リーヴァイ・ミューエンバーグ
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中学時代までは多彩なスポーツをこなしていたが、高校以降はフリーランニング一本に重点を置いている。 現在彼はパルクールチーム「AMERICAN PARKOUR」に在籍中。
現在はアメリカで農家をしている[動画 2]。
SASUKEでの戦歴
大会ごとの戦歴
第20回大会
「サスケ」第2回アメリカ代表予選を1位で通過し初出場。1stでは自身の競技前まで奥山義行のみクリアしている状況下で、16.01秒の最速タイムで通過。2ndステージでは38.54秒のSASUKE2nd史上最速タイムを残し、100人中唯一の3rdステージ進出者となった。3rdでは新クリフハンガーの下り空白部分でリタイア。初出場で最優秀成績者となる[注 1]。競技後のインタビューでは「サスケではアメリカとか日本とか 国籍など全く関係ないと思う。なぜならサスケは人間の限界を追求する競技だから」と語った(ゼッケン1989)[動画 3]。
第21回大会
第21回はゼッケン99番で出場。ジャンピングスパイダー前で前方宙返り、そり立つ壁で後方宙返りなど、随所にパフォーマンスを入れた1stを21.51秒残しで最速突破。しかし2ndのサーモンラダーで段差の掛け違いが続き、最上段を掛け違えたと同時に落下(ゼッケン99)。
第22回大会
第22回の1stでも随所にパフォーマンスを入れていたが、新エリアのスライダージャンプで網を掴み損ね、初の1stリタイアを喫した(ゼッケン91)。
第23回大会
第23回では、アメリカで開かれた予選会で1位通過を果たし出場。1stでスライダージャンプを慎重に乗り越え、29.20秒残しの最速クリア。2ndもクリアし4大会ぶりに3rdへ進出。新クリフハンガー2本目で左手を置くスペースが足りず、突入直後に落下した(ゼッケン95)。インタビュー後、回転技を取り入れて池に飛び込んだ。
第25回大会
第25回は漆原裕治の完全制覇によりリニューアルが施された。スタート順を抽選で決めて挑んだ1stで、一度スタートエリアで失格になるが、通訳がルールを明確に伝えていなかったため、再挑戦を受ける。19.16秒残しで最速通過。2ndでは新設されたスライダードロップのバーが脱線し落下(ゼッケン48)。
第26回は予選を通過したものの、手首の怪我のため欠場。
大会別成績
| 大会 | ゼッケン | STAGE | 記録 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 第20回大会 | 1989 | 3rd | 新クリフハンガー | 1→2本目、最優秀成績 |
| 第21回大会 | 99 | 2nd | サーモンラダー | 6→7段目 |
| 第22回大会 | 91 | 1st | スライダージャンプ | ネットを掴めず |
| 第23回大会 | 95 | 3rd | 新クリフハンガー | 1→2本前 |
| 第25回大会 | 48 | 2nd | スライダードロップ | バーが脱線 |
通算成績
| 出場数 | 2nd進出 | 3rd進出 | FINAL進出 | 最優秀成績 |
|---|---|---|---|---|
| 5回 | 4回 | 2回 | 0回 | 1回 |
- 2021年 第39回大会終了時点
最速タイム
| 大会 | STAGE | 制限時間 | 残り時間 | クリア人数 |
|---|---|---|---|---|
| 第20回大会 | 1st | 120秒 | 16.01秒 | 3人 |
| 2nd | 90秒 | 38.54秒 | 1人 | |
| 第21回大会 | 1st | 120秒 | 21.51秒 | 9人 |
| 第23回大会 | 1st | 120秒 | 29.20秒 | 16人 |
| 2nd | 70秒 | 18.1秒 | 7人 | |
| 第25回大会 | 1st | 115秒 | 19.16秒 | 11人 |
テーマ曲
専用のBGMがテーマソングとして存在する。
| 曲名 | 出典 | 初使用回 |
|---|---|---|
| 戦場を渡る風 | マブラヴ オルタネイティヴ | 第20回 |