ディアマンテ (競走馬)

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現役期間 1975年-1978年
欧字表記 Diamante
性別
ディアマンテ
現役期間 1975年-1978年
欧字表記 Diamante
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1973年4月18日
死没 1999年
トピオ
アテナ
母の父 パーソロン
生国 日本の旗 日本千葉県大栄町
(現・成田市
生産牧場 和田牧場
馬主 佐藤弘嘉
調教師 稲葉幸夫東京
競走成績
生涯成績 28戦6勝
獲得賞金 1億50万3200円
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ディアマンテDiamante1973年4月18日 - 1999年)は、日本競走馬繁殖牝馬1976年エリザベス女王杯の勝ち馬である。

ディアマンテは牝馬で好成績を残していた稲葉幸夫厩舎に入厩したが、同期には桜花賞オークスを制したテイタニヤがおり、ディアマンテはその影に隠れる存在であった。

3歳夏にデビューし、4戦目に初勝利、3月下旬に2勝目を挙げ、フラワーカップ(当時はオープン特別)などで善戦するも勝ちきれず、6月下旬の条件戦で3勝目を挙げた。

4歳秋は緒戦としてクイーンステークスに出走し、ニッショウダイヤ(オークス2着)の3着となった。その後条件戦を勝ち、前年までのビクトリアカップから改名して施行されたエリザベス女王杯に出走し、8番人気に支持された。1番人気は「三冠牝馬」への期待を賭けられた同厩のテイタニヤであった。レースは前日の雨の影響で「やや重」で行なわれ、本馬と同じくトピオを父に持つシービークイン(三冠馬・ミスターシービーの母)が逃げた後を追う展開でレースを進めたディアマンテは直線でニッショウダイヤを振り切り勝利した。テイタニヤは4着に敗れたが、稲葉師は「2頭で牝馬3冠」を達成することとなった。

その後は牡馬相手のレースが続き苦戦するが、5歳秋の福島記念で約1年ぶりの勝利を挙げた。これが最後の勝利となり、翌6歳春のオープン戦を最後に引退した。なおエリザベス女王杯も含め、勝利したレースは全て馬場コンディションが「やや重」「重」で本馬は所謂「道悪巧者」であった。

繁殖成績

引退後、ディアマンテは11頭の仔を産んでいるが、一番出世した馬でも900万条件で未勝利で終える馬が多くこれといった馬は残せなかった。子孫のカケノジンライがラベンダー賞を勝利するなどある程度の活躍は見せたが、現在は牝系子孫は残っていない。繁殖牝馬も引退した後は功労馬として北海道白老町イーハトーヴ・オーシァンファームにて余生を送っていたが、1999年に死亡した。同厩のテイタニヤが死亡した翌年のことであった。

生年馬名毛色厩舎馬主戦績・用途
1979アルカラモン鹿毛ラデイガ不明
→盛岡・櫻田新一郎
不明
→和田正輔
9戦0勝
繁殖牝馬
1980シベーレス鹿毛ラデイガ美浦・稲葉幸夫佐藤弘嘉未出走
繁殖牝馬
1981デアレストダンサー栗毛オフイスダンサー美浦・久保田彦之新井孝治16戦0勝
不明
1984ネイバーソウル黒鹿毛ウオロー美浦・和田正道和田正輔18戦4勝
不明
1985アップルプリンセス鹿毛ウオロー美浦・和田正道和田正輔13戦0勝
不明
1987ミヤギオーショウ芦毛クリスタルパレス美浦・中村広菅原光博未出走
不明
1989ナーダム芦毛ロングミツク美浦・佐々木亜良和田正輔1戦0勝
繁殖牝馬
1990ダブルサークル栗毛クリスタルパレス美浦・和田正道和田正輔5戦0勝
繁殖牝馬
1991リアルアプローズ鹿毛サンテステフ美浦・和田正道和田正輔3戦0勝
繁殖牝馬
1992アサクサポップス青鹿毛マークオブディスティンクション美浦・和田正道田原源一郎3戦0勝
不明
1993ラストダイヤモンド栗毛ジングウブレーブ美浦・和田正道和田正輔4戦0勝
不明

血統表

脚注

外部リンク

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