ネイサン・バーンズ

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本名 Nathan Joel Burns
愛称 バーンズィ[1] (Burnsy[2][3])
ラテン文字 Nathan Burns
ネイサン・バーンズ
AEKアテネ所属時
名前
本名 Nathan Joel Burns
愛称 バーンズィ[1] (Burnsy[2][3])
ラテン文字 Nathan Burns
基本情報
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
生年月日 (1988-05-07) 1988年5月7日(37歳)
出身地 ブレイニー
身長 173cm
体重 70kg
選手情報
ポジション FW (RWG) / MF
利き足 右足[1][3]
ユース
2003-2004 オーストラリアの旗 NSWスポーツ研究所
2005 オーストラリアの旗 パラマタ・イーグルス
2006 オーストラリアの旗 オーストラリア国立スポーツ研究所
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2008 オーストラリアの旗 アデレード・ユナイテッド 35 (9)
2008-2012 ギリシャの旗 AEKアテネ 26 (1)
2009-2010 ギリシャの旗 ケルキラ (loan) 31 (8)
2012-2014 大韓民国の旗 仁川ユナイテッド 3 (0)
2013-2014 オーストラリアの旗 ニューカッスル・ジェッツ (loan) 12 (2)
2014-2015 ニュージーランドの旗 ウェリントン・フェニックス 24 (13)
2015-2017 日本の旗 FC東京 26 (3)
2017 日本の旗 サンフレッチェ広島 0 (0)
2017-2019 ニュージーランドの旗 ウェリントン・フェニックス 25 (0)
2022- オーストラリアの旗 Bathurst '75 FC
通算 182 (36)
代表歴
2004-2005  オーストラリア U-17 6 (3)
2006-2008  オーストラリア U-20 11 (4)
2007-2008  オーストラリア U-23 12 (2)
2007-2016 オーストラリアの旗 オーストラリア 24 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。2021年4月10日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ネイサン・バーンズNathan Joel Burns, 1988年5月7日 - )は、オーストラリアニューサウスウェールズ州ブレイニー (Blayney) 出身[4]同国代表サッカー選手。登録ポジションはフォワード(FW)[5]

Kリーグ時代の登録名はバーンジュハングル: 번즈)[6]Jリーグ時代の登録名はネイサン・バーンズ[7]

6歳のときにサッカーを始める[1]。少年期の憧れはハリー・キューウェル[3]。ユース年代ではオーストラリア国立スポーツ研究所などに所属し、2005年にはU-17オーストラリア代表としてU-17世界選手権に出場した。2006年にAリーグアデレード・ユナイテッドFCでプロデビュー。2007年にはA代表に選出され、19歳にして国際Aマッチ出場を果たした。

2008年からはギリシャ・スーパーリーグAEKアテネFCへ移籍。UEFAヨーロッパリーグにも出場し充実した時間を過ごしたが、同国の経済危機により国外移籍を余儀なくされた[4]

2012年には韓国Kリーグ仁川ユナイテッドFCへ移籍[8]。スピード・技術に優れ、攻撃的ポジションの全てをこなせるアタッカーとして期待されたが[8]、負傷もあって振るわなかった。母国での出場機会を望み[9]、2013年にAリーグ・ニューカッスル・ジェッツFC期限付き移籍[10][9]

2014年に仁川との契約を打ち切り、Jリーグ移籍を模索したが[11]契約に至らず、同年夏からはウェリントン・フェニックスFCでプレー[12]。負傷によるスランプを克服し、鋭いドリブルを武器に[13]第8節のメルボルン・シティ戦ではクラブ史上初となる[14]Aリーグでのハットトリックを記録するなど[15]13得点を挙げた[13]。シーズン終了後には、選手間投票で2位以下に大差を付け、リーグ最優秀選手賞であるジョニー・ウォーレンメダルを受賞[16][5]。オーストラリア人としては2007-08のジョエル・グリフィス以来の受賞となった。また、2015年1月開催のAFCアジアカップにも出場し、オーストラリアの初優勝に貢献[5]

2015年7月、JリーグFC東京へ移籍[17][5]マッシモ・フィッカデンティ監督からは敏捷性と技術を評価され[18]2トップの一角として出場。同月25日の鹿島戦でJリーグ初得点、同年9月3日の2018 FIFAワールドカップ予選バングラデシュ戦で代表初得点を挙げた。同年末にはオーストラリア年間最優秀選手にノミネートされた[19]。クラブでは自身の突破力を活かしたカウンター[20]相手守備陣を警戒させ、攻撃を遅らせる働きで寄与[21]。好不調の波の大きさもあり[3]レギュラー定着は叶わなかった。2016年末にはUAE1部バニーヤースSCから高額オファーを受けたが、FC東京での先発奪取を望み、同クラブとの契約を更新した[22]

2017年シーズンは、元日本代表の大久保嘉人や昨年の得点王のピーター・ウタカの加入もあり、J1での出場機会が訪れず苦しいシーズンとなった[23]。同年6月23日にFC東京との契約が満了したことが発表された[24]。同年7月13日にサンフレッチェ広島へ移籍する事が発表された[25]

2018年より古巣であるウェリントン・フェニックスFCに完全移籍で復帰。

2年契約で4年ぶりに復帰したウェリントン・フェニックスではチーム2番目の高額な給与を与えられていたが、度重なる怪我やシーズン途中の監督交代もあり年俸に見合う活躍はできず次第に序列を落としていった。[26]

2019年5月、契約満了により退団が発表された。[27]

2022年5月、Bathurst '75 FC (Bathurst '75 FC) に加入されたことが発表された。[28]

エピソード

  • 郷土料理ではチキンパルミジャーナ (en) が好物[29]

所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

個人成績

代表歴

U-23オーストラリア代表でのバーンズ

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 24試合 3得点 (2007年 - 2016年)[32]
オーストラリア代表国際Aマッチ
出場得点
200710
200810
201020
201130
2015111
201662
通算243

ゴール

#開催年月日開催地対戦国勝敗試合概要
1.2015年9月3日オーストラリアパースバングラデシュの旗 バングラデシュ○5-02018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選
2.2016年3月24日オーストラリア、アデレードタジキスタンの旗 タジキスタン○7-0
3.

タイトル

クラブ

アデレード・ユナイテッドFC
  • Aリーグ プレシーズン・チャレンジカップ (en) :2回 (2007 , 2008)
AEKアテネFC

代表

オーストラリア代表

個人

脚注

関連項目

外部リンク

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