三国川ダム

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左岸所在地 新潟県南魚沼市舞台
右岸所在地 新潟県南魚沼市清水瀬
位置
三国川ダムの位置(日本内)
三国川ダム
北緯37度03分14.00秒 東経139度00分03.00秒 / 北緯37.0538889度 東経139.0008333度 / 37.0538889; 139.0008333
三国川ダム
三国川ダム
左岸所在地 新潟県南魚沼市舞台
右岸所在地 新潟県南魚沼市清水瀬
位置
三国川ダムの位置(日本内)
三国川ダム
北緯37度03分14.00秒 東経139度00分03.00秒 / 北緯37.0538889度 東経139.0008333度 / 37.0538889; 139.0008333
河川 信濃川水系三国川
ダム湖 しゃくなげ湖
ダム諸元
ダム型式 中央土質遮水壁型
ロックフィルダム
堤高 119.5 m
堤頂長 420.0 m
堤体積 7,214,000 m3
流域面積 76.2 km2
湛水面積 13.0 ha
総貯水容量 27,500,000 m3
有効貯水容量 19,800,000 m3
利用目的 洪水調節不特定利水
上水道発電
事業主体 国土交通省北陸地方整備局
電気事業者 東北電力
国土交通省北陸地方整備局
発電所名
(認可出力)
五十沢第二発電所
(9,100kW)
三国川ダム管理用発電所
(1,200kW)
施工業者 大成建設飛島建設鴻池組
着手年 / 竣工年 1975年 / 1992年
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三国川ダム(さぐりがわダム)は、新潟県南魚沼市信濃川水系三国川(さぐりがわ)に建設されたダム。高さ119.5メートルのロックフィルダムで、洪水調節不特定利水上水道水力発電を目的とする、国土交通省直轄の多目的ダムである。ダム湖(人造湖)の名はしゃくなげ湖という。

魚野川流域は有数の豪雪地帯であるが故に水量は極めて豊富で、その上急峻な地形もあいまって水力発電が盛んであり、黒又川第一ダム黒又川第二ダムといった大規模な発電用ダムが相次いで建設され、一大電源開発地帯となっている。

一方、急峻な地形と豊富な水量は治水の観点から見れば洪水を起こしやすい条件でもある。事実、魚野川は古来より数々の水害を流域にもたらしている。1969年昭和44年)8月に信濃川流域を襲った集中豪雨昭和44年8月豪雨)は、魚野川流域や上流の高瀬川流域において深刻な被害をもたらした。それまでは堤防整備などで対処していた建設省(現・国土交通省北陸地方整備局)は1974年(昭和49年)に「信濃川水系工事実施基本計画」を改訂。多目的ダムによる総合的な治水・利水を行うことにした。こうした中で魚野川流域に三国川ダムを、高瀬川に大町ダムを建設して信濃川の洪水調節を図ろうとしたのである。

魚野川は上流にリゾートとして有名な湯沢町を抱え、人家が密集しており、水没物件の補償という点でダム建設の適地がないことから、支流の三国川に着目し特定多目的ダムの建設を計画。1975年(昭和50年)より事業に着手し、18年の歳月をかけて1992年平成4年)に完成。魚野川流域のダムの中では最も規模が大きいものとなった。その間にも魚野川流域では他地点でも多目的ダム建設計画が進められ、支流・破間川破間川ダムが、さらにその支流・和田川には広神ダムが建設された。

  • 1969年(昭和44年)8月21日 - 新潟県予備調査を実施[1]
  • 1975年(昭和50年)
    • 4月3日 - ダム実施調査に着手[1]
    • 4月5日 - 建設省北陸地方建設局三国川ダム調査事務所設置[2]
  • 1977年(昭和52年)
    • 4月11日 - ロックフィルダムに決定[1]
    • 4月18日 - 三国川ダム調査事務所が三国川工事事務所に名称変更[2]
  • 1980年(昭和55年)
    • 3月9日 - ダム損失補償基準受結[3]
    • 10月1日 - 一号仮排水トンネルの工事に着手[3]
  • 1981年(昭和56年)11月12日 - 三国川ダム本体建設工事に着手[3]
  • 1982年(昭和57年)
    • 4月26日 - 一号仮排水路トンネルが貫通[3]
    • 12月7日 - 二号仮排水路トンネルが貫通[3]
  • 1983年(昭和58年)9月27日 - 上流一号仮締切完成[3]
  • 1984年(昭和59年)9月 - 上流二号仮締切着手[3]
  • 1985年(昭和60年)
    • 10月 - 上流二号仮締切完成[3]
    • 11月 - 非常用洪水吐コンクリートをRCD工法により打設開始[3]
  • 1986年(昭和61年)
    • 10月7日 - 漁業補償妥結[3]
    • 10月8日 - ダム定礎式を挙行[3]
  • 1987年(昭和62年)
    • 6月23日 - ダム本体盛立て着手[3]
    • 9月21日 - 非常用洪水吐10万m2で達成[3]
    • 10月14日 - 五十沢第二発電所などの補償に関する協定が調印される[3]
  • 1988年(昭和63年)
    • 2月6日 - 三国川ダム建設に関する基本計画の変更告示(東北電力の発電参画及び管理用発電計画決定)[1]
    • 同年中 - 常用洪水吐及び選択取水設備の製作に着手する[1]
  • 1990年(平成2年) - ダム堤体盛立て完成、非常用洪水吐完成。発電施設の建設着手[1]
  • 1991年(平成3年)10月1日 - 湛水開始を開始(10月2日に湛水式を挙行)[1]
  • 1992年(平成4年)
    • 5月14日 - 試験湛水を終了[1]
    • 10月16日 - 竣工式を挙行[1]
  • 1993年(平成5年)4月12日 - 地域に開かれたダムに指定される[1]
  • 1994年(平成6年)7月1日 - 三国川ダム管理所発足、工事事務所廃止[1]

周辺

ダム周辺は「地域に開かれたダム」として積極的に地元に開放されており、オートキャンプ場テニスコート釣り堀等が整備されているほか、ダム直下には露天風呂(沸かし湯)があり100で入浴できる。ダム湖付近はシャクナゲの自生地であることから、ダム湖の名前はしゃくなげ湖と名付けられた。上流には名勝・十字峡がある。

近くには多くのスキー場を有し冬の一大リゾート地として多くの観光客を集める湯沢町がある。交通手段も関越自動車道上越新幹線が近くを通っており、アクセスも便利である。

三国川ダムに関連する作品

その他

脚注

関連項目

外部リンク

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