バック・マルティネス
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2014年 | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | カリフォルニア州レディング |
| 生年月日 | 1948年11月7日(76歳) |
| 身長 体重 |
5' 10" =約177.8 cm 190 lb =約86.2 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 1967年 ドラフト2巡目 |
| 初出場 | 1969年6月18日 |
| 最終出場 | 1986年10月3日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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選手歴 | |
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監督・コーチ歴 | |
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この表について
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バック・マルティネス(John Albert "Buck" Martinez , 1948年11月7日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州レディング出身の元プロ野球選手(捕手)、プロ野球監督。右投右打。
現在はRogers Sportsnetが中継するトロント・ブルージェイズの試合の実況アナウンサーを務めているとともにMLB network制作での解説も担当している。(こちらは主にワールドシリーズを含むポストシーズンが多い)
1967年、フィラデルフィア・フィリーズからドラフト2巡目で指名され契約。
1968年、ルール・ファイブ・ドラフトでヒューストン・アストロズから指名され、すぐにカンザスシティ・ロイヤルズにトレードされた。
1977年12月8日にマット・リトルとともに、アル・ルーボスキーとの2対1のトレードでセントルイス・カージナルスに移籍。同日、このトレード成立直後、今度はジョージ・フレイジアーとの交換トレードでミルウォーキー・ブルワーズに移籍した。
1980年にトロント・ブルージェイズに移籍。
1985年7月9日、キングドームで行われたシアトル・マリナーズ戦で、フィル・ブラッドリーとホームプレート上で衝突し足を骨折。翌1986年に引退した。引退後はラジオなどで解説者を務めた。
2001年にコーチやマイナーでの監督などを経験せずにブルージェイズの監督に就任し、80勝82敗で3位。しかし2002年は開幕から20勝33敗と大きく負け越し、シーズン途中で解任された。2006年のワールド・ベースボール・クラシックではアメリカ代表チームの監督を務めた。現役・監督時代を通じて背番号13を付けていたが、WBCではアレックス・ロドリゲスに13を譲り、自身は31を付けた。
2014年オフ、ブルージェイズが海外FA権を行使してメジャー移籍を目指していた阪神タイガースの鳥谷敬の獲得を狙っているとの報道を受けて、地元紙トロント・スターにて「日本の内野手は、外野手やピッチャーと同じ成功を収めていないようだ。ミドル・インフィルダー(二塁手、遊撃手)にとって適応は厳しく、大きなリスクかも知れない」と発言した[1]。鳥谷は結局、阪神に残留している。