同大会開催前に行われた大規模予選会「SASUKEトライアル2008夏」で第3位の成績を収め初出場。1stステージの第7エリア・フライングシュートで、綱からネットへの移行に失敗しリタイア(ゼッケン46)。予選会通過組の中では最高成績を残した。
第22回では予選会の綱引きで勝利できず、敗者復活の800m走も、復活枠の上位10人以内に入れず予選敗退となった。第23回でも予選会の第1種目で勝ち上がれず予選敗退。第24回は応募をしなかった[1]。
第25回は予選会種目の懸垂で42回の最多記録を残して本選出場。復活エリアであるローリング丸太を同大会初の攻略に成功し、続く難関エリアを次々突破するも、1stで復活した第7エリアのサークルスライダーにて、ロイター板を踏み外し落水(ゼッケン6)。
第26回は1stローリングエスカルゴでリタイア(ゼッケン63、全カット)。
第27回は5.92秒残しで自身初の1stクリアを達成。続く2ndステージでは最終エリアのウォールリフティングで苦戦したものの、3枚目の壁を潜り抜ける形となり3.4秒を残してクリア。3rdステージでは、直前で橋本亘司がリタイアしたチェーンシーソーを突破し、そのまま第4期SASUKE初のFINALステージ進出を果たす。FINALステージのアルティメットロープクライムでは、ゴールまで残り1mのところでタイムアップとなり、完全制覇を逃した(ゼッケン62)。
第28回はトレーニングに専念するために塗装工を退職。前回ファイナリストの肩書きを引っ提げ、全面リニューアルされた1stを1.47秒残しでクリア。しかし2ndでは全体的にスローペースでの挑戦となり、SASUKE史上初の水泳エリア・バックストリームに苦戦を強いられたタイムロスの影響で、パッシングウォール1枚目を上げ切れず潰されながらのタイムアップ。自身初の2ndリタイアとなった(ゼッケン87)。
日本代表決定戦と銘打って行われた第29回はゼッケン98番での出場。1stを13.3秒残しでクリア[注 2]したものの、続く2ndでは競技直前インタビューで「泳ぎはやっていない」と語っていたが、そのバックストリームが強化され、先に進めずリタイア。
今大会出場前に肺気胸を患い緊急入院。回復したものの病み上がり状態での出場となった。今大会前に行われていたSASUKE ASEAN OPEN CAPの影響で、1stの最速タイム争いが過激化する中登場し、33.91秒残しの暫定最速タイムを叩き出した[注 3]。続く2ndでは、直近2大会に渡り苦戦を強いられたバックストリーム対策として、SASUKE本戦出場経験のある水泳指導員監修の下で泳力トレーニングを重ね、泳ぎ切ることに成功。前々回阻まれたウォールリフティングまでも攻略し、3.8秒残しで突破。クリア後には雄叫びを上げる姿も見られた。3年ぶりの3rdでは、初体験の難関エリアを次々クリアし、自身2度目のFINALステージ進出を果たした。FINALでは、最終競技者を務めるも綱登りで残り2m地点でタイムアップ。再び完全制覇には届かなかったが[2]、自身初の最優秀成績者となった(ゼッケン2994)。
前回の活躍により、ゼッケン100番での挑戦。挑戦前には「現役最強を見せつけたいと思います」と意気込んでの登場。1stでは各エリアで小休憩を挟むことなく非常にスムーズに突破。しかし、新エリア・タックルの影響で脚力を削られ、直後のそり立つ壁で30秒ほど休憩するも、その後何度も挑戦するが届かずタイムアップとなった。
完全制覇により全面リニューアルが施された1stを、各エリアを慎重にクリアするも、前回より重量が1.8倍となったタックルで、重りが連結する手前で手を離すという独自の押し方で挑むも、裏目に出て苦戦を強いられ、続くそり立つ壁でも1度失敗したことが響き、終盤エリアのターザンロープ挑戦中にタイムアップ(ゼッケン90)。
第33回は1stフィッシュボーンで進入タイミングを逸しリタイア(ゼッケン88、ダイジェスト)。
第34回は1stダブルペンダラムで、トランポリンで跳躍した高さに余裕があったものの、バーを掴み損ねて落水(ゼッケン94、ダイジェスト)。
第35回はゼッケン73番で登場。多くの参加者が苦戦したドラゴングライダーでは1本目のバーを順手と順手で持ってクリア[注 4]したが、最終エリアのそり立つ壁到達時に酸欠状態のまま挑んだことで足が動かず、壁を登ることができずタイムアップ。これで5大会連続1stリタイアと不振を脱することができず、親交の深い漆原裕治は又地のタイムアップ後に涙を見せた。挑戦を終えた後、又地は漆原らに対して、「楽だったんですけど、急いでいたのでほぼ無酸素だったんですよ」と語った。
第36回では婚約と妻の妊娠を公表。「いいところを見せたい」と挑んだ大会で、1stを4年ぶりにクリア。2ndでは苦手と思われていたバックストリームをスムーズに攻略しそのままクリア。6大会ぶりに進出した3rdでは、ウルトラクレイジークリフハンガーの2回目の飛び移りで左手が外れたものの右手一本で耐える離れ業を見せた。続くバーティカルリミットの移行も初見で30cmと60cmの段差移行を突破したが、直後に限界を迎え何度も雄叫びを上げながら移動するも、3本目終盤で落下(ゼッケン92)。自身初の3rdリタイアとなった。挑戦後のインタビューでは「4年間ずっと結果が出なくて、もう(出場を)やめた方が良いんじゃないかと思うこともありました。出たくても出られない人もいますし」とスランプ時の葛藤を吐露しつつも、久々の完全燃焼から「やっぱり悔しいですけど、納得いく結果にはなったと思います」と語っていた。
第37回では、前回同様1stステージ前半をハイペースでクリアするも、マイナーチェンジされたフィッシュボーンで進入のタイミングを誤り、3歩目部分の足場を踏み外して落下(ゼッケン91)。
第38回では、前回リタイアしたフィッシュボーンを危なげなく突破し1stをクリア。2ndでは、肩の怪我の影響[注 5]でサーモンラダー上りの段差を上げられず、粘ったものの落水した(ゼッケン71)。
第39回では降雨の影響で1stの難易度が上昇し、ドラゴングライダーでは1本目のバーを順順で掴んだ後に、左手を逆手に持ち替えてクリアする手法を見せた。濡れたそり立つ壁を突破し、2.33秒残しで2大会連続の1stクリア[動画 6]。競技中には日置が店長を務めるキタガワ電気のタオルを腰に巻き付けて挑み、タックルに挑む前はそのタオルで手を拭っていた。2ndも無難に突破し、得意の3rdに3大会ぶりに到達するも、新第3エリアのスイングエッジの1回目の飛び移り動作の直前に、後方の休憩足場に足が当たりバランスが崩れ落下(ゼッケン89)[動画 7]。リタイア後のインタビューでは、出場から遠のいた嘗てのSASUKE新世代メンバーの名前も挙げた上で、「僕ら(SASUKE新世代)のやる気のあるうちは、チャンスを頂きたいです」と零し涙を見せた(リタイアインタビューはParaviオリジナル版で公開)。
今大会はケイン・コスギの21年ぶりの大会出場にあたり、2022年4月下旬ごろに総合演出の乾からかつて幼少期にケインに非常に憧れていたことを知っていた又地が、ケインの練習のコーチに任命された[動画 8]。翌月に実母が55歳の若さで亡くなるという悲しい出来事もあり、一時はコーチに任命されたものの、同年のSASUKEに出場することが良いのかどうかを迷っていた。しかし、SASUKE仲間たちの応援や、ケインの励ましなどもあり、徐々に元気を取り戻していき、夏頃には毎日のようにケインと練習を積む日々になった。当日はケインが無事に1stステージをクリアし、涙を見せた。ケインと共に1stクリアすると意気込んで自分の番を迎えるが、1st第1エリアのクワッドステップスでバランスを崩し、第2エリアローリングヒルへの移行時にローラーを大きく回転させてしまう。結果回転に抗えずクワッドステップスに一度戻ろうとするがバランスを崩して落水(ゼッケン3994)。わずか8秒という、自身最速のリタイアを喫した。なお、又地はローリングヒルに移行した際にローラーの横の板に手をついたが、この時点で失格の判定が下されていた[動画 9]。挑戦を終えた後、ケインが又地に歩み寄り、「僕のことをずっと見ていたからですよね、本当にすみません」と声をかけていた。また、本人も「ケインさんがクリアした時点で感動して泣いてしまって、気持ちが切れてしまっていて、自分の競技に集中できなかった」とリタイアの理由を語っている。
第41回は、同大会では出場する予定だったが直前の怪我で出場を断念したケインの思いも背負い、1stを11.33秒残しで警告音を鳴らさずにクリア。前回の雪辱を果たす。クリア後のインタビューでは、「ケインさんが僕の心の支えになってくださって、前の大会が終わってから今日まですごく僕の心の支えになってくださいました」と語った後、涙ながらにケインと抱擁を交わした。2ndではスタートエリアのローリングログの挑戦時に痛めていた首のヘルニアが再発。痛みを堪えながらサーモンラダーに望むが、痛みをあまり感じないうちに進もうとした事が焦りに繋がったのか、上りで2度の掛け違えの末、3→4段目の移行時に落下(ゼッケン90)。第38回大会以来の2ndリタイアとなった。
第42回は、前回怪我により出場が叶わなかったケインと共に出場。そり立つ壁で右手のみ頂上にかかるなど危ないシーンもあったが、1stを10.75残しで2大会連続のクリア。2ndは又地の挑戦前に降り出した雨が強まったが、1stリタイアとなったケインの想いも背負い挑戦したが、ローリングログで滑り落ち、2大会連続の2ndリタイアとなった。リタイア後に「今回はいろんなところで、もってない男でした。」と語った。[3]
通算20回目の出場となった第43回は、大会前の8月に第1子を授かり、父となって初めての出場。1stは第37回大会以来の夜間の収録で降雨の中、前半の新エリアは問題なく進んでいったが、過去一度もリタイア経験のなかったドラゴングライダーの1本目で不安定な体勢になり、2本目の飛び移りに失敗し落水(ゼッケン76)。
| 大会 |
ゼッケン |
STAGE |
記録 |
備考 |
| 第21回大会 |
46 |
1st |
フライングシュート |
網への移行失敗 |
| 第25回大会 |
6 |
サークルスライダー |
踏切失敗 |
| 第26回大会 |
63 |
ローリングエスカルゴ |
全カット |
| 第27回大会 |
62 |
FINAL |
アルティメットロープクライム |
残り約2m |
| 第28回大会 |
87 |
2nd |
パッシングウォール |
1枚目、タイムアップ |
| 第29回大会 |
98 |
バックストリーム |
タイムアップ |
| 第30回大会 |
2994 |
FINAL |
綱登り |
残り約1m、最優秀成績 |
| 第31回大会 |
100 |
1st |
そり立つ壁 |
タイムアップ |
| 第32回大会 |
90 |
ターザンロープ |
| 第33回大会 |
88 |
フィッシュボーン |
1→2本目 |
| 第34回大会 |
94 |
ダブルペンダラム |
バーを掴めず |
| 第35回大会 |
73 |
そり立つ壁 |
タイムアップ |
| 第36回大会 |
92 |
3rd |
バーティカルリミット改 |
3本目終盤 |
| 第37回大会 |
91 |
1st |
フィッシュボーン改 |
2→3本目 |
| 第38回大会 |
71 |
2nd |
サーモンラダー上り |
4→5段目 |
| 第39回大会 |
89 |
3rd |
スイングエッジ |
1→2個目 |
| 第40回大会 |
3994 |
1st |
ローリングヒル |
クワッドステップスからの移行失敗 |
| 第41回大会 |
90 |
2nd |
サーモンラダー上り |
3→4段目、バーが脱線 |
| 第42回大会 |
70 |
ローリングログ |
終盤 |
| 第43回大会 |
76 |
1st |
ドラゴングライダー |
1→2本目 |
| 出場数 |
2nd進出 |
3rd進出 |
Final進出 |
完全制覇 |
最優秀成績 |
| 20回 |
9回 |
4回 |
2回 |
0回 |
1回 |