パシフィカス

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欧字表記 Pacificus
性別
パシフィカス
欧字表記 Pacificus
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1981年5月29日
死没 1999年5月4日(18歳没)
Northern Dancer
Pacific Princess
母の父 Damascus
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産者 エドワード・P・テイラー
競走成績
生涯成績 11戦2勝
獲得賞金 不明
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パシフィカス (Pacificus) はイギリス競走馬。競走馬としては活躍できなかったが、繁殖牝馬として日本に輸入され、GI競走3勝を挙げたビワハヤヒデ、史上5頭目のクラシック三冠馬ナリタブライアンなどを産んだ。

ノーザンダンサー20世紀を代表する種牡馬である。同馬の項を参照。母パシフィックプリンセスG1競走デラウェアオークス優勝馬で近親には活躍馬多数、JRAGI3勝のファレノプシスに、日本ダービー優勝馬のキズナにあたる。

パシフィカスは、早田光一郎1989年12月イギリスニューマーケットで開かれたディセンバーセールで購入した繁殖牝馬である。ノーザンダンサー血統も悪くなく8歳と若かったが、パシフィカス自身および産駒の競走成績が芳しくなかったこと、セールの際に無名種牡馬シャルードの仔(のちのビワハヤヒデ)を受胎していたことから、3万1000ギニー(約520万円)の安値で購入された。

日本へ輸入後にビワハヤヒデ、ナリタブライアンと相次いで活躍馬を輩出[1]し、さらに輩出したビワタケヒデも兄2頭にはおよばなかったものの、ラジオたんぱ賞に勝つなどの活躍を見せた。そのほかの産駒に、ビワカレン、ビワビーナス、ビワタイテイ、スペリオルパール、ビワパシフィカスがいる。全く系統が異なる種牡馬でGIの実績を残していることからも、パシフィカスの繁殖能力の高さが窺える。また2014年にはスペリオルパール産駒のラストインパクト小倉大賞典を勝利し、孫世代からも重賞馬が出ている。

ナリタブライアンとその母パシフィカスの墓
パシフィカスと2番仔ナリタブライアンの墓(パノラマで角を挟んで撮影しているので位置関係に注意)

1999年5月4日、ビワパシフィカスを産んだ際に子宮破裂を起こして死亡し、土葬された。

墓は新冠町優駿メモリアルパークに建立されており、2番仔ナリタブライアンのすぐ近くで眠っている。

繁殖成績

※日本輸入後のみを記す

生年馬名戦績主な勝利競走出典
1990ビワハヤヒデシャルード16戦10勝

[2]

1991ナリタブライアンブライアンズタイム21戦12勝

[3]

1993ビワカレンフェアジャッジメント3戦0勝

[4]

1994ビワビーナストニービン25戦3勝

[5]

1995ビワタケヒデブライアンズタイム11戦3勝

[6]

1997ビワタイテイ13戦1勝

[7]

1998スペリオルパールティンバーカントリー不出走

[8]

1999ビワパシフィカスブライアンズタイム4戦0勝

[9]

血統表

脚注

外部リンク

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