フランミル・レイエス

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生年月日 (1995-07-07) 1995年7月7日(30歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
275 lb =約124.7 kg
フランミル・レイエス
Franmil Reyes
北海道日本ハムファイターズ #99
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 サン・クリストバル州
生年月日 (1995-07-07) 1995年7月7日(30歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
275 lb =約124.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手指名打者一塁手
プロ入り 2011年 アマチュアFA
初出場 MLB / 2018年5月14日
NPB / 2024年3月29日
年俸 3億円(2025年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

フランミル・フェデリコ・レイエスFranmil Federico Reyes1995年7月7日 - )は、ドミニカ共和国サン・クリストバル州出身のプロ野球選手外野手内野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。

愛称は「ラ・モーレLa Mole)」[2]

プロ入りとパドレス時代

サンディエゴ・パドレス時代
(2018年7月22日)

2011年サンディエゴ・パドレスと契約してプロ入り。

2012年は傘下のルーキー級ドミニカン・サマーリーグ・パドレスでプロデビュー。67試合に出場して打率.267、4本塁打、37打点、12盗塁を記録した。

2013年はルーキー級アリゾナリーグ・パドレスとA-級ユージーン・エメラルズ英語版でプレーし、2球団合計で57試合に出場して打率.292、4本塁打、34打点、5盗塁を記録した。

2014年はA級フォートウェイン・ティンキャップス英語版でプレーし、128試合に出場して打率.248、11本塁打、59打点、1盗塁を記録した。

2015年もA級フォートウェインでプレーし、123試合に出場して打率.255、8本塁打、62打点、10盗塁を記録した。

2016年はA+級レイクエルシノア・ストームでプレーし、130試合に出場して打率.278、16本塁打、83打点、2盗塁の成績を残した。

2017年はAA級サンアントニオ・ミッションズでプレーし、135試合に出場して打率.258、25本塁打、102打点、4盗塁を記録した。オフにはアリゾナ・フォールリーグに参加し、ピオリア・ハベリーナズ英語版に所属した。

2018年は開幕からAAA級エル・パソ・チワワズでプレーした。外野陣の相次ぐ故障により、5月14日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[3]。同日のコロラド・ロッキーズ戦にて「6番・右翼手」で先発出場してメジャーデビュー(この試合は4打数無安打)[4]。翌日に初安打、21日のワシントン・ナショナルズ戦で初本塁打を記録した。同31日にマイナーに戻った。7月10日に再昇格したが、代打出場のみで再降格した。8月初めに再昇格してからは出場機会も増え、成績も向上していった。8月30日のロッキーズ戦ではサヨナラ本塁打を放った[5]。最終的に87試合に出場して打率.280・16本塁打・31打点の成績を残した。オフに右膝の肉離れを治すために手術を受けた[6]

2019年は開幕をメジャーで迎え、正右翼手として起用された。前半戦だけで25本塁打を放った[7]

インディアンス・ガーディアンズ時代

クリーブランド・インディアンス時代
(2019年8月25日)

2019年7月30日に三角トレードの一角として、同僚のローガン・アレンビクター・ノバシンシナティ・レッズヤシエル・プイグらとともにクリーブランド・インディアンスへ移籍した[8]。移籍後は10本塁打を放ち、パドレス時代の27本塁打を含めて年間37本塁打を記録した。

クリーブランド・インディアンス時代
(2020年2月1日)

2021年は5月下旬から約1か月の離脱があったが[9]、30本塁打を記録した。

2022年8月6日にDFAとなった[10]

カブス時代

2022年8月8日にウェイバー公示を経てシカゴ・カブスへ移籍した[11]。オフの11月10日にFAとなった[12]

ロイヤルズ時代

2023年2月15日にカンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結んだ[13]。3月27日に開幕ロースターに選出された[14]。開幕後は19試合に出場したが、打率.186、2本塁打、7打点という成績に終わり、5月8日にDFAとなり、5月11日にFAとなった[12]。その後はワシントン・ナショナルズ傘下のAAA級ロチェスター・レッドウイングスでプレーしたが、同年8月に自由契約になった[15]。同年オフにはNPB横浜DeNAベイスターズが獲得調査を行うと報じられたが[15]、実際には入団しなかった。

日本ハム時代

2024年1月8日、北海道日本ハムファイターズへの入団が発表された[16]。単年契約で推定年俸1億円+出来高払い[17]。背番号は99[17]

3月29日、千葉ロッテマリーンズとの開幕戦に「6番・指名打者」として先発出場。4回、第2打席に小島和哉から三塁への内野安打で、来日初安打を記録。6回の第3打席に国吉佑樹から左中間スタンドに飛び込む来日1号ソロを記録。日本ハムの新外国人助っ人による開幕戦1号は1995年のロブ・デューシー以来29年ぶり4人目となった[18]。5月12日時点では26試合の出場で打率.211、2本塁打、3打点と打撃不振で、翌13日に出場選手登録を抹消[19]。6月15日に出場選手登録されると[20]、同月21日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)で7回二死満塁の打席で宋家豪から[21][22]、7月3日の対ロッテ戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)では3回二死満塁の打席で田中晴也からそれぞれ満塁本塁打を放った[注 1][23]。8月31日の埼玉西武ライオンズ戦で、同月2日の福岡ソフトバンクホークス戦から代打で出場して敬遠された6日の楽天戦を挟んで、2006年のセギノールを超える球団の外国人最長となる22試合連続安打を記録した[24]。9月4日のソフトバンク戦で18号先制2点本塁打を放ち、1951年の大下弘、2007年の森本稀哲の24試合連続安打を抜いて球団最長記録となる25試合連続安打を達成[25]。9月6日のオリックス・バファローズ戦で無安打となり連続試合安打は25で止まるも[26]、8月は23試合に出場して打率.403、8本塁打、23打点の活躍で8月度の大樹生命月間MVP賞を初受賞した[27]。9月11日の対西武戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)では2-2の同点で迎えた延長11回一死無走者の打席で甲斐野央から来日初のサヨナラ本塁打[28]、同月20日の対楽天戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)では3回一死一・二塁の打席で早川隆久から放った逆転3点本塁打を含む1試合2本塁打6打点を記録した[29]。シーズン終盤では4番に定着し、レギュラーシーズン103試合出場、打率.290、25本塁打、65打点の成績を収めた。オフには埼玉西武ライオンズなどが獲得調査を行っていると報じられたが、10月21日に正式に契約延長が発表された[30]。球団とは複数年契約を結び「ファイターズ以外の場所でプレーすることは考えられませんでした。日本に到着した日から、球団に関わるすべての方が温かく接してくれて、自分の家にいるような気分で毎日を過ごしてきました。私と家族も、新しい機会を与えてくれた球団に非常に感謝しています」とコメントした[31]

2025年は春先から好調。オープン戦で自身初本塁打[32]含む2本塁打、「3番・指名打者」で出場したシーズン開幕戦では自身二年連続となる本塁打を記録。4月に一時期不調になるも5月に復調し、月間7本塁打で自身最速の10号到達、[33]6月1日の千葉ロッテマリーンズ戦では右翼席へ11号サヨナラ本塁打を放ち全力疾走でホームイン、ヒーローインタビューで「エ〜グいホームラン!!す〜ごい!」と日本語で叫ぶシーンも見られた。[34]さらに6月15日の広島東洋カープ戦で9回2アウトからセンターへ同点となる2点適時打を放ちチームの7点差逆転サヨナラ勝利に貢献[35]、7月6日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦では藤井聖からバックスクリーンへ逆転満塁弾を放つ[36]など活躍を続け、オールスターゲームに初選出された。[37]シーズンの最終的な成績は打率.277、32本塁打、90打点で本塁打王打点王を獲得。ソフトバンクとのCSファイナルステージでは4発の本塁打を放つ[38]など勝負強さを見せたが、惜しくもチームは3勝4敗で敗退。11月10日、契約延長が正式に発表された。[39]

選手としての特徴・人物

広角に打ち分ける技術と選球眼の良さが光る長距離打者[40][41]。レイエスは自身の打撃スタイルを「引っ張るだけじゃなく、球場を広く使う。僕はパワーヒッターではなく、パワーがあるバッター。ホームランにこだわらず、状況に応じた打撃をいつも意識している」と語っている[42]

真面目で優しく陽気な性格の持ち主[43][44]。日本ハムの新庄剛志監督は「(レイエスは)ベンチの中でもリーダーっぽい。声出てるし。選手の名前も何十人と覚えてるし。勉強してる」と評している[45]。また、元チームメイトの加藤豪将は「(レイエスは)ダグアウトの中で結構、歌ったり踊ったり。ムードメーカーじゃないけど、野球を楽しんでいるっていう感じの選手」と語っている[46]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2018 SD 87285261367390161303100002400805.280.340.498.838
2019 993543214382902717246000429109312.255.314.536.849
CLE 51194173264110010813500031800633.237.304.468.772
'19計 1505484946912319037253810007471015615.249.310.512.822
2020 5924121127581009953400052401696.275.344.450.795
2021 1154664185710618230218854103433214913.254.324.522.846
2022 7028026324569099228200214011048.213.254.350.603
CHC 481931751941825681901011601534.234.301.389.689
'22計 118473438439717214160472103300215712.221.273.365.638
2023 KC 1965595110021770002400243.186.231.288.519
2024 日本ハム 1033683353997151251896500023140909.290.348.564.912
2025 132531476621321703224590000352501298.277.347.515.861
MLB:6年 54820781881237468734108873285620201724563554.249.310.464.775
NPB:2年 235899811101229321574341550005839021917.282.347.535.882
  • 2025年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

MLBポストシーズン打撃成績







|












































O
P
S
2020 CLE ALWC 2972000000000020050.000.222.000.222
出場:1回 2972000000000020050.000.222.000.222
  • 2025年度シーズン終了時

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2022 CHC 100000000----31.000000100000.000.00
MLB:1年 100000000----31.000000100000.000.00

年度別守備成績

外野守備


左翼(LF)右翼(RF)
























2018 SD -75107220.982
2019 -83160351.970
CLE -340001.000
'19計 -86164351.971
2020 10000-----
2021 -11142001.000
2022 250001.00012181001.000
CHC -120001.000
'22計 250001.00013201001.000
2023 KC 460001.00010000----
MLB 7110001.000186305871.978
内野守備


一塁(1B)












2024 日本ハム 3221011.000
2025 8538051.000
NPB 11759061.000
投手守備


投手(P)












2022 CHC 10000----
MLB 10000----
  • 2025年度シーズン終了時

タイトル

NPB

表彰

NPB

記録

MLB

初記録

打撃記録
投手記録

節目の記録

NPB

初記録
その他の記録

MLB/NPB通算

  • 150本塁打:2025年7月9日、対千葉ロッテマリーンズ12回戦(ZOZOマリンスタジアム)、1回表に石川柊太から右越満塁本塁打(MLB:108、NPB:42)


背番号

  • 32(2018年 - 2022年)
  • 99(2023年 - 同年5月8日、2024年[17] - )

脚注

関連項目

外部リンク

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