マドモアゼル モーツァルト (アルバム)
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リリース
時間
| 『マドモアゼル モーツァルト』 | ||||
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| 小室哲哉 の サウンドトラック | ||||
| リリース | ||||
| 録音 |
一口坂スタジオ 音響ハウス Sound Sky Studio Sound Valley Tokyufun Sound Somewhere Sound Alive Music Inn Tokyo | |||
| ジャンル |
テクノポップ クラシック音楽 ハウス | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | Epic/Sony Records | |||
| プロデュース |
小室哲哉 岩代太郎 | |||
| 小室哲哉 アルバム 年表 | ||||
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『マドモアゼル モーツァルト』は、小室哲哉が1991年にリリースしたミュージカル『マドモアゼル モーツァルト』のサウンドトラック。
- 音楽座からオファーが来るまでは、日本のミュージカルの現状は一般的な知識しか持ち合わせておらず、劇団四季以外にも興行として成立しているミュージカル劇団があったことにすら小室にとっては驚きだった。音楽座の「シャボン玉とんだ宇宙までとんだ」を見た小室が「裏を探る様な見方をするのを忘れる程響いた」と感動し、それがきっかけとなりオファーを受けた[1]。
- ただし、2026年版のインタビューでは「今となっては、どうやって引き受けたのかも分からない」「逆にこちら側からプレゼンしたのかもしれない」と語っている[2]。
- TMの「EXPO」のレコーディングが終了してから作業に入った。1週間で2時間の上映時間に対しての14~15曲ができた。ミュージカル向けの楽曲の本来の制作方法に合わせ、小室の曲が出来上がった後に脚本の筋を変えたり、舞台美術のイメージを決定していき、小室も既に作った曲をシーン毎に組み替えたり、アレンジし直したり、振り分け・流れに意見を出した。最後の楽曲のレコーディングが終わったのは舞台初日の2日前のことだった[3]。
- ただし、2026年版のインタビューでは「それ、覚えてない。そんなに早く書けるわけがない」「2ヶ月かかるのを1ヶ月にしたのが実際のところだと思う」と述懐している[2]。
- 台本を頭に入れつつも、見ない状態で1曲作った後、そこから広げる様に全ての楽曲を作り上げた[4]。アルバム収録用の楽曲とミュージカルのみに使用される楽曲を頭の中で切り替えながら制作した[1]。その後、舞台用の音源のレコーディングが終わった直後にスタジオ音源制作のために改めてアルバムのセットリストをミュージカルのみに使用された楽曲も含めて再構成され、編曲し直した後に新しくレコーディングが行われた。その最中は「メロディのモチーフが同じなだけで、叩き台・デモテープ・舞台用の音源・CD用の音源とその都度全くの新曲をレコーディングする」つもりで取り組んだ[3]。その作業を通して、小室は「僕は作曲家としてまだまだ良いメロディが書ける」と再確認したが[5]、V2のレコーディングと「Tour TMN EXPO」と並行していたため、ツアー先の秋田で過労で入院してしまった[3]。
- 本作の制作を通して、小室は「ミュージカルには、めくるめく場面や雰囲気がどんどん変わっていく曲作りができる感覚が必要。『ロック・バラードは巧いけど他のジャンルは作れない』とか『ビートもの以外は苦手』な人は無理だということを実感した。シングル制作はめくるめくシーンの中からワンシーンだけを取り出して、それを強烈にデフォルメすることに過ぎない」と語った[3]。
- 所々にヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのフレーズをサンプリングしている。
- ライナーノーツのSpecial thanks欄に「浅倉大介」の表記がある。
- 2026年7月、再び音楽座がミュージカルを開催するのに合わせて、アナログレコードとリマスターCDの限定セットが販売される。