バーガーキング
フロリダに本社を置くハンバーガーファーストフードレストランの多国籍チェーン
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バーガーキング・コーポレーション(英: Burger King Corporation、略称: BK)は、アメリカ合衆国のフロリダ州マイアミデイド郡に本社を置く、多国籍企業のハンバーガーファストフードチェーンである。
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2020年12月21日から使用されているロゴ | |
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種類 | 子会社 |
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| 業種 | 外食産業 |
| 事業分野 | ファストフード |
| 設立 |
インスタ・バーガーキング: 1953年7月23日 バーガーキング: 1954年 |
| 創業者 |
インスタ・バーガーキング: キース・G・クレイマー、マシュー・バーンズ バーガーキング: デビッド・エジャトン、ジェームズ・マクラモア |
| 本社 |
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拠点数 |
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事業地域 | 世界各地 |
主要人物 |
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| 製品 | |
| 売上高 | |
利益 |
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| 親会社 |
ピルズベリー(1967年-1989年) グランド・メトロポリタン(1989年-1997年) ディアジオ(1997年-2002年) TPG(2002年-2010年) 3Gキャピタル(2010年-2014年) レストラン・ブランズ・インターナショナル(2014年-) |
| ウェブサイト | bk.com |
| 脚注 / 出典 [1][2] | |
概要
1953年7月23日にフロリダ州ジャクソンビルでインスタ・バーガーキングとして創設された。インスタ・バーガーキングが経営困難に陥った後、デビッド・エジャトン(1927年-2018年)とジェームズ・マクラモア(1926年-1996年)のマイアミを拠点とする2人のフランチャイジーが1959年に同社を買収した[3]。その後の半世紀にわたり、同社は4度にわたりオーナー交代を経験し、3番目の所有者グループであるTPGキャピタル、ベインキャピタル、ゴールドマン・サックス・キャピタル・パートナーズが2002年に株式を公開した。2010年後半にはブラジルの3Gキャピタルが32億6000万ドルで買収し、経営再建を進めた。3Gキャピタルは後にバークシャー・ハサウェイと提携し、カナダのコーヒーチェーンティム・ホートンズと統合、カナダに本社を置く新たな親会社のレストラン・ブランズ・インターナショナルの傘下に入った。

バーガーキングのメニューは、ハンバーガー、フライドポテト、炭酸飲料、ミルクセーキといった基本的な品揃えから、より多様で幅広い商品群へと拡大している。1957年には「ワッパー」がメニューに加わり、現在では同社を代表する商品となっている。一方で、市場に定着しなかった商品も多く存在し、アメリカで失敗した一部のメニューが海外市場では成功を収めるケースもある。同社は地域の嗜好に合わせてメニューを調整している。2002年から2010年にかけて、バーガーキングは18歳から34歳の男性層をターゲットに、脂肪分やトランス脂肪酸を多く含む大型商品の販売を推進したが、この戦略は財務面の悪化や業績低下を招いた。2011年以降、同社は方針転換し、3Gキャピタルの経営再建計画の一環として、男性向け中心のメニュー構成を見直し[4]、新商品の導入、レシピ改革、パッケージデザイン変更などを進めた[5]。
2018年12月31日時点で、バーガーキングは100か国に17,796店舗を展開していた[6][7]。そのうち約半数はアメリカ国内にあり、99.7%の店舗はフランチャイズ契約によって民間経営されている[7]。2013年以降、同社はほぼ完全なフランチャイズモデルへ転換した。フランチャイズ契約の形態は地域ごとに異なり、マスターフランチャイズ方式を採用する地域もある。バーガーキングとそのフランチャイズ加盟店との関係は、時に対立を伴うこともあり、複数回にわたり訴訟に発展した例もある。特にオーストラリアのフランチャイズであるハングリー・ジャックスは、南オーストラリア州アデレードに同名の店舗が存在していたため商標上の問題が生じ、異なる名称で運営されている[8]。
歴史
バーガーキングの前身は1953年、フロリダ州ジャクソンビルで「インスタ・バーガーキング」として設立された[9]。創業者のキース・G・クラマーとその妻の叔父であるマシュー・バーンズは、カリフォルニア州サンバーナーディーノにあるマクドナルド兄弟の店舗を訪問した後、「インスタ・マシン」と呼ばれる2種類の調理装置の使用権を購入し、最初の店舗を開いた。彼らの生産モデルは、そのうちの1つである「インスタ・ブロイラー」と呼ばれるオーブンを中心に組み立てられていた。この戦略は大きな成功を収め、後にすべてのフランチャイズにこの装置の使用が義務付けられた[10][11]。
1959年に経営が行き詰まった後、フロリダ州マイアミのフランチャイズ経営者であったジェームズ・マクラモアとデビッド・R・エジャトンによって買収された。彼らは企業改革を進め、まず社名をバーガーキングに改めた。その後8年間にわたって独立企業として運営し、最終的には全米で250店舗以上に拡大したのち、1967年にピルズベリー・カンパニーへ売却された[10]:28。

ピルズベリーによる経営のもと、1970年代後半から1980年代初頭にかけてバーガーキングは複数回の再編を試みた。最大の変化は1978年、マクドナルドの幹部であったドナルド・N・スミスを迎えたときに起こった。スミスは「オペレーション・フェニックス」と呼ばれる計画[11]:118を策定し、企業全体の経営慣行を再構築した。この中には、改訂されたフランチャイズ契約[12]、メニューの拡張[11]:119[12]:66、標準化された店舗デザインの導入などが含まれていた。スミスは1980年、ペプシコに転職した[13]が、その直後に全社的な売上減退が発生した。
バーガーキングのレストラン事業担当副社長であったノーマン・E・ブリンカーは、ブランドの立て直しと最大の競合相手であるマクドナルドへの対抗強化を任された。彼の施策の1つは、主要な競合企業に対する一連の比較広告を展開する新しい広告キャンペーンであった。このキャンペーンは、バーガーキング、マクドナルド、その他の主要バーガーチェーンの間で「バーガー戦争」と呼ばれる競争時代を引き起こした[14]。ブリンカーは1984年にバーガーキングを退職し、ダラスを拠点とする高級バーガーチェーンのチリーズの経営に就いた[15]。
スミスとブリンカーの取り組みは当初は効果的だったが、両者の退任後、ピルズベリーは多くの改革を緩めるか、完全に撤廃し、新店舗建設も縮小した。これらの行動により企業の成長は停滞し、売上は再び減少、最終的にはバーガーキングおよびピルズベリーに深刻な財務不振をもたらした[16][17]。運営不全と経営陣の無能さは長年にわたり企業の足かせとなった[17][18]。
ピルズベリーは1989年、イギリスの娯楽のコングロマリットであるグランド・メトロポリタンに買収された。[19][20]。当初、グランド・メトロポリタンは新任CEOのバリー・ギボンズのもとでチェーンを黒字化しようと試みた。彼が2年間の在任中に行った改革は、成功した新商品の投入やウォルト・ディズニー・カンパニーとのタイアップなどの好結果があった一方で、イメージの問題や効果の薄い広告戦略が足を引っ張り、全体としては賛否両論だった[21]。さらにギボンズは、会社の資産を売却して利益を上げようとし、多くの従業員を解雇した[22][23][24]。
バーガーキングの本社は、1992年のハリケーン・アンドリューにより甚大な被害を受けた。
ギボンズ退任後、幾人ものCEOがメニューの刷新や新たな広告代理店の起用などによりブランド再建を試みた[25][26][27]。その後、1997年にグランド・メトロポリタンがギネスと合併し、持株会社のディアジオを設立した際にも、親会社によるブランドへの軽視は続いた[28]。結局、長期にわたる一連の所有者による組織的なブランド軽視により、会社は主要なフランチャイズを喪失し、企業価値も大幅に低下した[29]。ディアジオは最終的に赤字続きのこのチェーンを手放すことを決定し、2000年に売却を発表した[30][31]。
21世紀に入ると、バーガーキングはディアジオから独立し、2002年にTPGキャピタルが主導する投資会社グループにより15億米ドルで買収された[21][32]。新たな所有者たちは急速に企業の再生と再編を進め、2006年に株式公開(新規株式公開)を行い、これは非常な成功を収めた[3][33][34]。チェーン再建のための戦略には、新しい広告代理店と新キャンペーン[35][36][37]、改良されたメニュー戦略[38]、各店舗のリニューアル計画[39] 、「BKワッパー・バー」と呼ばれる新店舗コンセプト[40]、そして「20/20」と呼ばれる新デザインの導入などが含まれていた[40]。これらの改革は成果を上げ、複数の四半期で黒字を達成した[41]。しかし、新オーナーらの成功にもかかわらず、世界金融危機の影響でバーガーキングの業績は悪化し、一方で競合するマクドナルドは成長を続けた[41][42]。その結果、バーガーキングの企業価値は下落し、TPGおよびそのパートナーは最終的にブラジルの3Gキャピタルへ32億6千万米ドルで売却した[43][44]。金融会社のUBSおよびスティーフェル・ニコラスのアナリストは、3Gが業績回復のために大規模な投資を行う必要があると指摘した[44][45]。取引完了後、同社の株式はニューヨーク証券取引所から上場廃止され、4年間の公開企業としての歴史を終えた[46][47]。株式の上場廃止は、マクドナルドとの競争差を縮めるために株主への配慮を気にすることなく、経営基盤の立て直しに集中できるようにする狙いがあった[45]。アメリカ国内市場では、同チェーンは同一店舗売上高でオハイオ州拠点のウェンディーズに抜かれ3位に転落した。この下落は11四半期連続の売上減少が原因となっていた[48]。
2014年8月、3Gキャピタルはカナダのレストラン・コーヒーショップチェーンであるティム・ホートンズを買収し、ウォーレン・バフェット率いるバークシャー・ハサウェイの支援を受けてバーガーキングと合併する計画を発表した。合併後も両チェーンは別々の運営を維持し、バーガーキングはマイアミの本社を保持した[49]。ティム・ホートンズの代表者は、この合併によりバーガーキングの資源を活用して国際的成長を進められると述べた。両社は合併により、世界第3位のファストフードチェーンとなった[50][51]。この取引は「税制上の利益を得るために本社所在地を低税率国のタックス・ヘイヴンに移しつつ、実際の事業拠点は残す」というタックス・インバージョンの一例として物議を醸した。合併はアメリカの政治家からも強い批判を受け、これにより税収が海外に流出する懸念や、今後インバージョンへの規制強化が進む可能性が指摘された[51][52][53][54]。
2019年、バーガーキングは年間最大250店舗の業績不振店を閉鎖する計画を発表し、2020年から実施に移した[55]。
2021年2月、バーガーキングはロサンゼルス、マイアミ、ニューヨーク市、ニュージャージー州、ロングアイランドで「ロイヤル・パークス」と呼ばれる顧客ロイヤルティプログラムの試験運用を開始した[56]。
2022年のロシアのウクライナ侵攻後、多くの企業と同様に、バーガーキングもロシアでの事業停止を求める圧力に直面した[57][58][59][60]。同年3月、バーガーキングはウクライナ侵攻への対応として、ロシア市場での事業支援、マーケティング、サプライチェーン、投資および拡張などのすべての企業的支援を停止したと発表した。これは、ロシア国内でマスターフランチャイズ契約を通じて運営されている800超の店舗にもおよんだ[61][62]。しかし、国際調査報道ジャーナリスト連合は、バーガーキングがロシア国営のVTB銀行およびウクライナの元親ロシア派政権と関係のある投資会社とのオフショア合弁事業を通じて、ロシアのフランチャイズ権益を保持していたことを明らかにした[63]。
2023年10月、バーガーキング・アメリカ・カナダ部門社長のトム・カーティスが、カナダでの年次フランチャイズ会議で「ジズル」と呼ばれる新デザインを発表した。同社は、2020年の新型コロナウイルス感染症のパンデミック後の業績低迷に対処するため、既存店舗の内装と外装を刷新する改装計画を進めていた。この計画には、キオスクの増設、モバイル注文専用の受取エリア、DoorDash・Uber Eats・グラブハブといったデリバリープラットフォームの導入、ドライブスルーの改善が含まれていた。2023年までにアメリカ国内の複数の店舗が「ジズル」コンセプトで改装された[64]。また同時期、設備交換や技術アップグレードを行う「リフレッシュ」戦略にも投資しており、2023年末までに264店舗の改装を完了し、全店舗の46%が最新イメージに更新された[65]。
フランチャイズ

BKC(バーガーキングコーポレーション)が1959年にフランチャイズを始めたときに採用したのは、地域モデルだった。これは、フランチャイズ事業者に対して、一定の地理的範囲の地域単位で店舗を開く権利を売却するものだった。[11]:117[12]:64。このフランチャイズ契約では、個々のフランチャイズ事業者に対するBKC側の監督権が極めて弱く、製品の品質管理や、店舗のイメージや設計、それに業務の手順などで問題が発生しがちだった[11]:118[12]:64。
1970年代には、このバーガーキングのフランチャイズシステムの構造的欠陥が、ピルズベリーにとってさらなる問題となっていった。有名な事例としては、バーガーキングとルイジアナを拠点とするフランチャイズ事業者のチャート・ハウス(Chart House)との関係がある[12]:64。チャート・ハウスは、バーガーキングのフランチャイズグループとしては当時最大で、アメリカ国内に350以上の店舗を有していた。そのオーナーのウィリアム・トロッターとジェームズ・トロッターは、1970年代には数回にわたってバーガーキング本体の取得あるいは買収を試みており、その都度ピルズベリーの拒絶にあっていた[21]。
企業買収の試みが失敗した後、チャート・ハウスとバーガーキングの関係は悪化し、ついには裁判にまで発展した[21]。結局、チャート・ハウスは1980年代初頭に、バーガーキング事業を分社化してDiversiFoodsという持ち株会社に移し、これは1984年にピルズベリーによって買収・吸収された[66][67]。
1978年、ドナルド・N・スミスによる改革である「オペレーション・フェニックス」によって、このフランチャイズシステムにもメスが入れられた。以後のフランチャイズ契約では、新オーナーはその店舗から1時間以上離れた場所には住めないことになった。これによって、新規のオーナーはより小規模なグループか個人に限られ、大規模で複数の州にまたがるような企業がフランチャイズ契約を結ぶことはできなくなった。また、フランチャイズ事業者は他のチェーンとの掛け持ちも禁じられ、バーガーキングの資金をそちらに流用することができなくなった。この新方針によって、フランチャイズ事業者の規模は強力に制限され、チャート・ハウスのようにBKCに挑戦する大型フランチャイズ事業者の出現は阻止された[12]:64。
各国での事業展開
本社直営のフランチャイズ方式ではなく、各国毎に地元企業と業務提携を行う方式で、欧米を中心に多くのチェーン店を展開している。
2018年12月31日の時点で、バーガーキングは100か国で17,796店舗を展開している[6][7]。
オーストラリアでは出店する際に「バーガーキング」の商標が登録済であったため、「ハングリージャックス」(Hungry Jack's)の名称で展開した[68]。1990年代にバーガーキングは商標の譲渡を受け、名称変更しようとしたが、ハングリージャックス側は既に名称が普及しているとしてこれに反対した。契約違反および営業妨害としてバーガーキングを訴訟し、ハングリージャックス側が勝訴している[69]。
タイでは、マイナー・インターナショナルが事業を行っている。
日本における展開
日本におけるバーガーキングのフランチャイズ事業は、複数回にわたり転々として来た。
1993年、西武商事(現・西武プロパティーズ)がアメリカ・バーガーキング社とフランチャイズ契約を結び、独自のチェーンを展開したが、のちに提携を解消した。
1996年に日本たばこ産業(JT)が、米バーガーキング社の持株会社であるイギリス企業、グランド・メトロポリタン社と提携し、バーガーキングジャパンおよび共同出資会社であるJTグランドメット株式会社を設立した。さらに、レストラン森永から取得した森永LOVEの店舗を利用してバーガーキングの事業を展開した[70]。ところが、翌1997年にグランドメトロポリタンとギネスの合併に伴う方針変更によりJTグランメットは解散した。その後、2001年3月までJTとバーガーキング・コーポレーションの提携は続いた。その間に展開できた店舗数は当初の計画の4分の1である25店舗だった。
2007年、ロッテとリヴァンプが共同出資会社バーガーキング・ジャパンを設立。この会社は2010年にロッテリア (韓国法人)に買収された[71]。
2017年、日本国内での運営権を香港の投資会社アフィニティ・エクイティ・パートナーズに譲渡し、アフィニティ社は新たな日本法人「BKジャパンホールディングス」を設立した。既存の店舗は韓国ロッテリアが運営を続ける[72]。
2026年、アフィニティ・エクイティ・パートナーズはBKジャパンホールディングスの全株式をゴールドマン・サックスに売却した[73][74]。
展開する国や地域
- バーガーキングは、以下の国と地域で店舗を展開している。一部の国では、出店している地域でハラールとして扱われている。
アンドラ
アルゼンチン
オーストリア
オーストラリア(ハングリー・ジャックスの名で展開)
バングラデシュ
ボスニア・ヘルツェゴビナ
バハマ
バーレーン
ベラルーシ
ボリビア
ブラジル
ブルガリア
カナダ
コロンビア(2008年3月再出店)
チリ
チェコ
中華人民共和国
コスタリカ
キプロス
デンマーク
ドミニカ共和国
エクアドル
エジプト
エルサルバドル
フェロー諸島
フィンランド
フランス
ドイツ
ジブラルタル
グアテマラ
ガイアナ
ホンジュラス
香港
ハンガリー
インド
インドネシア
イラク[注 1]
アイルランド
イタリア
ジャマイカ
日本
ヨルダン
カザフスタン
クウェート
レバノン
マレーシア
マルタ
メキシコ
ネパール(2011年初頭にカトマンズに出店)
オランダ
アルバ
キュラソー
シント・マールテン
ニュージーランド
ニカラグア
ノルウェー
オマーン
パキスタン
パナマ
パラグアイ
ペルー
フィリピン
ポーランド
ポルトガル
ルーマニア
ロシア
カタール
韓国
サウジアラビア
シンガポール
スロバキア
スロベニア
南アフリカ共和国
スペイン
セントルシア
スウェーデン
スイス
台湾
タイ
トリニダード・トバゴ
トルコ
アラブ首長国連邦
イギリス
ケイマン諸島
アメリカ合衆国
グアム
プエルトリコ
ウルグアイ
ベネズエラ
ベトナム
過去に出店していた国や地域
メニュー
バーガーキングでは他のハンバーガーチェーンと異なり、パティを鉄板ではなく直火で焼き、肉汁を留めて余分な油だけを落とす「直火焼き」を採用している[77]
ワッパー

「ワッパー」(Whopper)と呼ばれる大型ハンバーガーは、バーガーキングの主力商品である。ケチャップはアメリカ・ハインツ社の製品を使用し、フライドポテトにもケチャップのミニパックが付属する。 「ワッパー」は下から順に、バンズの下半分、網焼きのミートパティ、ピクルス、ケチャップ、たまねぎ、トマト、レタス、マヨネーズ、バンズの上半分(ゴマ付き)、の順で構成される。サイズにして直径約13cm、高さが約5cm。
その他、スライスチーズをはさんだ「ワッパーチーズ」、ベーコンとチーズをはさんだ「ベーコンチーズワッパー」などがある。
その他サンド
- フィッシュバーガー
- ダブルベーコンチーズ
- シングルベーコンチーズ
- テリヤキレタスバーガー
- タルタルチキン
- テリヤキダブルチキン
- モンスターベイビーII
- シュプリームチーズバーガー
- ハッシュ&チーズ
- チーズバーガー
- ハンバーガー
HAVE IT YOUR WAY
バーガーキングの大きな特徴が「HAVE IT YOUR WAY」(お好み通りに)と呼ばれるハンバーガーの具材を増やしたり、減らしたりすることができるサービスである[78]。例えばワッパーを注文する際に、ビーフパティを3枚追加、ケチャップとピクルスを多めに、レタスを少なめに、オニオンは入れずに、といったオーダーの仕方ができる。裏メニューではなく、公式に宣伝しているサービスである。追加(アド)は有料であるが、レタス、ピクルス、オニオン、マヨネーズは1.5倍まで無料で増量できる[79]。
朝食メニュー
バーガーキングは多くの国で専用の朝食メニューを提供しており、クロワッサン、ビスケット、イングリッシュ・マフィンを使ったサンドイッチ(いくつかの国では「クロワッサンウィッチ」として販売)、ブリート形式の朝食商品、ホットケーキと卵を組み合わせたプレート、ハッシュドポテト風のサイドメニュー、フレンチトーストスティックなどが含まれる。また、コーヒーなどのホットドリンクも提供されている。提供内容や販売時間は国やフランチャイズによって異なり、一部の店舗では朝食時間帯にも定番のハンバーガーが販売される場合がある。さらに、同社は地域の嗜好や時間帯の販促に合わせて、期間限定の朝食商品やバリューバンドルを導入することもある。[80]
サイドメニュー
一般的なフレンチフライのほかに、フライドオニオンリングが主力のサイドメニューとなっている。セットで注文する際、ワッパー等のサンドメニュー+(ポテトorオニオン)+ドリンクが基本的なセットとなっている。ポテトかオニオンにはトマトケチャップを付けることができる。
そのほかの主なサイドメニューは以下のとおりとなる。
- BKチージーフライ
- コルビージャック・スナックサラダ with シーザー
- チキンナゲット



