又地諒

From Wikipedia, the free encyclopedia

生誕 (1989-05-29) 1989年5月29日(36歳)
日本の旗 日本神奈川県
国籍 日本の旗 日本
職業 配管工
著名な実績 SASUKE第27回・第30回大会ファイナリスト(2011年秋、2014年)
またち りょう
又地 諒
生誕 (1989-05-29) 1989年5月29日(36歳)
日本の旗 日本神奈川県
国籍 日本の旗 日本
職業 配管工
著名な実績 SASUKE第27回・第30回大会ファイナリスト(2011年秋、2014年)
活動拠点 日本の旗 日本
身長 162 cm (5 ft 4 in)
テレビ番組SASUKE
肩書き SASUKE新世代
テンプレートを表示

又地 諒(またち りょう、1989年5月29日 - )は、日本の株式会社中村の配管工TBSSASUKE』の有力選手でSASUKE新世代の1人としても数えられる。SASUKE2011秋・2014ファイナリスト。

小学校5年生の時に偶々テレビで観た『SASUKE』に衝撃を受け、小学校の卒業文集に完全制覇の目標を書き表すほど夢に掲げていた。中学校では部活動に入らず、放課後に友人と『SASUKE』の動きを見様見真似で練習をするのが日課となり、あまりの熱中ぶりから、渾名が「SASUKE」になったこともあった。卒業後は、高校に進学せず親の勧めで塗装会社に就職。働き始めると友達と遊ぶことが楽しくなり、トレーニングを完全に辞めていた[1]

友人とお台場マッスルパーク(現在は閉園)に訪れ、実寸大のエリアをクリア出来なかった経験が、情熱が沸き上がる契機となり、ぶら下がり健康器を購入してトレーニングを再開。その矢先に開催された第20回記念大会の参加者募集に、ダメ元でメールを送ったところ、予選会招待の通知を受け参加も、敗退に終わった。

翌大会の開催に向けて行われた予選会「SASUKEトライアル2008夏」にも参加。3位通過で本戦初出場を遂げる。放送での紹介VTRでは、自宅の4畳半の部屋にセットを自作して練習を積む映像が出た[注 1]。本戦では、極度の緊張から1st STAGEでリタイア。これを機に、課題を重点的にトレーニングに勤しみ始めたという。

だが、第22・23回と連続で予選会敗退に終わり、第24回に関しては応募自体しなかった。第25・26回と連続出場を果たすも、またも1stでリタイア。この時期は周囲に「SASUKEを辞める」と伝えていた。

『SASUKE』から暫く離れていた頃、北海道千歳市に千歳マッスルパーク(現在は閉園)がオープンし、実力者が挙ってクリア出来てないことを聞きつけ、北海道まで赴いて挑戦したところ、当施設内で最初の成功者となったことで、再度出場を決意したという。

第27回の予選会を勝ち上がり、初めて1stをクリア。2nd・3rd STAGEもクリアし、4回目の出場でFINAL STAGE進出。当時は全競技を1日で収録していたため、経験の浅いステージを挑み続けた疲労から完全制覇には届かなかったが、もう少しの所まで登り詰めた満足感があったという。第28回大会前にはトレーニングに専念するため、中学卒業後以降勤めていた塗装工を退職した。

2013年12月肺気胸を患い緊急入院。第30回記念大会の数か月前までトレーニングできない期間が続いたが、急ピッチで仕上げて2度目のFINAL STAGE進出。同時に初の最優秀成績を収めた。

2022年5月27日、以前より大会開催時には神奈川から応援に駆け付けていた母親が55歳の若さで永眠。6月3日に自身のSNSを更新し、生前親交のあった関係者やSASUKEファンに感謝の意を述べた。

人物

  • 名前の由来は一文字でもよかったと思ったから[動画 1]
  • 長野は又地の競技中の動きを「昔の自分を見ているような感じ」と述べている[動画 2]
  • 24歳の時にTHE RAMPAGE from EXILE TRIBEのヴォーカリストオーディション・『EXILE Presents VOCAL BATTLE AUDITION 4 〜夢を持った若者達へ〜』を受けたことがある。エントリー時には既に『SASUKE』でFINAL STAGEに進出していた[動画 3]
  • SASUKE新世代の中では唯一の平成生まれである。

エピソード

第20回記念大会の予選会敗退以来、最低でも週に1回はマッスルパークに通うようになり、そこで同じ志を持つ年代を超えた仲間たちと切磋琢磨しあったことが、学生時代に部活に所属していなかった又地にとって、「部活」のように思えたという。

第31回では、前回の最優秀成績が評価され100番を着用した。SASUKE新世代メンバーで100番を着用した経験があるのは、又地と完全制覇者の漆原裕治のみである。

長野が第32回大会を以て引退した際、クリアボタンと出場者らの寄せ書きが記されたペナントを長野にプレゼントしたが、その計画を番組の関係者らを通さずに提案したのは又地であった[動画 2]。そのペナントは長野の自宅の玄関に飾られている。

第35回大会の1st STAGEで挑戦を控えていた日置将士が、その大会で新エリアとして登場したドラゴングライダーに不安を抱き、直前に又地の元へ攻略法を聞き、片手を進行方向とは反対向きに掴む技法を取り入れてクリアした[動画 4]

第40回記念大会でパーマをあて出場したが、収録日に川口朋広とトイレに向かった際、総合演出の乾雅人と遭遇し、乾から「何だその髪型は、何かダメだなぁ。何かやらかすな」と言われ、競技前には、フィッシュボーンでタイミングを伺っていた日置から「やらかさないといいなぁ」と漏らしていたが、結果的にはローリングヒルでリタイアの結末になってしまった。また、第1回大会からSASUKEに携わっている美術スタッフも「あのパーマヤバいと思う」と忠告していたという[動画 5]

SASUKEでの戦歴

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI