称であった。

政治

2007年の自治体選挙の結果、自治体首長はガリシア国民党(PPdeG)のアナ・ロドリゲス・モンテーロ(Ana Rodríguez Montero)で、自治体評議員はガリシア国民党:5、ガリシア社会党(PSdeG-PSOE):2、ガリシア民族主義ブロック(BNG):2となっている。

教区

参考文献

外部リンク

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