ミャンマー軍の軍階級
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将校のキャリア形成
現在、国軍の入隊前教育・訓練としては国軍士官学校(DSA)と国防士官訓練学校(OTS)の二系統がある。
DSAは国軍の中核的な将校養成機関で、卒業生は少尉に任官する。現在の国軍幹部の大半がDSA出身者で、また、国軍の陸軍優位の性格を反映して、幹部の多くを陸軍出身者が占めている[1]。
OTSは、主として下士官や兵士からの選抜者を対象とする士官養成機関で、学歴や軍歴に応じた複数の入学経路が設けられ、士官(少尉以上)になる道が用意されているとされる。なお、2000年初頭にOTSは大卒者の募集を停止している[2]。一般に、OTS出身者が国軍幹部にまで出世するのは稀とされている[3]。
ネ・ウィン時代は、昇進人事を円滑に行うために将校(士官)の数は意図的に低く抑えられていたが、SLORC/SPDC時代には将校団の規模が拡大し、DSAの卒業生は1990年代初頭は100人台だったものが、1990年代後半には200人台となり、2000年代には2000人台と激増した[4]。ただ、2011年の民政移管後、「標準的な軍隊」の構想が示され、将校の数も削減されたとされる[5]。
国軍幹部の典型的なキャリア形成としては、DSA卒業後、まず軽歩兵師団(LID)や歩兵大隊などの部隊に少尉として配属される。
OTSの場合、高卒者は二等兵として入隊し、その後、通信教育課程を通じて大学教育を受ける。4~5年後には、大卒資格を持ち、かつ5年の軍務経験を有する軍曹となる。彼らはその時点で、OTS入学試験受験資格も取得する。ほかにも、7年以上の軍務経験があり軍曹に昇進していれば、OTS入学試験受験資格を取得できるとされている[2]。一方、初等または中等教育のみを修了した下士官は、10年以上の軍務経験を有する伍長でなければならず、規定の年齢範囲内にあり、かつ所属部隊長の推薦がなければ、OTS入学試験受験資格も取得することができないとされる。OTSを修了して任官された士官も、通常、陸軍に少尉として配属される[2]。
2007年に、35歳までに少佐、40歳までに中佐、45歳までに大佐に昇進できなかった者を早期退職させる制度が導入されたとされるが、2026年2月現在も実施されているかは不明である[6]。
将校に任官後、昇進を重ねて、地域軍管区(RMC)の司令官に就任すれば、国軍幹部への道が開けるとされる。とりわけ、民族武装勢力(EAOs)の活動が活発な地域のRMC司令官を務めた経験は、上級ポストへの登用において重要視されている。例えば、2026年2月現在国軍総司令官であるミンアウンフラインと大統領を務めたテインセインは、複数のEAOが活動するシャン州東部の三角地帯司令部司令官を務め、2026年2月現在国軍副司令官であるソーウィンは、カチン独立軍(KIA)が活動するカチン州の北部司令部司令官を務めている[1]。
かつては、人事面では忠誠心が重視されていたとされるが、2021年ミャンマークーデター後の内戦激化を受けて、実力主義へと転換し、戦場における実績にもとづいて有能な将校を要職へ登用していると伝えられる[7]。実際、クーデター以降、RMC司令官の人事は50回変更されており、そのうち23人の司令官が在任期間1年未満で交代している[8]。
その後、彼らは複数のRMC司令官を務め、参謀本部(G)や国軍系教育機関で軍事情報部長、陸軍参謀総長、DSA校長などを歴任して参謀、指揮、教育の経験を積んだ後、特殊作戦局 (BSO) 司令官に昇進するのが通例である。特にネピドー軍管区を統括するBSO‐6司令官の地位は最重要とされる。また、この過程でミャンマー・エコノミック・ホールディングス(MEHL)またはミャンマー経済公社(MEC)といった国軍系企業コングロマリットおよびその傘下の企業で役職に就き、経済利権を獲得するとされる[1]。
このようなキャリアを積んだ後、国軍総司令官、国軍副司令官、統合参謀総長などの国軍最高幹部への昇進の道が開かれるとされる[1]。
学歴
中佐以上の階級に昇進するためには大卒であることが義務付けられ、さらに、中隊長(少佐)の配偶者は高卒以上、大隊長(中佐)以上の配偶者は大卒以上の学歴でなければならないという不文律があるとされる[6]。
また、ごく少数の例外を除き、師団長(准将)およびそれ以上の階級の者は、国防大学(NDC)の修士号が必須とされている[6]。
民族・宗教
1990年代半ばまで民族・宗教による昇進差別はなかったとされるが、SLORC/SPDC時代の「国軍のビルマ化」の結果、現在では本人も配偶者もビルマ族の仏教徒でなければ昇進できないとされている。結果、国軍最高幹部の大半が、農村部出身のビルマ族仏教徒となっている[1][6]。
ただし、下士官には現在でも非ビルマ族が多数含まれていると伝えられる[9]。
