レッドデイヴィス

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欧字表記 Red Davis[1]
性別 セン[1]
レッドデイヴィス
第45回シンザン記念表彰式
(2011年1月9日)
欧字表記 Red Davis[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 セン[1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 2008年2月22日[1]
抹消日 2015年7月15日[2]
アグネスタキオン[1]
ディクシージャズ[1]
母の父 トニービン[1]
生国 日本の旗 日本北海道安平町[1]
生産者 ノーザンファーム[1]
馬主 (株)東京ホースレーシング[1]
調教師 音無秀孝栗東[1]
競走成績
生涯成績 25戦5勝[1]
獲得賞金 1億6,971万7,000円[1]
勝ち鞍
GIIIシンザン記念2011年
GIII毎日杯2011年
GIII鳴尾記念2011年
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レッドデイヴィス (Red Davis) [1]日本競走馬。おもな勝ち鞍は2011年シンザン記念毎日杯鳴尾記念。馬名は「冠名+ジャズ奏者マイルス・デイヴィスより」で、母名ディクシージャズからの連想による[3]

  • 特記事項なき場合、本節の出典はJBISサーチ[4]

音無秀孝厩舎入厩当初から調教で集中力がなく行く気がない気性であったため、陣営はこのままでは能力を十分に発揮できないと判断し、デビュー前の2010年7月去勢手術が行われた[5]。手術から2か月後の9月19日、阪神競馬場での2歳新馬戦でデビューし、2着、2戦目も2着ののち、3戦目で初勝利を挙げる。千両賞9着を挟んで出走の500万下条件戦では1位入線も進路妨害により10着に降着となった[6]

年明けて3歳初戦のシンザン記念では先行からの競馬から、のちのクラシック三冠オルフェーヴルの追い込みを1馬身半差退けて重賞を初めて制した[6]。続く毎日杯も制して重賞2勝目を挙げたが[7]、5月の京都新聞杯は10着に終わり、レース後に右第1指骨の剥離骨折が判明して休養を余儀なくされる[8]。7か月の休養後、12月の鳴尾記念で復帰して、レースではショウナンマイティの差しをクビ差凌いで重賞3勝目を挙げた[9]。その後は有馬記念に出走も、オルフェーヴルの9着に終わった。

古馬になってからは、4歳初戦の中山記念11着のあと3着以内に入らない競馬が続いて2012年は未勝利、2013年に入って2戦目の大阪-ハンブルクカップで3歳時の鳴尾記念以来の勝利を挙げた[10]。その後は再び勝てない競馬が続き、2015年宝塚記念7着が最後の競馬となって7月15日付けで競走馬登録を抹消[2]。引退後はノーザンホースパーク乗馬となった[2]

競走成績

血統表

脚注

外部リンク

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