レアンドロ・モンテーラ・ダ・シルバ

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本名 レアンドロ・モンテーラ・ダ・シルバ
Leandro Montera da Silva
愛称 モンちゃん
ラテン文字 Leandro
レアンドロ
名前
本名 レアンドロ・モンテーラ・ダ・シルバ
Leandro Montera da Silva
愛称 モンちゃん
ラテン文字 Leandro
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1985-02-12) 1985年2月12日(40歳)
出身地 サンパウロ市
身長 176cm
体重 70kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
ユース
1993-1999 ブラジルの旗 コリンチャンス
2000-2004 ブラジルの旗 ナシオナル-SP
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005 ブラジルの旗 サンパウロ 0 (0)
2005 日本の旗 大宮アルディージャ 7 (1)
2006 日本の旗 モンテディオ山形 40 (23)
2007-2008 日本の旗 ヴィッセル神戸 57 (22)
2009 日本の旗 ガンバ大阪 21 (11)
2009-2014 カタールの旗 アル・サッド 29 (23)
2012 カタールの旗 アル・ラーヤン 4 (4)
2012-2013 日本の旗 ガンバ大阪 34 (27)
2014-2015 日本の旗 柏レイソル 53 (16)
2015-2018 日本の旗 ヴィッセル神戸 46 (23)
2018-2020 日本の旗 東京ヴェルディ 34 (8)
通算 314 (158)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

レアンドロ・モンテーラ・ダ・シルバ(Leandro Montera da Silva, 1985年2月12日 - )はブラジルサンパウロ州サンパウロ市出身の元プロサッカー選手。なお現役時代のポジションは、フォワード(FW)

ブラジル時代

ブラジル出身。趣味はテレビゲーム。祖父であるミルトンはブラジルで活躍したプロサッカー選手であった。ポジションはレアンドロと同じフォワードで、サンパウロFCやECジュベントゥージなどに所属していた[1]

地元サンパウロ州所在のサッカークラブであるコリンチャンスの下部組織でサッカーで始め、2000年に同じサンパウロ州のへと移籍した。2005年にはサンパウロFC期限付き移籍するがトップチームでは出場機会に恵まれず、U-20(ユース)チームでプレーしていた。

Jリーグ時代

2005年9月、ナシオナルACからJ1大宮アルディージャ期限付き移籍で加入。J1リーグ戦7試合に出場し1得点を挙げた。翌2006年はJ2モンテディオ山形に期限付き移籍で加入[2]。J2リーグ戦40試合に出場し、得点ランク3位となる23得点を挙げたが、次年度の契約交渉がまとまらず、シーズン終了後契約満了に伴い退団した[3]

2007年、J1ヴィッセル神戸へ期限付き移籍で加入。FW大久保嘉人と2トップを形成し、J1リーグ戦32試合に出場して15得点を挙げた他、スーパーサッカーのアシストランキングで8位 (アシスト数8) を挙げた[4]。翌2008年はナシオナルACから神戸に完全移籍。第2節川崎戦で自身初のハットトリックを達成するなど開幕から好調を維持していたが[5]、翌3節の磐田戦で加賀健一からタックルを受けた際に鎖骨骨折、全治2ヶ月と診断され離脱を余儀なくされる[6]。同年5月10日の第12節名古屋戦で復帰したが[7]、復帰以降は調子が上がらず同年度は25試合出場7得点の成績でシーズンを終えた。

2009年、J1ガンバ大阪に完全移籍した[8][9]。シーズン開幕後のリーグ戦とACLにおいてはスピードと足元の技術の高さ[10] を生かし、クラブ新記録となる公式戦9試合連続ゴールの記録。J1リーグ戦でも、クラブ記録に並ぶ6試合連続ゴールを記録した[11]。しかし5月16日の第12節・浦和レッズ戦で前半39分に左太もも裏を痛め負傷退場、検査の結果左ハムストリング肉離れと診断され[12]、長期離脱となった。

カタールリーグ移籍

2009年8月、ガンバ大阪からカタールリーグアル・サッドに完全移籍した[13][14]。アル・サッドからガンバ大阪に支払われた違約金は7億5000万円とされる[15]。この年のAFCチャンピオンズリーグ2009においてガンバ大阪はすでにラウンド・オブ・16で敗退していたものの、レアンドロはそれまでに挙げた10ゴールによりこの年の大会得点王となった[16][17]

2009-10シーズンのカタール・リーグでは得点ランキング2位となる20ゴールを記録した[18]。翌シーズン以降は新たにアル・サッドに加入したアブドゥル・カデル・ケイタママドゥ・ニアンにポジションを奪われて出場機会が激減。2012年1月にアル・サッドとの契約を2014年まで延長した後、同年2月より6ヶ月間の期限付き移籍でアル・ラーヤンSCに移籍した[17]。同年6月、ガンバ大阪への3年ぶりとなる期限付き移籍が発表された[19][20]

背番号はラフィーニャの移籍で空き番号となっていた「9」に決まる。7月25日のナビスコカップ柏レイソル戦でガンバの選手として2009年8月23日以来2年11か月ぶりにJリーグのピッチに立った。8月4日の大宮アルディージャ戦、PKでJ復帰後初得点を記録。8月25日のコンサドーレ札幌戦でJでは4年ぶりのハットトリックを達成した。その後も得点を重ね、途中加入ながらチームトップ・リーグ3位タイの14得点を記録したが、チームは不振から抜け出せずJ2降格となってしまった。

2013年はレンタル期間を延長する形で残留し、19節までに13得点を記録したが、保有元のアル・サッドとガンバ大阪の契約交渉が難航し、6月末を持って契約満了による退団が決まった[21]。また一時、古巣ヴィッセル神戸への移籍が確実視されたが[22] その後、保有元のアル・サッド側のチーム状況が変わったことで、クラブ間交渉が暗礁に乗り上げ、移籍は成立せず[23]、アル・サッドに復帰した。

Jリーグ復帰

2014年柏レイソルへ完全移籍[24]。J1リーグ戦28試合に出場し11得点、ヤマザキナビスコカップでは10試合に出場し6得点を挙げ同大会得点王に輝いた。2015年も1stステージで5得点、ACLで3得点をあげるなどコンスタントに活躍を見せていたが、1stステージ終了後に退団を明言[25]

2015年7月2日、7年ぶりにヴィッセル神戸に復帰[26]

2016年は2トップでコンビを組むFWペドロ・ジュニオールとの連携が冴えわたり、中盤にポジションを移したFW渡邉千真らとともにゴールを量産。J1リーグ戦31試合出場19得点を挙げる活躍で、広島FWピーター・ウタカと並び自身初の得点王に輝いた。

2017年J1開幕戦vs清水エスパルス戦において、左膝前十字靭帯損傷および外側半月板損傷で全治6ヵ月となる重傷を負い、長期離脱を余儀なくされる[27]。それに伴い、ブラジルへ一時帰国していたが、8月に再来日。その後9月の復帰を目処にトレーニングを行なっていたが練習中に同じ箇所の負傷を再発し再び長期離脱することとなった[28]。2018年5月2日のFC東京戦で公式戦復帰を果たした。同年7月、J2リーグ東京ヴェルディに完全移籍[29]

2020年11月20日、クラブと合意のうえで契約を解除し、現役を引退すると発表された[30]

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
2004ナシオナルAC-
2005サンパウロセリエA00000000
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005大宮32J171001081
2006山形9J24023-244227
2007神戸J1321532003517
200825741123010
2009G大阪23211121-2312
カタール リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2009-10アル・サッド9QSL1部2120
2010-1183
2011-122300
アル・ラーヤン1844
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2012G大阪9J1151420412115
2013J21913--1913
カタール リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2013-14アル・サッド9QSL1部
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
201411J12811106214018
2015145--145
神戸1243120175
2016311952103721
201710000010
201820110031
東京V10J281-0081
2019257-00257
202010--10
通算ブラジルセリエA 00000000
日本J1 188873014114229107
日本J2 9345-249549
カタールQSL1部 3327
総通算 288151||||||||||||

その他の公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2009G大阪23610-
2010アル・サッド965-
201170-
23-00
2012アル・ラーヤン51-
20151153-
通算AFC 291900
その他の国際公式戦

出場歴

タイトル

クラブ

柏レイソル

アル・サッド

アル・ラーヤンSC

個人

出典・脚注

関連項目

外部リンク

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