シト・ガストン
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | テキサス州サンアントニオ |
| 生年月日 | 1944年3月17日(81歳) |
| 身長 体重 |
6' 3" =約190.5 cm 190 lb =約86.2 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 1964年 |
| 初出場 | 1967年9月14日 |
| 最終出場 | 1978年10月1日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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| 選出年 | 2002年 |
この表について
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クラレンス・エドウィン・ガストン(Clarence Edwin "Cito" Gaston, 1944年3月17日 - )は、アメリカ合衆国・テキサス州サンアントニオ出身の元プロ野球選手(外野手)、プロ野球監督。右投げ右打ち。
監督として1990年代にトロント・ブルージェイズを率い、ワールドシリーズ2連覇を果たした。
現役時代
テキサス州生まれで、父はトラックの運転手だった。ニックネームの『シト』は、名前の"Clarence"からガストン自身がつけたもので、幼い時に会ったメキシコ系のレスラーの名前が由来だという。
1964年に当時のミルウォーキー・ブレーブスに入団し、3年後の1967年にメジャーに昇格、9試合に出場したが、その後出場機会に恵まれず、1968年のサンディエゴ・パドレス創設の際、エクスパンション・ドラフトで移籍した。パドレス創設2年目の1970年に、ガストンは打率.318、93打点、29本塁打と活躍し、その年のオールスターゲームに選出された。しかしその後は打撃が振るわず、パドレスに6年在籍した後、1975年にブレーブスに復帰し1978年まで選手として試合に出場した。
監督時代
引退後、1982年からトロント・ブルージェイズのコーチに就任し、1989年シーズンからは監督に就任した。この年開幕から勝ち星の延びなかったブルージェイズを地区優勝に導くと、1992年と1993年にはアメリカンリーグを制し、ワールドシリーズでの2連覇を達成した。
1995年以降はチームの勝ち星が延びなくなり、ガストンは1997年を最後に一度監督を退くが、2000年に再びブルージェイズに復帰し2年間コーチをつとめた。1999年に背番号『43』がブルージェイズで「レベル・オブ・エクセレンス」として扱われ、2002年にはカナダ野球殿堂入りの表彰を受けている。