ニック・ターリー
アメリカ合衆国のプロ野球選手
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ニコラス・カーライル・ターリー(英: Nikolas Carlyle "Nik" Turley、1989年9月11日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス郡ラ・カナダ・フリントリッジ出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。
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2024年5月 | |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
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| 出身地 | カリフォルニア州ロサンゼルス郡ラカナダ・フリントリッジ |
| 生年月日 | 1989年9月11日(36歳) |
| 身長 体重 |
193 cm 104 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2008年 MLBドラフト50巡目(全体1502位) |
| 初出場 |
MLB / 2017年6月11日 NPB / 2022年5月3日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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経歴
プロ入りとヤンキース傘下時代

2008年のMLBドラフト50巡目(全体1502位)でニューヨーク・ヤンキースから指名され、プロ入り[1]。契約後、ルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ヤンキースでプロデビュー[2]。
2009年もルーキー級ガルフ・コーストリーグでプレーした[2]。
2010年はガルフ・コーストリーグでプレーしていたが、7月1日からA-級スタテンアイランド・ヤンキースに昇格[2]。
2011年はA級チャールストン・リバードッグス、A+級タンパ・ヤンキースでプレー[2]。
2012年はA+級タンパでプレー。9月3日からAA級トレントン・サンダーでプレーした。11月20日に40人枠入りを果たした[3]。
2013年はAA級トレントンで開幕を迎えた。5月13日にAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースに昇格した。翌日再びAA級トレントンに降格した。AA級トレントンでは27試合(先発26試合)に登板して11勝8敗、防御率3.88、137奪三振を記録した。
2014年3月12日にAAA級スクラントン・ウィルクスバリへ異動したが、4月26日に自由契約となった。5月23日にヤンキースとマイナー契約で再契約した。この年はルーキー級ガルフコーストリーグ・ヤンキース1とAAA級スクラントン・ウィルクスバリでプレー。AAA級スクラントン・ウィルクスバリでは13試合(先発12試合)に登板して5勝3敗、防御率4.62、44奪三振を記録した。オフの11月7日にFAとなった[1]。
ジャイアンツ傘下時代
2014年12月6日にサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだ[4]。
2015年は傘下のA+級サンノゼ・ジャイアンツとAAA級サクラメント・リバーキャッツでプレーし、2球団合計で20試合に先発登板して8勝8敗、防御率4.39、88奪三振を記録した。オフの11月6日にFAとなった[1]。
レッドソックス傘下時代
2015年11月24日にシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結んだ[5]。2016年のスプリングトレーニング中の3月28日に自由契約となった[1]。4月3日にボストン・レッドソックスとマイナー契約を結んだ。傘下のAA級ポートランド・シードッグスでプレーし、20試合(先発2試合)に登板して1勝2敗、防御率4.29、48奪三振の成績を残したが、7月14日に自由契約となった[1]。
独立リーグ時代
2016年7月27日に独立リーグであるアトランティックリーグのサマセット・ペイトリオッツと契約。10試合(先発8試合)に登板して5勝1敗、防御率2.02、66奪三振を記録した。
ツインズ時代
2016年10月21日にミネソタ・ツインズとマイナー契約を結んだ[1]。
2017年は開幕を傘下のAA級チャタヌーガ・ルックアウツで迎え、AAA級ロチェスター・レッドウイングスを経て6月11日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[6]。同日のジャイアンツ戦でメジャーデビュー。この年メジャーでは10試合(先発3試合)に登板して0勝2敗、防御率11.21、13奪三振を記録した[1]。
パイレーツ時代
2017年11月5日にウェイバー公示を経てピッツバーグ・パイレーツへ移籍した[7]。
2018年1月29日、成長ホルモンの放出を刺激する性能向上物質であるイパモレリン(Ipamorelin)の陽性反応が出たため、開幕から80試合の出場停止となった[8]。この年はメジャー及びマイナーともに登板機会が無く、レギュラーシーズン終了後の10月4日に40人枠外となった[1]。
2019年も登板機会が無かった。
ホワイトソックス傘下時代
2021年1月14日に金銭トレードで、オークランド・アスレチックスへ移籍した[10]が、3月21日にウェイバー公示を経てホワイトソックスへ移籍した[11]。だが、3月30日にジェイク・ラムの加入に伴ってDFAとなり[12]、4月1日にマイナー契約となった[13]。
広島時代

(2022年3月15日 マツダスタジアム)
2021年11月9日に広島東洋カープと契約したことが発表された[14]。契約金10万ドル、年俸65万ドル[15]。背番号は68[16]。
2022年5月3日の読売ジャイアンツ戦で来日初登板し、1回を無失点に抑えた。7月にチーム内で新型コロナウイルス感染症が流行した際、自身も7月19日にPCR検査で陽性となり、無症状ではあったが出場選手登録を抹消された[17]。復帰後の8月以外は防御率が1点-2点台と安定した投球を続け、最終的にリリーフ投手として森浦大輔、松本竜也、栗林良吏に次ぐチーム4番目の45登板で2勝4敗14ホールド、防御率3.11を記録[18]。シーズン終了後の11月16日に再契約金20万ドル、年俸80万ドルプラス出来高払いで契約を更新した[18]。
2023年4月14日の東京ヤクルトスワローズ戦で8回表から登板し、無失点に抑えた直後に降雨コールドとなったため、来日初セーブを記録した。8月21日に腰痛を理由に出場登録を抹消され[19]、一軍登録のないままレギュラーシーズンを終えた。10月14日の横浜DeNAベイスターズとのクライマックスシリーズファーストテージ第1戦で復帰登板し、勝利投手となった[20]。最終的に、44登板で7勝1敗1セーブ22ホールド、防御率1.74を記録[21]したが、オフに自由契約となった[21]。
楽天時代
2023年12月27日、東北楽天ゴールデンイーグルスへの入団が発表された[22]。推定年俸は8000万円[23]。背番号は20[24]。
2024年1月23日に、リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボル(メキシカンリーグ)のモンクローバ・スティーラーズも公式Xでターリーの獲得を発表するという事態が起こったが[25]、楽天球団は「そのような事実はない」と否定しており[26]、その後モンクローバは当該ポストを削除している。
春季一軍キャンプに参加し[27]、シーズンは開幕を一軍で迎える[28]も、4月6日の対福岡ソフトバンクホークス戦では柳田悠岐に8回二死二塁の場面で逆転の2点本塁打を打たれる[29]など、3試合で3失点の不安定な投球が続き、4月12日にはNPB感染症特例により登録抹消される[30]。交流戦開幕直前の5月28日に再び一軍に昇格し[31]、負けている状況を中心に投げ、楽天の交流戦優勝に貢献した[32]。しかし交流戦終了後は6月23日の北海道日本ハムファイターズ戦で9回に登板し二死満塁のピンチを招く[33]など、再び不安定な投球も目立ち、7月16日の北海道日本ハムファイターズ戦ではフランミル・レイエスに7回に逆転の3点本塁打を打たれた[34]。7月20日の対オリックス・バファローズ戦には12回裏に8番手で登板し、11球連続ボールを含む3四球で一死満塁を招くも、中川圭太を併殺に仕留め移籍後初のセーブを挙げた[35]が、その2日後の7月22日に登録抹消[36]。9月12日には再昇格した[37]。最終的に登板数は広島時代から大きく減少し17試合で、0勝1敗2ホールド1セーブ、防御率2.93に終わった[38]。12月2日に楽天に残留することが発表された[39]。
2025年は春季一軍キャンプのメンバー入りした[40]。そのまま開幕一軍入りしたものの、2試合の登板で1.1回を1失点、防御率6.75という成績で、4月7日に出場選手登録を抹消された。以降は一軍登板がなく、7月31日にウェイバー公示申請の手続きが行われたことが発表された[41]。獲得を請求する球団はなく、8月7日付で自由契約選手公示された[42]。
投球スタイル
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2017 | MIN | 10 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | .000 | 89 | 17.2 | 30 | 5 | 8 | 1 | 2 | 13 | 2 | 0 | 22 | 22 | 11.21 | 2.15 |
| 2020 | PIT | 25 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 3 | .000 | 92 | 21.2 | 13 | 1 | 11 | 1 | 3 | 20 | 1 | 1 | 13 | 12 | 4.98 | 1.11 |
| 2022 | 広島 | 45 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 4 | 0 | 14 | .333 | 155 | 37.2 | 26 | 7 | 16 | 2 | 2 | 32 | 2 | 0 | 14 | 13 | 3.11 | 1.12 |
| 2023 | 44 | 0 | 0 | 0 | 0 | 7 | 1 | 1 | 22 | .875 | 174 | 41.1 | 39 | 1 | 15 | 2 | 2 | 42 | 2 | 0 | 10 | 8 | 1.74 | 1.31 | |
| 2024 | 楽天 | 17 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 2 | .000 | 72 | 15.1 | 15 | 2 | 12 | 0 | 1 | 13 | 0 | 0 | 5 | 5 | 2.93 | 1.76 |
| 2025 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 7 | 1.1 | 2 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 6.75 | 2.25 | |
| MLB:2年 | 35 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 1 | 2 | .000 | 181 | 39.1 | 43 | 6 | 19 | 2 | 5 | 33 | 3 | 1 | 35 | 34 | 7.78 | 1.58 | |
| NPB:4年 | 108 | 0 | 0 | 0 | 0 | 9 | 6 | 2 | 38 | .600 | 408 | 95.2 | 82 | 18 | 44 | 4 | 5 | 88 | 4 | 0 | 30 | 27 | 2.54 | 1.32 | |
- 2025年度シーズン終了時
年度別守備成績
- 2025年度シーズン終了時
記録
MLB
- 初記録
- 投手記録
- 初登板・初先発登板:2017年6月11日、対サンフランシスコ・ジャイアンツ(AT&Tパーク)、4回4失点で勝敗つかず
- 初奪三振:同上、1回裏にハンター・ペンスから空振り三振
- 初セーブ:2020年8月27日、対セントルイス・カージナルス(ブッシュ・スタジアム)、7回裏に3番手で救援登板・完了、1回無失点※2020年特例でダブルヘッダー時は7回制
- 初ホールド:2020年9月4日、対シンシナティ・レッズ(PNCパーク)、6回裏二死に4番手で救援登板、0回1/3を無失点
- 打撃記録
- 初打席:2017年6月11日、対サンフランシスコ・ジャイアンツ(AT&Tパーク)、2回表にマット・ケインから一ゴロ
NPB
- 初記録
- 初登板:2022年5月3日、対読売ジャイアンツ7回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回表に3番手で救援登板・完了、1回無失点
- 初ホールド:2022年5月6日、対横浜DeNAベイスターズ7回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回表に3番手で救援登板、1回無失点
- 初勝利:2022年6月26日、対横浜DeNAベイスターズ12回戦(横浜スタジアム)、11回裏に5番手で救援登板、1回無失点
- 初セーブ:2023年4月14日、対東京ヤクルトスワローズ4回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、8回表に3番手で救援登板・完了、1回無失点 ※8回降雨コールド
- その他の記録