ナミアゲハ

アゲハチョウ属のチョウ From Wikipedia, the free encyclopedia

ナミアゲハ学名Papilio xuthus)は、アゲハチョウ属分類されるチョウの1日本では人家の周辺でよく見られる馴染み深いチョウである。

概要 ナミアゲハ, 保全状況評価 ...
ナミアゲハ
Papilio xuthus
Papilio xuthus
大阪府、8月)
保全状況評価
NOT EVALUATED (IUCN Red List)
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
: 昆虫綱 Insecta
: チョウ目(鱗翅目) Lepidoptera
: アゲハチョウ科 Papilionidae
: アゲハチョウ属 Papilio
亜属 : Papilio (Sinoprinceps)
: ナミアゲハ P. xuthus
学名
Papilio xuthus
Linnaeus, 1767
和名
ナミアゲハ(並揚羽)
英名
Asian SwallowtailChinese Yellow SwallowtailXuthus Swallowtail
亜種
  • Papilio xuthus koxingus
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飛翔の40倍高速度撮影

形態

成虫の前翅長は4 - 6cmほどで、に発生する個体(春型)はに発生する個体(夏型)よりも小さい。は黒地に黄白色の斑紋や線が多数入る。さらに後翅には水色や橙色の斑紋もあり、尾状突起の内側には橙色の円形の斑点がある。この橙色の斑点は目玉模様(眼状紋)としての役割をもち、鳥などによる攻撃を頭部から逸らす役割があると考えられている。

オスは交尾器を持つため先端がやや角ばっており、メスは産卵管を収めるために丸みを帯びているという違いはあるが、外見からはっきりとは判らない。ただしメスは産卵のためにミカン科植物に集まるので、それらの植物の周囲を飛び回っている個体はメスの確率が高い。また、オスの翅の脈には発香鱗が集まった黒い毛状の帯がある。これにはフェロモンを分泌してメスを誘引する役割がある。

幼虫は、成長過程で隠蔽擬態から攻撃擬態へと形態を転換させる。一齢幼虫から四齢幼虫までは頭部が黒く、胸部と腹部に所々白い所が混じるという鳥の糞のような見た目をしている。近縁種の幼虫に似るが、白いV字型の模様をもち、尾部は側面のみが白く、表面に凹凸があり光沢がないという特徴がある。五齢幼虫はいわゆる青虫で明るい緑色である[1]。胸部には眼状紋をもち、刺激を受けると頭部から黄色の臭角を出す。ここからテルペン類を主成分とする強烈な揮発性物質を放ち、アリなどの外敵を撃退する。

類似種

キアゲハ (Papilio hippocrates) の成虫はナミアゲハとよく似るが、ナミアゲハには翅の付け根から放射状に伸びる数本の黒い筋模様がはっきりと見られるのに対し、キアゲハの翅の付け根は黒く塗り潰されている。また、ナミアゲハは地色が白っぽく、コントラストの強い白黒模様に見えることが多いが、キアゲハはその名の通り黄色が強く、全体的に鮮やかな黄色みを帯びている。また、ナミアゲハの眼状紋には朱色または白色の円の中にまれに黒い点が入るという特徴があるが、キアゲハの眼状紋は全体が赤黒く、より円形に近い形をしている。幼虫は模様および食草がナミアゲハと大きく異なり見分けるのは容易である。

フィリピンルソン島北部の高山帯には、本種に極めて酷似したベンゲットアゲハ (Papilio benguetanus) が分布する。かつてはナミアゲハの亜種として扱われていたが、現在では独立種とする説が一般的である。ナミアゲハ属 (Papilio) の中でも、ナミアゲハとベンゲットアゲハの2種のみで Sinoprinceps 亜属を構成する。ナミアゲハに比べ、全体的に翅の黒い条紋が太く、後翅の尾状突起が太く短い点が特徴である。

生態

成虫の天敵は肉食性動物である鳥類、ハチ類、トンボ類、カマキリ類、クモ類など。幼虫の天敵は寄生蜂・寄生ハエ類、ハチ・カメムシ・オサムシなどの肉食性昆虫類、クモ類などがいる[2]。幼虫の天敵として寄生蜂の影響は大きく、チョウの卵・幼虫・蛹のいずれの段階でも寄生するものが知られており、成虫になれるものは極僅かであると言われている。

幼虫の食草はミカン科の樹木の葉である。卵は塊で産まず一つずつ産卵するタイプで、これらの樹木の葉の上に行われる。卵は直径1mmほどの球形をしている。最初は黄白色をしているが、中で発生が進むと黒ずんでくる。

孵化した一齢幼虫は黒褐色で体表に多くの突起があり、ケムシのような形をしている。孵化した幼虫は一休みした後に自分が入っていた卵の殻を食べ、その後に食草を食べ始める。二齢幼虫になると、毛が少なくなりイモムシ形となる。また、黒褐色の地に白色の帯模様が入る独特の体色に変化する。目立つ体色のようだが、これは鳥のに似せた保護色で、敵の目を欺いていると考えられる。以後四齢幼虫まではこの体色のままで成長する。なお、天敵に対抗するため、幼虫は頭部と胸部の間に悪臭を放つ黄色の臭角(肉角とも言う)をもち、刺激を受けると臭角を突き出す。幼虫期は五齢まであるタイプで五齢幼虫は今までの鳥の糞模様から緑色のイモムシへ変わり、胸部に黒と白の目玉模様ができ、小さな緑色のヘビのような風貌となる。五齢幼虫になると一気に成長し大きくなる。充分成長した五齢幼虫は蛹になるための場所を探して歩き回る(ワンダリング)。さらに蛹になるために、ガットパージと呼ばれる緑色で水分を含んだフンをする。これは、蛹になるために、体内の余計な水分や未消化の食物を排出するためである。適当な場所を見つけるとその面に糸の塊を吐き、向きを変えてそこに尾部をくっつける。そして頭部を反らせながら胸部を固定する糸の帯を吐き、体を固定し前蛹英語版となる。前蛹の状態で一昼夜過ごした後に脱皮してとなる。蛹の期間は通常一週間ほどであるが、越冬状態になると蛹の期間が数か月に亘って続く。

カミキリムシやチョウなどの植食性の昆虫にはしばしば見られることであるが、同種とされている中でも特定の食草を好む個体群がいることが知られている。ナミアゲハの場合は食草としてカラスザンショウを好む個体群、ミカンを好む個体群などがおり、雌成虫の産卵対象に差が出ること知られている[3][4]。雌成虫は産卵植物の判別として前脚先端を叩きつけるような行動をすることが知られているが、これによって脚の先端にある受容器で植物から発せられる化学物質の判別をしていることがわかっている[5][6]

地域にもよるが、成虫が見られるのは3 - 10月くらいまでで、その間に2 - 5回発生する。人家の周辺や草原農耕地伐採地など、日当たりの良い場所を速く羽ばたいてひらひらと飛び、さまざまなから吸蜜したり、水たまりや湿地海岸に飛来して吸水したりという姿が見かけられる。冬は越冬する。

分布

日本では北海道から南西諸島まで全国に分布し、日本以外にも台湾中国朝鮮半島沿海地方まで分布する。また、ハワイ諸島で帰化し、柑橘類の害虫ともなっている。ハワイでは唯一のアゲハチョウである。

名前

標準和名はやや揺れがあり、『日本産昆虫総目録 Ⅱ』(1989)[7]では「ナミアゲハ」を採用する一方、これを基にした『日本昆虫目録 第7巻鱗翅目』(2013)[8]では「アゲハ」を標準和名とし、「ナミアゲハ」と「アゲハチョウ」も有力な名称として併記する形としている。いずれの名前でもアゲハチョウ類の中でも普通種であるという意味での命名である。以下、本項では「ナミアゲハ」に統一する。

「アゲハ」などは少なくとも江戸時代には使われていた名前で、同時代の博物図鑑『大和本草』14巻には「鳳蝶」と書いて「アゲハ」という蝶が掲載されている。同書にはイラストは無いものの幼虫の形態の説明からして、本種か近縁種を指していたようである[9]。江戸時代後期の昆虫図鑑『千蟲譜』には2種類のイラスト入りで「アゲハ」として掲載されている。このイラストは一つは本種、もう一つはキアゲハのように描かれており、類似種がいることは既に知られていたことがうかがえる[10]。明治時代に西洋的な分類手法なども取り入れて発行された『日本昆虫学』内で黄色味が強い類似種には「キアゲハ」の名前が与えられて分離された[11]

漢字表記は江戸時代の博物図鑑『大和本草』では「鳳蝶[9]」、『千蟲譜』では「鳳車」としている[10]。大和本草によればチョウやガの幼虫はまとめて「虫偏に蜀」の「蠋(ぎむし)」と呼ばれており、特にアゲハ類の幼虫は「イモムシ」という呼び名が当時からあったようである[9]

チョウの中でも方言名は比較的多く知られている種類である。ナミアゲハ成虫を指すものとして、比較的広く用いられているのは「おこりちょお」・「おこれちょお」系で関東から九州まで広く見られる[12]。形態的な名前由来のものに「けんけん」・「けんけんちょお」(長野県)、「かみなりちょお」(西日本各地)「うまじゅちゅ」(宮崎県)などがある。「けんけん」は美しいという意味、「うまじゅちゅ」は大きい蝶という意味があるという。「かみなり」も恐らく色合いが由来とみられる。岩手県では「かじちょお」と呼び、長い尾状突起が舟の舵を思わせることからの命名とされる[12]。幼虫は「あまのじゃく」、「みそむし」、「ゆずぼう」などと呼ばれる。蛹は「おきくむし」、本種も含めアゲハ類の蛹に見られるこの名前は、怪談皿屋敷に出てくるお菊に由来し、蛹の糸の掛け方と背中を反らせる姿勢が木に縛り付けられたお菊を思わせるからとされている[12]。チョウ全般を指すものとしては「かかべ」・「てがら」系(東北に多い)、「ちょちょべこ」系(関東に多い)、「ちょっぱ」・「ちょこ」(西日本中心)、「はべる」・「はびる」系(南西諸島)などがあり、これらも適宜用いられる[12]

種名(種小名xuthusはギリシア神話に登場するクスートスに因み、初期のチョウ類の学名によくある神話由来の命名である。属名 Papilioもギリシア語で蝶を指す単語である。リンネが名付けた当時、鱗翅目昆虫の中でも蝶は全てPapilio属に入れらており、蛾もスズメガ類とそれ以外の2種類にしか分けられていない単純なものだったという[13]

人間との関わり

揚羽紋

農業害虫

ミカン科樹木はミカンやオレンジなどの柑橘類の果物、サンショウなどの香辛料など有用な農作物が多い。本種は幼虫がこれらの葉を食べるのでこれらを栽培する場合は害虫として扱われることがある。

種の保全状況

国際自然保護連合(IUCN)が作成するレッドリストでは、2025年現在絶滅の危険度に対する評価をまだ行っていない未評価(Not Evaluated, NE)とされている。日本の環境省が定める環境省レッドリストでも、2014年発表2020年最終改訂の第四次レッドリストには掲載されていない[14]。都道府県が作成するレッドリストでも2025年現在本種を掲載するところはない[15]

象徴

並揚羽を図案化した揚羽紋は、日本の家紋のうちでもポピュラーなもので、古くから日本人に親しまれたチョウであることが窺える。これは平氏一門でよく用いられるとされる。

飛鳥時代に、駿河国大生部多という人物が、等に発生するアゲハチョウの幼虫を、常世神として祀る信仰を広めた。日本最古の新興宗教といわれる[16]。橘は、常世に生える木として信仰されていたことに由来する。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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