バランシーン
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経歴
1993年、ホワイトマズルなどを管理するイギリスのピーター・チャップルハイアム調教師の管理馬として、2歳9月にデビューし、初戦から2連勝したがその後休養に入る。この間に管理がドバイのヒラール・イブラヒムに移る。
翌1994年はプレップレース(前哨戦)を使わないままG1・1000ギニーに出走。7か月ぶりの実戦とあって低評価だったが、このレースより手綱を取ったランフランコ・デットーリを背に、勝ったラスメニーナスから短頭差の2着に入る。続いてオークスに出走し、ウインドインハーヘア(ディープインパクトの母)に2馬身半差をつけて勝利[2]。
さらに、牡馬相手のアイリッシュダービーに出走。並み居る強豪を相手に、ダービーステークス2着馬キングスシアターに4馬身半差を付けて圧勝するが、故障のためそのまま休養に入った。このレースで2着のキングスシアターがその年のキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスに優勝、5着のティッカネンがその年のブリーダーズカップ・ターフに優勝し、バランシーンの評価はさらに高まった。この活躍が評価されて、休養中の秋にカルティエ賞最優秀 3歳牝馬を受賞。また、この間にサイード・ビン・スルール厩舎に再移籍した。
古馬になってからは3つの競走に出走したが、凱旋門賞へのプレップレース・フォワ賞で僅差の2着となったものの、本番の凱旋門賞では優勝したラムタラから12馬身離された10着に敗れ、この競走を最後に競走馬を引退した。その後は繁殖牝馬となったが、自身を上回るような活躍馬は登場していない。
ドバイ・メイダン競馬場で行われるドバイワールドカップカーニバル中に行われる重賞競走に、本馬の名が冠された牝馬限定競走「バランシーンステークス」が2004年に創設されている。
競走成績
- 1993年 (2戦2勝)
- 1994年 (3戦2勝)
- エプソムオークス (G1) 、アイリッシュダービー (G1) 、1000ギニー (G1) 2着
- 1995年 (3戦0勝)
- フォワ賞 (G3) 2着
血統表
| Balanchineの血統(ストームバード系 / Native Dancer4×5=9.38% ) | (血統表の出典) | |||
父 Storm Bird 1978 鹿毛 カナダ |
父の父 Northern Dancer1961 鹿毛 カナダ |
Nearctic | Nearco | |
| Lady Angela | ||||
| Natalma | Native Dancer | |||
| Almahmoud | ||||
父の母 South Ocean1967 鹿毛 カナダ |
New Providence | Bull Page | ||
| Fair Colleen | ||||
| Shining sun | Chop Chop | |||
| Solar Display | ||||
母 Morning Devotion 1982 栗毛 アメリカ |
Affirmed 1975 栗毛 アメリカ |
Exclusive Native | Raise a Native | |
| Exclusive | ||||
| Won't Tell You | Crafty Admiral | |||
| Scarlet Ribbon | ||||
母の母 Morning Has Broken1974 栗毛 アメリカ |
Prince John | Princeqillo | ||
| Not Afraid | ||||
| A Wind is Rising | Francis S. | |||
| Queen Nasra F-No.4-k | ||||
- 従妹にフェニックスステークス、モイグレアスタッドステークスなどG1競走2勝のサーシャーアブー、半姉レッドスリッパーズの娘にディアヌ賞(フランスオークス)の優勝馬ウエストウインドがいる。
- そのほかの近親はアウィンドイズライジング#主なファミリーラインを参照。