1998年9月にデビューした。2歳時はマイル戦を2走したが未勝利で終わった。ヘンリー・セシル調教師はラムルマにマイルは短すぎると判断し、1999年は12ハロン路線へ的を絞ることとした。この路線変更は成功し、牡馬との混合戦を3馬身半差で快勝するとオークストライアルにも優勝。引き続きオークスを3馬身、アイリッシュオークスを7馬身と圧勝し、ヨークシャーオークスでもエラアシーナを退けて5連勝を挙げ、ユーザーフレンドリー以来史上3頭目となる英愛オークス・ヨークシャーオークスの3競走制覇を達成した。9月には更なる距離延長を試み、セントレジャーでムタファーウエクの2着と牡馬に混じって健闘している。
1999年は6戦5勝2着1回という成績で、カルティエ賞の最優秀3歳牝馬に選出された。
2000年は5月に始動したが、競走中に筋肉を損傷、春シーズンの予定は白紙となった。
約4ヶ月の療養の後、ラムルマはヨークシャーオークスで復帰した。このレースにはイギリスのオークス馬ラブディバインとアイルランドのオークス馬ペトルーシュカも参戦しており、3頭の優れた牝馬が顔を揃える "races of the season" として注目された。結果はペトルーシュカ、ラブディバインに続く3着であった。その後はブリーダーズカップへ向けて調整されていたが、確勝と思われたハーヴェストステークスで勝ちを逃すと、陣営は「彼女を以前の状態に戻すことができなかった」として引退を発表した。
繁殖牝馬のヨーロッパ史上最高落札額となる210万ギニーでクールモアスタッドに落札された。産駒には、2010年アイリッシュセントレジャー3着のフライングクロス(Flying Cross)などがいる。
- 1998年(2戦0勝)
- 1999年(6戦5勝)
- 2000年(3戦0勝)