マイク・ティンダル
From Wikipedia, the free encyclopedia
|
(2011年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| フルネーム | Michael James Tindall | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 生年月日 | 1978年10月18日(47歳) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 出身地 |
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 1.87 m (6 ft 2 in) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 102 kg (225 lb; 16 st 1 lb) [1] | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 学校 | クイーン・エリザベス・グラマー・スクール | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 配偶者 | ザラ・ティンダル | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ラグビーユニオンでの経歴 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
マイク・ティンダル(Mike Tindall、1978年10月18日 - )は、イングランドの元ラグビーユニオン選手であり、英国王室の一員(アン王女の娘の配偶者)である。2000年から2011年にかけてイングランド代表のセンターとして75キャップを獲得した。ラグビーの独立リーグ「R360」を、2026年に創設することを企画・主導している。
ウェストヨークシャーのオトリー生まれ。祖父は、ノース・ヨークシャーで105エーカー(約40ha)の農場を所有する地主。父親は、オトリーR.U.F.C.のキャプテンを務めた[2][3]。
ウェイクフィールドのクイーン・エリザベス・グラマー・スクールで教育を受けた[2]。
1997年、学校を卒業し、18歳でバース・ラグビーに入団[4]。
2000年、イングランド代表としてアイルランド代表戦に出場しトライを挙げ、代表デビューを果たした[4]。
ラグビーワールドカップ2003では、コンビだったインサイドセンターのウィル・グリーンウッドが13番を好んだため、背番号は12となった。決勝のオーストラリア代表戦にも出場し、イングランドが優勝した[5]。
2005年、グロスター・ラグビーへ3年契約、15万ポンドで移籍した[6]。
2007年、シックス・ネーションズ開幕戦のスコットランド代表戦で、再びイングランド代表で出場。同年4月、プレミアシップのニューカッスル・ファルコンズ戦で足を骨折し、ラグビーワールドカップ2007に出場できなかった[7]。
2008年2月2日、シックス・ネーションズのウェールズ代表戦で、イングランド代表のアウトサイドセンターとして先発出場。試合中、キックされそうなボールを阻止しようとしたことが原因で、大けがを負った[8][9]。
2010年12月21日、アン王女とマーク・フィリップスの娘、ザラ・フィリップスとの婚約を発表。二人の出会いは、ラグビーワールドカップ2003だった[10]。2011年7月30日に結婚式が行われ、王室を含む400人が出席した[11]。
2011年11月11日、ラグビーワールドカップ2011開催中のニュージーランドで、一般人に暴力行為を行い、イングランド代表チームから離脱。イングランドラグビー協会から2万5000ポンド(当時のレートで300万円相当)の罰金を科された[12][13][14]。
2012年5月、バーバリアンズのメンバーに選ばれた[15]。2013年にはバーバリアンズとしてブリティッシュ・アンド・アイリッシュ・ライオンズ戦にも出場した[16]。
2012年4月、グロスター・ラグビーから契約解除の発表を受ける[17]。しかし、同年6月、選手兼バックスコーチとして契約を結んだ[18][19]。2年後の2014年7月15日、プロラグビーからの引退を発表した[20]。
プロ引退後、アマチュアラグビークラブへ移り、ミンチンハンプトンRFC(Minchinhampton RFC)で選手とコーチを務める[21]。また、さまざまな事業のアンバサダーや[22][23][24]、チャリティ活動を行う[25][26][27][28]。
R360
2025年にマイク・ティンダルは、ラグビーの独立リーグ「R360」を2026年に創設することを企画・主導した。男子8チーム(初回は6チーム)と女子4チームが参加し、世界各地を「グランプリ」形式で移動開催する[29]。
2025年10月7日、15人制ラグビーユニオンのイングランド協会、アイルランド協会、スコットランド協会、フランス連盟、イタリア連盟、ニュージーランド協会、オーストラリア協会、南アフリカ協会の8協会は、これに反対する表明を行った[30][31][32]。
2025年10月15日、13人制ラグビーリーグのオーストラリア統括組織ナショナル・ラグビー・リーグ(NRL)は、R360に参加する選手に対し、NRL傘下の大会に10年間出場禁止処分を行うことを発表した[33][34]。