ボスラシャム
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2歳
1995年8月にデビュー戦を勝つと、わずか1ヶ月後にはフィリーズマイルに優勝。キャリア1戦ながら英国2歳牝馬マイルの頂点に立った。
3歳
1996年は4月から始動。調教中に脚部不安を発症していたことが不安視されたが、終わってみれば6馬身差の圧勝であった。彼女は引き続き1000ギニーにも優勝したが、レース後に脚部不安が再発し、休養に入った。
4ヶ月の休養の後、ボスラシャムはクイーンエリザベス2世ステークスで復帰した。ここではマークオブエスティームやアシュカラニといった牡馬の強豪と対戦してマークオブエスティームの2着となり、初めての敗戦を経験した。
次走のチャンピオンステークスもホーリングやティマリダといった牡馬・古馬の強豪との対戦となったが、ここでは2着ホーリングに2馬身半の差をつけて優勝している。
この年のカルティエ賞最優秀3歳牝馬にはボスラシャムが選出された。
4歳
1997年は5月に始動。ブリガディアジェラードステークス1着、プリンスオブウェールズステークス1着と2連勝し、7月にはエクリプスステークスへ駒を進めた。ここでもボスラシャムは圧倒的な1番人気に支持されたが、徹底したマークにより進路を塞がれ、立て直す間もなくピルサドスキーとベニーザディップに続く3着での入線となった。
8月にはインターナショナルステークスに出走した。この年のインターナショナルステークスはボスラシャム以外の出走馬がシングスピール、デザートキング、ベニーザディップという非常に豪華な顔ぶれとなった。このレースでもボスラシャムは1番人気に支持されたが、競走中に落鉄して4頭立ての4着という結果に終わった。さらには落鉄の影響により持病である蹄の状態が悪化し、競走生活への復帰は絶望的として引退・繁殖入りが発表された。
引退後
2001年に産んだRosbergがプレミアズステークス(カナダG3)で優勝している。