岡野雅行 (サッカー選手)

日本の元サッカー選手 (1972-) From Wikipedia, the free encyclopedia

岡野 雅行(おかの まさゆき、1972年7月25日 - )は、神奈川県横浜市港北区出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションミッドフィールダーフォワード。元日本代表

愛称 野人、オカ
カタカナ オカノ マサユキ
ラテン文字 OKANO Masayuki
国籍 日本の旗 日本
概要 岡野 雅行, 名前 ...
岡野 雅行
名前
愛称 野人、オカ
カタカナ オカノ マサユキ
ラテン文字 OKANO Masayuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1972-07-25) 1972年7月25日(53歳)
出身地 神奈川県横浜市港北区
身長 175cm
体重 71kg
選手情報
ポジション MF / FW
利き足 右足
ユース
1988-1990 日本の旗 松江日本大学高等学校
1991-1993 日本の旗 日本大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1994-2002 日本の旗 浦和レッズ 211 (36)
2001-2002 日本の旗 ヴィッセル神戸loan 35 (4)
2003 日本の旗 ヴィッセル神戸 23 (0)
2004-2008 日本の旗 浦和レッズ 58 (2)
2009 香港の旗 天水圍飛馬 9 (1)
2009-2013 日本の旗 ガイナーレ鳥取 66 (1)
通算 402 (44)
代表歴2
1995-1999[1] 日本の旗 日本 25 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。2013年12月31日現在。
2. 1999年7月5日現在。
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人並み外れた俊足は「爆発的なスピード」と称され、長髪を振り乱しながら駆け回る姿や、足元の技術が拙いとされていることなどから「野人」の愛称で親しまれた[2]。祖父は書家文化功労者手島右卿、叔父は崇教真光総裁の岡田晃弥

来歴

プロ入りまで

横浜市立駒林小学校横浜市立日吉台西中学校卒。卒業後にブラジルへのサッカー留学を熱望するが家族に反対され親戚の勧めで松江市の全寮制の松江日本大学高等学校(現:立正大学淞南高等学校)へ進学。サッカー部すら無かったが、岡野が一から作り上げて、最高で島根県3位になるまでのチームになった。

その後、スポーツ推薦により[3]日本大学へ進学し、当時2部であったサッカー部に入部。ただしスポーツ推薦ではあったもののサッカー推薦ではなかったために、日大入学=サッカー部入部というわけではなかった。高校時代の禁欲的な学校生活(親元を離れた全寮制、高校二年次までは男子校、怖い教師・先輩・校則・寮則が支配する校風等)の反動から、「体育会サッカー部に入れないなら、サッカーサークルで楽しい学生生活を・・・」と考えていたところ、「体育会サッカー部2名募集。入部テスト実施」のポスターを見て一念発起して応募した。高校サッカー名門校出身者、全国大会出場経験者がひしめく中、それらを押しのけて見事、入部テストに合格した。しかしあくまで雑用専門部員としての部員募集であった。そのために洗濯係専任、その他雑用・サッカー部寮の生活係を一手に引き受けるだけで大学にも満足に通えないような生活を送る日々であった。しかし1年時の天皇杯予選でコーチの長島裕明により抜擢されたことをきっかけに頭角を現す[4]

それまでは前線へボールを供給するミッドフィールダー的プレースタイルであったが、ある日、陸上部の選手とトレーニングをしたとき、大きなバスケットシューズを履きながらも、100m走で10.7秒を記録し、陸上部の選手を上回った[5]。以降、俊足を活かしたプレースタイルへ変更する事になる。その100m走の記録が、俊足プレイヤーとして名高いクラウディオ・カニーヒアと同タイムだったことから、「自分も同じようなプレーができるのではないか」と考え、ビデオを見てカニーヒアのプレーを研究した。

なお、この予選では後に鹿島アントラーズとなる前身チームの住友金属蹴球団との試合でジーコと対戦している。結果は日大4-5住金(前半 日大3-0住金、後半 日大1-5住金)で住友金属の勝利。ジーコはベンチスタートだったが、前半終了した時点で格下であるはずの大学チームに3点も負けている状況に住金が慌て、後半開始直後からジーコを投入したとのこと[6]

夜は居酒屋アルバイトしながら練習し、1993年の天皇杯関東大会の対筑波大学戦では「試合があるのを忘れて朝まで飲んでいた」岡野だったが、大岩剛望月重良藤田俊哉を擁した強豪相手に五人抜きのゴールを含む2得点を挙げて、勝利し、Jリーグの6クラブ(鹿島、柏レイソルガンバ大阪浦和レッズなど)から声が掛かるようになる。中でも浦和が「一番熱心だった」といい、「大学を辞めてでも来てくれ」という熱意に動かされたため、日大を3年で中退して浦和入りした[7][8]

同期加入の選手に山田暢久岩瀬健杉山弘一などがいる。

クラブ経歴

1994年に浦和に加入し、1年目からJリーグで35試合に出場、3ゴールを記録[9]。1996年にはPKを任されるなど、キャリアハイとなる11ゴールをあげ、同年のJリーグベストイレブンとこの年より新設されたJリーグフェアプレー個人賞を受賞した[9]

1999年には、浦和在籍のままオランダのアヤックスに練習参加し、6月に帰国した[10]

2001年はチッタ監督の信頼を得られず、5節FC東京戦からはほぼベンチ外に追いやられた。2001年9月よりヴィッセル神戸に期限付き移籍[9]、2002年12月に完全移籍が発表された[9][11]

2004年に浦和に完全移籍[12][9]2007年元日の天皇杯決勝では、途中交代で出場し、永井雄一郎の決勝点をアシストし、浦和の天皇杯連覇に貢献した[13]2008年、10月26日のアルビレックス新潟戦で後半ロスタイムから出場し、史上34人目のJ1通算300試合を達成。しかし、クラブが若返りを押し進めた[14] ことから、共に長年浦和を支えてきた内舘秀樹と同じく11月26日に契約終了が発表され、浦和を離れることとなった。

2009年2月、香港リーグ1部天水圍飛馬(TSWペガサス)に移籍。2月7日の香港リーグデビュー戦で初ゴールを挙げた。同年6月にリーグのシーズン終了をもって天水圍飛馬を退団[15]。同年7月31日ガイナーレ鳥取に移籍することが同クラブから発表された[16]

代表

1995年1月に開催されたキング・ファハド・カップ(インターコンチネンタルカップ)の日本代表メンバーに選出されたが、同大会では試合出場はなく、同年9月20日のパラグアイ代表戦にて代表初出場。1996年8月25日のウルグアイ代表戦にて初ゴールを記録。

1997年、1998 FIFAワールドカップ・アジア予選にも参加するが、最終予選では出場はないまま迎えたアジア第3代表決定戦イラン代表戦)に、延長戦の開始から出場。GKと1対1など決定機を数度逃すも決勝ゴールデンゴールを決め、日本代表ワールドカップ初出場に導いた事で、一躍時の人となった。なお、本試合での活躍を受け、1998年1月に浦和レッズ筆頭株主の三菱自動車工業より、岡野本人が希望した車種であるパジェロエボリューションが贈呈された[17]

1998年、1998 FIFAワールドカップ日本代表に選出。グループリーグ第2戦・クロアチア戦の後半16分から途中出場した。

引退後

2013年シーズンを最後に現役を引退し、ガイナーレ鳥取のゼネラルマネージャーに就任した[18]。2014年末、Jリーグ功労選手賞を受賞[19]

2015年2月15日、ガイナーレ鳥取の選手がお世話になった食堂「はしや」の女将の義娘、内間智美(内間安路の妻)が2013年12月に発症した肛門管癌の治療費を募る内間さんを支援する会の発起人を務める[20]

2017年4月27日、ガイナーレ鳥取の代表取締役GMに就任[21]

2017年12月11日放送の『激レアさんを連れてきた。』(テレビ朝日系)に「サッカー経験ゼロのヤンキー達を集めてサッカー部を作り強豪チームにする、という『ROOKIES』(ルーキーズ)」ばりの体験をしたのに、その話をあまりしていない」激レアさんとして出演し、サッカー部の無かった全寮制高校でヤンキーだらけのサッカー部を立ち上げ県内有数の強豪チームとなった松江日本大学高等学校時代のエピソードを披露して反響を呼び、実話を基に『激アツ!! ヤンキーサッカー部』として竜星涼主演で翌2018年9月にテレビドラマ化された[22][23]

2024年12月23日、ガイナーレ鳥取代表取締役GMを退任[24]し、南葛SC事業本部長に就任[25]

2025年1月、古巣浦和レッズのブランドアンバサダーに2月1日付で就任した[26]

所属クラブ

個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1994浦和-J3532030403
1995445-30475
19963011132324615
199772340021255
19983470021368
1999J11104000150
2000J22662041327
2001J18010-90
神戸29113-20133
200282415010301
20032306120311
2004浦和301518220253
20052017040311
2006806020160
20071101010130
200840300070
香港 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2008-09天水圍飛馬8甲組911040141
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2009鳥取30JFL71-1081
2010160-00160
2011J2130-10140
2012200-00200
2013100-10110
通算日本J1 3013656527438445
日本J2 6962061777
日本JFL 231-10241
香港1部 911040141
総通算 4024459538549954
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その他の公式戦
さらに見る 国際大会個人成績, FIFA ...
国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2007浦和306010
通算AFC 6010
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その他の国際公式戦
出場歴

タイトル

クラブ

浦和レッズ

個人

プロレス

DDTプロレスリング

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 25試合 2得点(1995年 - 1999年)[1]
さらに見る 日本代表, 国際Aマッチ ...
日本代表国際Aマッチ
出場得点
199530
1996111
199751
199850
199910
通算 252
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出場

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No.開催日開催都市スタジアム対戦相手結果監督大会
1.1995年09月20日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 パラグアイ●1-2加茂周デサント・アディダスマッチ
2.1995年10月24日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 サウジアラビア○2-1デサント・アディダスマッチ
3.1995年10月28日日本の旗愛媛県愛媛県総合運動公園陸上競技場 サウジアラビア○2-1デサント・アディダスマッチ
4.1996年02月10日オーストラリアの旗ウォロンゴン オーストラリア○4-1国際親善試合
5.1996年02月14日オーストラリアの旗メルボルン オーストラリア●0-3国際親善試合
6.1996年02月22日香港の旗香港 スウェーデン△1-1(PK4-5)カールスバーグカップ
7.1996年05月26日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 ユーゴスラビア○1-0キリンカップ
8.1996年08月25日日本の旗大阪府長居陸上競技場 ウルグアイ○5-3国際親善試合
9.1996年09月11日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 ウズベキスタン○1-0JFA75周年記念試合
10.1996年10月13日日本の旗愛知県神戸総合運動公園ユニバー記念競技場 チュニジア○1-0プーマカップ
11.1996年12月06日アラブ首長国連邦の旗アル・アイン シリア○2-1アジアカップ
12.1996年12月09日アラブ首長国連邦の旗アル・アイン ウズベキスタン○4-0アジアカップ
13.1996年12月12日アラブ首長国連邦の旗アル・アイン 中華人民共和国○1-0アジアカップ
14.1996年12月15日アラブ首長国連邦の旗アル・アイン クウェート●0-2アジアカップ
15.1997年02月13日タイ王国の旗バンコク スウェーデン●0-1キングスカップ
16.1997年03月25日オマーンの旗マスカット マカオ○10-0ワールドカップ予選
17.1997年03月27日オマーンの旗マスカット ネパール○6-0ワールドカップ予選
18.1997年06月28日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 オマーン△1-1ワールドカップ予選
19.1997年11月16日マレーシアの旗ジョホールバル イラン○3-2(延長V)岡田武史ワールドカップ予選
20.1998年03月01日日本の旗神奈川県横浜国際総合競技場 韓国○2-1ダイナスティカップ
21.1998年03月07日日本の旗東京都国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 中華人民共和国●0-2ダイナスティカップ
22.1998年04月01日大韓民国の旗ソウル 韓国●1-2ワールドカップ記念試合
23.1998年06月03日スイスの旗ローザンヌ ユーゴスラビア●0-1国際親善試合
24.1998年06月20日フランスの旗ナント クロアチア●0-1ワールドカップ
25.1999年07月05日パラグアイの旗ペドロ・ファン・カバジェロ ボリビア△1-1フィリップ・トルシエコパ・アメリカ
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ゴール

さらに見る #, 開催年月日 ...
#開催年月日開催地対戦国勝敗試合概要
1.1996年8月25日日本大阪市ウルグアイの旗 ウルグアイ○ 5-3親善試合
2.1997年11月16日マレーシアジョホールバルイランの旗 イラン○ 3-21998 FIFAワールドカップ・アジア予選
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経歴/職歴

関連情報

著書

  • 『野人伝』新潮社、2009年。ISBN 978-4-103-21321-5
  • 『野人、ネクタイを締める』有賀久子と共著、竹書房、2026年1月。ISBN 978-4-801-94628-6

CM出演

脚注

関連項目

参考文献

外部リンク

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