バヤコア
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アルゼンチンで1987年にデビュー。パレルモ大賞典の優勝を含む8戦3勝のあと、1988年にアメリカ合衆国へ移籍した。同年は1勝どまりだったが、1989年にはブリーダーズカップ・ディスタフを含むG1競走7勝を挙げ、1990年にはG1競走を4勝してブリーダーズカップ・ディスタフへ駒を進めた。3歳馬のゴーフォーワンドと一騎討ちになったが、最後の直線でゴーフォーワンドが故障発生し転倒するのを尻目に6馬身4分の3差で圧勝した。1991年は3戦0勝で引退。1989年と1990年にはエクリプス賞最優秀古馬牝馬を受賞した。
引退後はアメリカ合衆国で繁殖牝馬となったが4頭の産駒を残し1997年に蹄葉炎で死亡した。
1998年にはアメリカ競馬殿堂入りを果たした。競馬雑誌「ブラッド・ホース」による20世紀のアメリカ名馬100選では95位。