上映禁止となった映画の一覧

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上映禁止となった映画の一覧(じょうえいきんしとなったえいがのいちらん)では、上映禁止英語版となった映画を一覧に記す。

映画史において長らく政治的、道徳的人種差別といった内容により検閲や審査機関によって一部の映画が上映禁止となった。基準は各国によって様々で、時代の変化によっても異なることがある。

多くの国では映画上映やテレビ放送の検閲や評価を行う公立、私設の機関がある。映画は格付けにより評価されることが普通だが、ここでは検閲、審査機関に禁止された場合のみを含む。

一部の国では映画自体が広く禁止され、それについては記載されていないので注意。
タイトル 備考
アフガニスタン 全て 1996-2001; 2021- ターリバーンによりアフガニスタン政府は西洋の技術、芸術を禁止したため映画も禁止された。[1][2][3][4]
アルバニア Pas vdekjes (死後) 1980-1990 10年間禁止。[5]
アルゼンチン I'll Never Heil Again 1941 第二次世界大戦で同盟国だったナチス・ドイツに風刺的なためフアン・ペロン政権下で禁止。[6]
沈黙 1963 猥褻なため禁止。[7]
ラストタンゴ・イン・パリ 1972 ポルノのため禁止。[7]
La Patagonia rebelde (パタゴニア反乱) 1974 ペロンとホルヘ・ラファエル・ビデラ政権下で禁止。同作は農民の反乱について扱っている。[7]
独裁者 (1940) 1976 独裁者を嘲笑っているためビデラ政権下で禁止。[7]
Las largas vacaciones del '36 1978 フランコ体制下のスペインを皮肉的に扱っているためビデラ政権下で禁止。[7]
ミスター・グッドバーを探して 1978 ビデラ政権下で「ポルノ」とされた。[7]
プリティ・ベビー 1978 ビデラ政権下で「ポルノ」とされた。[7]
帰郷 1979 反戦的なためビデラ政権下で禁止。[7]
The House on Garibaldi Street (ナチ・ハンター/アイヒマンを追え) 1979 ナチスドイツのアドルフ・アイヒマン追跡を扱っているためビデラ政権下で禁止。[7]
ゴダールのマリア 1985 冒涜的、性的なため禁止。[8]
最後の誘惑 1987 冒涜的なため禁止。[9]
オーストラリア ピンク・フラミンゴ 1972 不快な内容なため1980年代初頭まで禁止されていた。[10]
ソドムの市 1975-1992 公開当初から禁止されていたが17年後に解禁された。[7][11]
愛のコリーダ 1976-2000 猥褻を理由に禁止され1977年に検閲されたものが公開されたが、2000年にノーカット版が公開された。[12][13]
食人族 1984 暴力と動物虐待のため禁止。後に18歳以上の成人は鑑賞できるようになった。[14]
ムカデ人間2 2011 残酷、不快、露骨な性的描写で一時的に禁止。検閲されたDVDが2012年2月23日発売。[15]
Ken Park(ケン パーク) 2003 2003年、十代の性交、近親相姦、窒息による自慰行為を禁止した。[16]
アゼルバイジャン ホステージ 2011 アルメニア人に対して肯定的なため禁止。[17]
バーレーン キングダム/見えざる敵 2007 1996年のサウジアラビアの爆弾事件について不正確な描写のため禁止。[18]
ノア 約束の舟 2014 預言者が登場するため禁止。[19]
ベルギー 女だけの都 (1935) 1940-1945 ナチス・ドイツ占領下のベルギーでは平和主義をテーマにしているため禁止された。監督のジャック・フェデーは追われる身となり、スイスへ避難した。[20]
愛のコリーダ 1976-1994 公開当初から禁止され、同国で最後に検閲された映画だった。[21]当時、同作が禁止されたヨーロッパ唯一の国でもあった。[22]
ブラジル 悪魔のいけにえ 1974 ストーリーが原因で禁止された。[23]
セルビアン・フィルム 2011 「小児性愛に対する言い訳」が含まれるため禁止。[24]
ブルガリア Privarzaniyat balon 1967-1990 第二次世界大戦中の共産党指導者を批判しているため共産党により禁止。[25]1990年に再び民主化した後に解禁。[25][26]
ミャンマー ザ・シンプソンズ MOVIE 2007 反政府組織への支持を意味する黄色と赤色の横並びを禁止。[27]
ランボー/最後の戦場 2008 ミャンマー軍に対するネガティブな描写。[28]
カンボジア Who Killed Chea Vichea? 2014 禁止された。[29]
ウルフ・オブ・ウォールストリート 2013
フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ 2015 「狂った恋愛劇、多くの性交、性交中の暴力」「クメール社会では極端な性的問題」により禁止。[30]
クーデター 2015 「地方文化の否定」の禁止。[31]
チリ ラストタンゴ・イン・パリ 1972-1990 アウグスト・ピノチェト政権下で猥褻なため禁止。[10]
ミッシング 1982-1990 ピノチェト政権批判とチリで起きたクーデターを扱っているため同政権下で禁止。[32]
最後の誘惑 1987 冒涜的なためピノチェト政権下で禁止。[9]
中国 ベン・ハー (1959) 1959 毛沢東政権下では迷信やキリスト教を描写したものを禁止した。[33]
Boat People (望郷) 1982 海南省で撮影されたため中華民国(台湾)で禁止。[34][35]
黄色い大地 1984 公開当初から禁止。[36]
バック・トゥ・ザ・フューチャー 1985 タイムトラベルを扱っているため禁止。[6]
The Horse Thief (盗馬賊) 1986 公開当初から禁止。[36]
菊豆 1990 公開当初から禁止されていたが、中国政府は1992年に鑑賞することを解禁[36][37][38]
Life on a String (人生は琴の弦のように) 1991 公開当初から禁止。[36]
紅夢 1991-1994 公開当初から3年間禁止されていた。[36]
青い凧 1993 不快なため禁止。監督の田壮壮はその後10年間、映画製作を禁じられた。[39]
さらば、わが愛/覇王別姫 1993 同性愛描写と共産主義否定のため長らく禁止されていた。他国で高く評価され第46回カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞後、中国での公開が許可された。[40]
活きる 1994 共産党批判のため禁止。監督の張芸謀は2年間映画製作を禁じられた。[36][41]
シュウシュウの季節 1998 禁止された。[36]
鬼が来た! 2000 禁止されていたが[36]後に解禁された[42][43]
トゥームレイダー2 2005 中国社会に対し悪い印象を与える描写のため禁止。[44]
ダ・ヴィンチ・コード 2006 冒涜的なため禁止。[11]
ディパーテッド 2006 政府が台湾に対して核兵器使用を示唆するくだりがあるため禁止。[45]
パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド 2007 新華社によると)チョウ・ユンファ演じるシンガポール海賊のサン・フェンの場面10分が中国で公開されているものではカットされている。正式な理由は不明だが中国内の非公式の情報筋の話としてサン・フェンの性格がネガティブでステレオタイプ的であったためとしている[46]
新宿インシデント 2009 暴力的過ぎて修正をイー・トンシンに求めたが拒否されたため。[47]
ノア 約束の舟 2014 預言者が登場するため禁止。[11]
デッドプール 2016 暴力、ヌード、言葉遣いが問題視されたため禁止。[48]
プーと大人になった僕 2018 くまのプーさんが習近平中国共産党総書記を想起させるとして公開禁止。
プー あくまのくまさん 2023 くまのプーさんが習近平中国共産党総書記を想起させるとして公開禁止。
コンゴ L'Homme Qui Repare Les Femmes ("The Man Who Mends Women") 2015 理由なしで禁止。このドキュメンタリーは同国の産婦人科医デニス・ムクウェゲが強姦被害者の治療にあたる姿が取り上げられている[49]
チェコスロバキア The Hand 1966 1966年当時のチェコスロバキアと同様の体制下での制限された生活が描写されているため共産党政権下で禁止。[50]
ひなぎく 1966 共産党政権下では「ふしだらな描写」が禁止。[51]監督のヴェラ・ヒティロヴァは1975年まで活動を禁止された。[52]
A Report on the Party and the Guests(祝祭と客 1966-1988 1966年から1968年まで共産主政権下で禁止されたのは全体主義に対する比喩や暗示が含まれていたため。プラハの春により一時的に解禁されたがその20年間再び禁止された。1974年、監督のヤン・ニェメツは西ドイツへ亡命した。[53]
The Firemen's Ball(火事だよ! カワイ子ちゃん 1967 1968年、共産党は東欧の共産主義国家に対する風刺を禁止した。[54]
Deserters and Pilgrims (砂漠と遊牧民とも) 1968 共産党政権により禁止。[53]
All My Compatriots 1969-1990 共産党政権により禁止。[53]監督のヴォイチェフ・ヤスニーは亡命。
Birds, Orphans and Fools 1969-1990 共産党政権により、政治的迫害を受け孤立しつつも自由ではないが精神的に生き残ろうとしていることを禁止した。[53]
Dull Sunday 1969-1989 共産党政権により20年間禁止され、監督のドラウミラ・ヴィハノヴァは1977年まで映画製作を禁じられた。[53]
The Cremator 1969-1989 共産党政権により禁止されたブラックコメディーで、ホロコーストでナチスと一緒に火葬場で人を燃やす火葬場所長を描いている。これとは別に作品を真実と解釈することができ、危険なメッセージとされた。[55]
Larks on a String(つながれたヒバリ 1969-1990 共産党政権が崩壊するまで禁止。[56]
Mourning Party (Smuteční slavnost) 1969 共産党政権により禁止。[53]
The Seventh Day, The Eighth Night (Den sedmy, osma noc) 1969 共産党政権により禁止。[53][57]
Hlidac (刑務官) 1970 共産党政権により禁止。[53]
Ucho () 1970-1989 共産党政権により禁止されたのは政府の監視下に置かれているとみられるカップルを描いたため。[53]
Fruit of Paradise 1970 衝撃的な内容なため共産党政権により禁止。監督のヴェラ・ヒティロヴァは8年間、映画製作を禁じられた。[53][58]
Witchhammer 1970 共産党政権により禁止。[53]
Nahota () 1971 共産党政権により禁止。[53]
Case for a Rookie Hangman 1972 共産党政権によりチェコ社会の風刺を禁止、これによりパベル・ジューラセックの監督人生は終わりを告げた。[53][59]
Leonardo's Diary(レオナルドの日記) 1972 同国のキリスト教徒の人生を批判的に描写したため共産党政権により禁止。監督のヤン・シュヴァンクマイエルは5年間労働を禁じられ、解除後も文学作品の改作のみを許された。[60]
The Apple Game 1975 共産党政権により禁止。監督のヴェラ・ヒティロヴァは検閲機関に情報を求めたところ、ソビエト大使館から「テーマが重すぎる」と聞いた。[53]
Castle of Otranto 1977-1990 共産党政権により禁止後、監督のシュヴァンクマイエルは内容を変更するように要求されたが拒否した。検閲官はテレビニュースへの市民の信頼が損なう恐れのあるモキュメンタリーに反対した。シュヴァンクマイエルは一時期、映画製作を禁じられた。[61]
Dimensions of Dialogue対話の可能性) 1982 検閲官は消費主義批判を好まないため禁止された。監督のシュヴァンクマイエルは作品が過去に2度禁止措置を受けたことも影響。[60]
Straka v hrsti (カササギの手) 1983-1996 政府から禁止命令を受けた作家アントニン・プリダルの作品を元にいていたためと、破壊的なロックバンドPražský výběrを扱っていたため共産党政権により禁止。
デンマーク 骸骨の踊り 1930 検閲官が「あまりにも不気味」との理由で1930年当初に禁止。[62]現在は禁止ではない。
東ドイツ Das Kaninchen bin ich 1965-1990 政府の日常生活批判の禁止。政府を名指ししているわけではないが長らく危険な主張という認識だった。[63]これによりにより政府禁止の映画は「ウサギ映画」と呼ばれた。1990年のドイツ再統一まで禁止のままだった。[64][64][65]
Denk bloss nicht, ich heule (私は泣くだろう) 1965-1990 政権批判のため禁止。[64]
Spur der Steine (ストーンズの痕跡) 1966-1989 政府により禁止。[64]
Die Russen kommen (ロシア人は来る) 1968-1989 ナチスの青年が近付くソ連軍を恐れるという作品のため政府によって禁止。ソ連人は同情的に扱われていたが、それでもストーリーには議論の余地があった。[64]
エジプト ファニー・ガール 1968 エジプト出身のイスラム教徒オマル・シャリーフとユダヤ人であるバーブラ・ストライサンドの恋愛模様が描かれているため禁止。エジプトとイスラエルの緊張の高まりとストライサンドのイスラエルに対する政治的姿勢が背景にあった。[66][67]
ダ・ヴィンチ・コード 2006 冒涜的なため禁止。[11]
Sweetness of Spirit - Halawet Rooh 2014 挑発的な性的シーンが批判され、公開直後に禁止。同作はジュゼッペ・トルナトーレの2000年の映画『マレーナ』の主演モニカ・ベルッチが出演していることも批判された。[68][69]
フィンランド 戦艦ポチョムキン 1930-1952 共産主義革命誘発の恐れのため禁止。[70]
ミニヴァー夫人 1943-1945 第二次世界大戦中に禁止。[71]
Johnny Eager 1943-1950 第二次世界大戦中に禁止され、1950年3月31日で解除。[72]
Rififi 1955-1959 セキュリティシステムの突破が描写されており、模倣犯を防ぐため政府が禁止。5年後に解除された。[9]
血を吸うカメラ 1960-1981 21年間禁止。[9]
One, Two, Three 1962-1986 政治風刺のため24年間禁止。周辺国や隣国ソ連の怒りを買う可能性があった。(関連:フィンランド化)[73][74]
イワン・デニーソヴィチの一日 1972 フィンランド映画分類委員会により禁止。1972年と1974年にスウェーデンでテレビ放送された。フィンランド人は見ることができず、オーランド諸島で視聴可能だったスウェーデンのテレビ局の放送は映画中にシャットダウンされた。映画分類委員会の役員Jerker Eerikssonはこの措置はフィンランドとソ連の関係悪化を恐れた政治的意思があったと述べた。その後、同作はフィンランドでは1996年にTV1 YLEチャンネルで放送された。[75][76]
悪魔のいけにえ 1974-1996[77] 暴力的なため禁止。[78]
食人族 1984 露骨な内容のため禁止。[14]
クルージング 1980 公開当初から禁止。[10]
フランス 戦艦ポチョムキン 1925-1953 共産主義革命誘発の恐れのため禁止。[79]
黄金時代 1930 警察長官が「公共の秩序の名の下に」禁止。[80]右翼がスクリーンに爆弾を投げる事件が発生した。
Zero de Conduite 1933-1946 フランスの抑圧的な寄宿学校で生徒4人が教師に対して反乱を仕掛け、学校を奪還するというストーリーのため禁止。同様の理由でナチス占領下でも禁止が継続。[81][82]
Le Corbeau(密告) 1943 ナチス政権の資金援助により制作された映画で、1945年から1947年まで禁止。フランス人に否定的でヴィシー政権に同情的だと批判された。2年で禁止は解除されている。[9][83]
Afrique 50 1950-1990 フランスの植民地支配批判のため禁止。監督のレナ・ボーティアーはこれにより刑事罰を受け、1年間服役した。[84][85]
Les statues meurent aussi(彫像もまた死す) 1953 アフリカ美術は西洋文明のせいで衰退したと示唆したため禁止。1953年のカンヌ国際映画祭では上映されたが、その後フランスの検閲官により禁止。[86]
洪水の前 1954 犯罪描写が物議をかもして禁止。[87]
Bel-Ami 1955-1957 公開当初は禁止されたが、2年後に検閲されたものが公開。[85][88]
カルメン 1954-1981 著作権法における作曲家ジョルジュ・ビゼーの知的財産権の厳密的な解釈により禁止。[89]<
Le Rendez-vous des quais 1955-1980 インドシナ戦争における軍需品輸送を拒否した港湾労働者が描写されていたため禁止。[85][90]
突撃 1957-1970 第一次世界大戦におけるフランス軍を批判していたため禁止。[91]
小さな兵隊 1960 政治的理由で禁止。1963年に再編集されて解禁。[7][92]
Tu ne tueras point 1961 第二次世界大戦に反対する兵士が登場したため2年間禁止。[93]
アルジェの戦い 1965-1971 アルジェリアよりで反植民地主義のメッセージ性があるため6年間禁止。[7]
Det kare legetoj 1965-1971 ポルノを主張することを禁止。[94]
悪魔のいけにえ 1974 暴力的、サディスティックなため禁止。[23]
Camp de Thiaroye 1977 植民地支配批判のため禁止。[95]
Baise-moi(ベーゼ・モア) 2000 2000年にX-ratingに分類されるが、映画館から上映拒否。翌年、視聴可能年齢層が16歳から18歳以上に指定し直された、[96]
アンチクライスト 2016 2009年に公開されているが、2016年2月3日に性的、暴力的を理由に禁止。この措置は未成年が鑑賞することを防ぐため再審査をカトリックの圧力団体Promouvoirの求めによるものだった。裁判所は団体に有利な判決を出し、決定が確定すると上映、放送、ソフトの発売が禁止される。[97]
ドイツ Anders als die Andern(他の人々とは異なって) 1920-1945 同性愛を扱っていたため禁止。1920年代、医師と医学者に限って鑑賞が許される。1933年にヒトラーが実権を掌握するとナチスによってフィルムがほとんど破棄された。[98]のちに部分的ながらフィルムが復元された。[99]
The Barnyard Battle(裏庭の戦い) 1929 登場する猫が着用するヘルメットがピッケルハウベと似ていたため。[62][100]現在は禁止ではない。
西部戦線異状なし (1929) 1930-1931
1933-1945
抗議により1930年に禁止されるがオープンな議論の結果、翌年に多くの検閲を行って解除される。[101]1933年、ナチスが反軍国主義[102]反ドイツを禁止。[103]エーリヒ・マリア・レマルクの原作小説も禁止され、「反ドイツ本」として焚書された。[104]1952年に西ドイツのキャプトルシアターで22年ぶりに公開された。
Kuhle Wampe(クーレ・ヴァンペ) 1932-1945 政府、法律、宗教を否定的に扱ったため禁止。抗議により解除され、大幅に編集された状態で公開された。その半年後、ヒトラーによって終戦まで再び禁止。監督のスラタン・ドドーは再入国を禁止されている共産党員であるとして逮捕された。[64]
マルクス兄弟出演の全映画。 1933-1945 ユダヤ人のコメディスターであったためナチスドイツにより禁止。[105]
戦艦ポチョムキン 1933-1945 マルクス主義を扇動する恐れによりナチスドイツにより禁止。[79][106]
春の調べ 1933-1945 エロティックな内容のためナチスドイツにより禁止。[107]
制服の処女. 1933-1945 レズビアンを扱っていたためナチスドイツにより禁止。[64]
ミッキーのお化け屋敷 1933-1945 雰囲気が恐ろしいためナチスドイツにより禁止。[108]
Mysterium des Geschlechtes 1933-1945 エロティックな内容のためナチスドイツにより禁止。[107]
Vier von der Infanterie (西部戦線一九一八年) 1933-1945 平和主義を扱った戦争ドラマをナチスドイツは禁止。[64]
M 1934-1945 ナチスドイツにより禁止。[109][110]
Nana 1934-1945 軍人が道徳、品格の規律違反を犯して売春婦と会っているというストーリーのためナチスドイツにより禁止。[64]
怪人マブゼ博士 1934-1945 「猫を誘惑するように犯罪を詳細、魅力的に描くこと」をナチスドイツは禁止。マブセの一部会話で反権威主義の含みをもたせていた。[11][111][112]
The Bohemian Girl(極楽浪人天国) 1936-1945 ジプシーを第三帝国において肯定的に扱えなかったためナチスドイツにより禁止。[113]
モダン・タイムス 1936-1956 共産主義の描写があるため禁止。[114][115]
大いなる幻影 1937-1945 反戦メッセージがあるためナチスドイツにより禁止。ヨーゼフ・ゲッベルスは監督のジャン・ルノワールを「映画界一の敵」と呼んだ[116]
A Prussian Love Story 1938-1950 皇帝と女優のラブストーリーという内容がゲッベルスの身に巻き起こった騒動とリンクするためナチスドイツにより禁止。終戦後も措置は継続され、1950年に解禁。[117]
Kitty und die Weltkonferenz 1939-1945 興行は成功したが、ナチスドイツにより禁止。第二次世界大戦勃発後、ゲッベルスはイギリス側に偏っている内容だとの見解を示し、映画館から排除した。[118]
Confessions of a Nazi Spy(戦慄のスパイ網) 1939-1977 第二次世界大戦勃発前に制作された反ナチス映画。ヒトラーにより禁止され、他のワーナーブラザーズ作品は自ら選んで上映した。ヒトラーは戦争に勝利すれば映画会社を経営すると考えられていた。[119]戦後も国内では1977年3月11日まで上映されなかった。
独裁者 1940-1945 ヒトラー、そしてナチズムを嘲笑っているためナチスドイツにより禁止。1942年、ナチス占領下のユーゴスラビアにおいて地元ゲリラがギリシャから映画のコピーを盗んだ。ナチスの役人は映画を半分見たところで審査を止め、映写師を撃つと脅した。総統官邸の指示があったとされる。[6][120]1958年に西ドイツで初公開。
女だけの都 (1935) 1940-1945 平和主義を扱っていたためナチスドイツとベルギーでゲッベルスにより禁止。監督のジャック・フェデーはスイスに避難。[20]
Titanic (1943) 1943-1949 ナチスの宣伝部門により制作されたが、一部シーンが観客を堕落させるおそれがあるとしてゲッベルスにより禁止。連合軍統制評議会はナチスのプロパガンダだとして終戦後も禁止。連合軍占領終了後、ドイツの映画レイティングにより、12歳以上対象で6歳以上は親の監督の下で鑑賞可能とした。
Grose Freiheit Nr. 7 (グローセ・フライハイト7番地) 1944-1945 ナチスドイツにより禁止。1944年12月、占領されたプラハで上映されている。[121][122]
Auf Wiedersehn, Franziska! 1945 第二次世界大戦後、連合軍により禁止。観衆が戦争を支援することを思い起こさせるためとした。監督のヘルムート・コイトナーの政治的思想によるものではなくナチスの意向を受けて追加したシーンがある。政治的な部分はプロパガンダだと判断され、それをカットしたものが流通した。[122]
永遠のユダヤ人 1945 1945年以降、ナチスの宣伝になるため禁止。大学の教室や学術目的に限って上映可能。ただし、上映者はホロコーストの歴史とメディア科学について教育を受ける必要がある。2013年時点、一般的な利用はできない。[123]
ユダヤ人ジュース(1940) 1945 連合軍の法によりドイツで上映することが禁止。[124]監督のヴァイト・ハーランは裁判所の命令で唯一残っているとされたネガの破棄を1954年4月に実行した。しかし疑念が残るため政府の調査の結果、東ドイツには他のネガが存在。中東で上映するためアラビア語で吹き替えるためのものだったが、アラビア語吹き替え版は発見されていない。このネガの存在はスタージュやKGBによって出回ったと考えられていて、エジプトとパレスチナが和解しないように反ユダヤ主義を親米であるイスラエルに喚起するため利用した。[125]同作の著作権は政府系団体のF・W・ムルナウ財団が所有していて、歴史的背景や考えられる影響の説明に限って上映を許可している。[126]
Der Untertan (臣下) 1951 西ドイツで反主憲的なため禁止。[127]1971年にノーカット版が公開された。
Du und mancher Kamerad 1956 西ドイツで反主憲的なため禁止。[127]
Thomas Muentzer 1956 西ドイツで反主憲的なため禁止。[127]
And Quiet Flows the Don 1958 西ドイツで反主憲的なため禁止。[127]第一部は1959年に公開、第二部第三部は1968年にテレビ放送された。
Higher Principle 1960-1965 反ドイツ的なため西ドイツで1965年まで禁止。[128]
悪魔のいけにえ (1974) 1974-1978 西ドイツで過激な暴力描写のため禁止。[78]
Zidan (刑務所) (1974) 2010 現在は禁止されていないが、ドイツではゴア表現、暴力、残虐的なため禁止されていた唯一の映画。[129]
ソウ ザ・ファイナル 3D 2010 Tiergarten AGはいくつかのシーンが暴力的でact §131 StGBに違反しているため禁止だとしている。映画を公開すると罰せられるが私的なコピーの所有は可能で、刑事罰には当たらない。公開中止となった「Keine Jugendfreigabe/ No youth admitted」というバージョンがあるが、暴力的なシーンはカットされている。「KJ」と判定された映画は鑑賞不可にすることはできないためこれを販売することは合法である。[130]
Valley of the Wolves: Palestine 2011 FSKが反米、反イスラエルとの含みを持たせていると懸念されたため禁止。[11][131]
ギリシャ Golfo (1914) 1914 王党派の意思により禁止。[132]
Z (1969) 1967-1974 政権批判のためギリシャ軍事政権下で禁止。[133]
ハンガリー ユダヤ人ジュース(1940) 1945 第二次世界大戦後、反ユダヤ主義でナチスよりのため禁止。
A tanu 1969-1981 政権を風刺していたため共産党政権下で約10年禁止。[134]
アイスランド 悪魔のいけにえ (1974) 1985-1999 過激な暴力描写のため禁止。検閲されたものが後に公開されている。[78]
ネクロマンティック 1987
食人族 1992 過激な暴力描写と動物虐待のため禁止。[78]
インドネシア Max Havelaar 1976 反植民地主義の物語のため当時の体制下で禁止。[7]
The Year of Living Dangerously(危険な年) 1982 スカルノ政権批判のため禁止。1999年に解禁。[135]
シンドラーのリスト 1994 ユダヤ人に同情的なため禁止。[136][137]
Long Road to Heaven 2007 同国の政治家は2002年のバリ島爆弾テロ事件について憎悪や不寛容を助長する恐れがあるとしてバリ島では禁止。[138]
Balibo 2009 政府批判のため禁止。同作は1975年のインドネシアの東ティモール侵攻で殺害されたジャーナリストグループバリボーファイブの話を元にしている。[139]
ノア 約束の舟 2014 預言者が登場するため禁止。[140]
フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ 2015 性的な内容のため禁止。[141]
イラン Gaav (The Cow) 1969 イラン社会を後退的に描写したためシャー国王時代に一時禁止された。のちに同作は本編開始前、数十年前の設定で現実のイランを反映していないという免責事項の説明を入れるという条件で上映された。[142]
ソドムの市 1975 暴力的、性的なため禁止。[11]
クルージング 1980 公開当初から禁止。[10]
Bita 1981 男性が女性を搾取することを批判したため1981年の検閲で禁止。[34]
Ghaire aze Khoudo Hitch Kass Naboud 1981 レズビアンが登場するため1981年の検閲で禁止。[34]
ズーランダー 2001 同性愛者の権利への支持が窺い知れるため禁止。[143]
Marmoulak 2004 イランの宗教家の保守的な思想を嘲笑っている映画であるため国内の上映開始から2週間で映画館から引き上げられた。[144]
300 〈スリーハンドレッド〉 2010 ペルシア軍に対するネガティブな描写のため禁止。[145]
アルゴ 2012 イランに対するネガティブな描写のため禁止。[146]
イラク サウスパーク/無修正映画版 1999 サッダーム・フセイン政権下でサッダームをコメディの的にしたため禁止。[6]
アメリカン・スナイパー 2015 国民に対する侮辱であるため禁止。[147]
アイルランド Monkey Business(いんちき商売) 1931-2000 公開当初から無秩序なコメディが社会に混乱をもたらす恐れがあるため禁止。2000年に解禁された。[148]
ならず者 1943 性的描写のため禁止。[149][150]
ミルドレッド・ピアース 1945 禁止されている。[149][150]
逢びき 1945 不倫を容認していると考えられたため禁止。[149]
三つ数えろ 1946 性的描写のため禁止。[149]
Outrage 1950 強姦が扱われているため禁止。[149]
Ulysses 1967-2000 30年ほど禁止され、2000年に一般公開された。[151]
時計じかけのオレンジ 1971-2000 暴力や強姦の過激な描写のため禁止。2000年に解禁。[78]
悪魔のえじき 1978, 2010 暴力やギャングによる長い強姦シーンのため禁止。2010年にソフト化されるも問題になったシーンはカットされなかったため販売禁止になった。[152]
ライフ・オブ・ブライアン 1979-1987 冒涜的なため禁止。1987年に解禁。[78]
人生狂騒曲 1983-1990 冒涜的なため禁止。1990年に解禁。[153]
ナチュラル・ボーン・キラーズ 1994 模倣犯が出る恐れのため禁止。[23]
プリーチング 1997 猥褻なため禁止。[154][155]
イスラエル オリヴァ・ツイスト 1948 登場人物のファギンの性格が反ユダヤ主義とみなされたため公開当初から禁止。[156]
The Girl in the Kremlin 1957 イスラエルとソビエトの関係を悪化させる恐れがあるとして禁止。[157]
China Gate(チャイナ・ゲイト) 1957 過度の残虐描写のため禁止。同作では中国とロシアの兵士を「怪物」扱いしている。[158]
007 ゴールドフィンガー 1965 出演者の一人、ゲルト・フレーベにナチ党員だった過去が判明した後に禁止。映画館では6週間しか上映しなかった。[159]ある男性がオーストリアのイスラエル大使館にフレーベが自分と自分の母をナチスから逃がしてくれたかもしれないと申し出たことにより数ヶ月後に解禁された。[160][161]
Hitler: The Last Ten Days(アドルフ・ヒトラー/最後の10日間) 1973 検閲委員会がヒトラーが人間的に描かれ過ぎていると全会一致で判断したため禁止。[162]
愛のコリーダ 1987 ポルノのため禁止。[163][164]
最後の誘惑 1988 キリスト教徒の怒りを買うため禁止。[165]
Jenin, Jenin 2004 同国の映画評議会は誹謗により観客の怒りを買う恐れがあるとして禁止したが、イスラエル最高裁判所はこの決定を覆した。[164][166]
シュレック2 2004 2004年に一時期禁止されたが、映画そのもののせいではなくヘブライ語の吹き替えが原因。歌手のデビット・ドールの声が高まったところで、ある登場人物が「デビット・ドールをやってみよう」と言いながら人を怒らせるシーンがあったためで、これについてドールは法的措置をとるよう促された。[167]
イタリア 我輩はカモである 1933-1945 独裁者や戦争を面白がっているためベニート・ムッソリーニ政権下で禁止。[105]
大いなる幻影 1937-1945 反戦メッセージがあるためムッソリーニ政権下で禁止。[116]
Toto and Carolina 1955 警察を茶化しているため公開当初から禁止。[168]
突然炎のごとく 1962 性的描写のため禁止されるも抗議によりすぐ解除されている。[9]
ラストタンゴ・イン・パリ 1972-1986 1972年から1986年まで猥褻なため禁止。[78]
砂漠のライオン 1982-2009 イタリア軍の名誉を害しているとされ、1982年から2009年まで禁止。[169]
Li chiamarono... briganti! 1999 イタリア統一運動について批判的なため映画館での上映禁止。ソフト化もされていない。[170]
日本 仏蘭西革命ルイ十六世の末路 1909頃 警視庁による上映禁止第一号。詳細は不明であるが、函館市の映画館では悪玉王の末路として改題して上映された[171]
The Mikado 1939 天皇家に対して不敬と考えられるため第二次世界大戦後まで禁止。[172]
虎の尾を踏む男達 1945-1952 封建的価値のためGHQにより戦後も7年間禁止。[9]
愛のコリーダ 1976-1982 性交シーンがあるため禁止。[9]監督の大島渚は同作の写真を含んだ書籍を発行したため検挙されたが、無罪判決が下っている。[173]
ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ 1985 平岡瑤子の同棲愛描写に関する反対や、右翼団体の一部が抗議しているという噂が流れたため、上映禁止となる。
少女椿 2004-2012 過激な内容から成田税関でフィルムが没収後破棄され8年間上映禁止となる。[174]
ヨルダン ダ・ヴィンチ・コード 2006 冒涜的なため禁止。[11]
ケニア ウルフ・オブ・ウォールストリート 2013 性的、冒涜的、薬物使用のため禁止。[175]
Stories of Our Lives 2014 同性愛を扱ったこのドキュメンタリーは猥褻、明白な性行動、同性愛の促進とみなされたため禁止。[176]
フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ 2015 性的なため禁止。[141]
クウェート サウスパーク/無修正映画版 1999 ムスリム同胞団を傷付けるため禁止。TVシリーズも放送が禁止されている。[177]
華氏911 2004 イラク戦争に批判的かつサウジアラビア王家に対して侮辱しているため禁止。[178]
キングダム/見えざる敵 2007 1996年のサウジアラビアの爆弾事件について不正確な描写のため禁止。[18]
レバノン ダ・ヴィンチ・コード 2006 冒涜的なため禁止。[11]
ペルセポリス 2007 一部の宗教家がイランとイスラム教に対して攻撃的だと主張したため一時禁止された。その後、レバノンの知識人や政治家の抗議により解除された。[179]
戦場でワルツを 2008 辛口評論家はレバノン史においてもっとも暴力的な時代を描いていると指摘した。 +961などのブロガーがレバノン内務省への抗議活動を展開、すると政府は国内の批評家による映画製作を禁止した。国内では2009年1月に ベイルートで90人の観客を集めて上映した。[180]以降、幾度も上映された。海賊版のコピーは国内でも入手可能。
マレーシア ライフ・オブ・ブライアン 1979 冒涜的なため禁止。[23]
食人族 1984 暴力、動物虐待の描写のため禁止。[14]
Barney's Great Adventure 1998 子供が鑑賞できないとして禁止。[181]
ズーランダー 2001 マレーシアが否定的に扱われているため禁止。題名にもなってる主人公がマレーシアを貧困国として訪問する。それについて検閲委員会は「間違いなく不適当」と判断した。[182]
ザ・レイド GOKUDO 2014 当初は禁止されていた[183]
ノア 約束の舟 2014 預言者が登場するため禁止。[140]
フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ 2015 性的なため禁止。
美女と野獣 2017 同性愛者が登場するため禁止。検閲委員会は当該シーンの削除をディズニーに求めたが拒否。[184]
メキシコ 最後の誘惑 1987 冒涜的なため禁止。[9]
オランダ Scram! 1932 ローレル&ハーディが独身女性とベッドに座っているシーンがあるため公開当初は禁止。検閲官はこのシーンを「いかがわしい」と判断した。現在は禁止ではない。[185]
思春の森 2010 アクマラの裁判所が2010年3月25日に禁止命令を出し、児童ポルノに指定した。それにより所持、販売、故意に映画を鑑賞しようとすることが禁止された。[186][187][188]
ニュージーランド ソドムの市 1975-1992 公開当初から禁止されたが[7]17年後に解禁。[11]
食人族 1980, 2006 過激な暴力、動物虐待があるため禁止。[189](2006年にも公開を拒否された。)
マッドマックス 1981 惨殺シーンのため禁止。[190](VHS発売はのちに認められた。[191]
ぷにぷに☆ぽえみぃ 2004 「若者の性的搾取を支持促進する傾向があり、程度は低いが性的行為を強制している」ため禁止。[192]
ホステル2 2007-2008 禁止されている。[193](推奨されたカット版は最初なかった。2008年4月にDVDが発売)
Vase de Noces 2005 吐き気を催す忌々しい内容(獣姦、糞尿愛好症、動物虐待)のため禁止。
I Spit on Your Grave (アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ) 2010 暴力描写のため禁止。[194]
一騎当千 Dragon Destiny 2010 未成年の性的搾取のため禁止。ニュージーランドの映画当局のこの判断により販売代理店のマッドマンエンターテイメントは以降のシリーズの発売しないことを決めた。[195]
Megan Is Missing 2011 若者の性交の禁止。[196]
ムカデ人間2 2011 暴力的、性的描写のため禁止。[197]
A Serbian Film(セルビアン・フィルム) 2012 不愉快な内容(過激な暴力、性暴力、小児性愛、催眠など)により2012年5月25日に政府によって禁止。[198]
マニアック 2013 劇場公開、家庭用向け販売の禁止。OFLCは「娯楽としてパッケージを通して残虐行為を楽しむように暗に誘うことは、一部の視聴者が共感する可能性がある」と感じたとした。[199]
ハイスクールD×D 2014 未成年の性的搾取のため禁止。OFLCは「未成年の性的利用価値があるという考えを強める」と感じるものが含まれると禁止される。[200]
ナイジェリア 第9地区 2009 ナイジェリア人は外国人嫌いで人種差別主義者だと批判されているため禁止。[201]
北朝鮮 2012 2009 2012年は金日成生誕100年にあたるため禁止。この年を「超大国になる年」と位置付けられた。[202]2012年に世界が終末することを描いたこの映画は北朝鮮政府にとっては不快だとされた。一部の国民は映画のコピーを所持、鑑賞すると「国の発展に対する挑戦」だとして逮捕された。[203]
ザ・インタビュー 2014 北朝鮮政府はこの金正恩暗殺を描いたこの映画に対しロシアの北朝鮮大使館が発表した声明で「テロを正当化、奨励する危険な映画」と表明した。[204]
ノルウェー 491 1964-1971 同性愛を扱っているため禁止。検閲されたものが後に公開されている。[205]
ピンク・フラミンゴ 1972 公開当初から1980年代まで禁止。[10]
悪魔のいけにえ 1974-1997 影響力のある凶悪な暴力描写のため禁止。1997年に18歳(成人)以上対象としてノーカット版が公開。[78]
ライフ・オブ・ブライアン 1979-1980 宗教関係者が不快に感じるジョークがあるため禁止。スウェーデンでは「ノルウェーで公開禁止の面白い作品」として公開された。1980年に解禁。[206]
食人族 1984-2005 暴力的、動物虐待のため禁止。2005年に18歳(成人)以上対象として公開。[14]
ネクロマンティック 1987 ノルウェーメディア機関により禁止。(忌々しい内容、過激な暴力、屍姦、動物虐待などが理由)
殺し屋1 2009 影響力のある残虐描写のためノルウェーメディア機関が「拒否」と判定して禁止。2009年1月のストックホルム国際映画祭で同作を知った政府は完全に禁止した。鑑賞中に2人が嘔吐、気絶する事例もあり、ノルウェーでは厳しく禁止されている[78]
A Serbian Film(セルビアン・フィルム) 2011 未成年の性描写や過激な暴力が刑法204条と382条に違反するため禁止。[78]
パラグアイ 独裁者 1940 イヒニオ・モリニゴ政権下で禁止。[207]
死刑台のメロディ 1971 共産主義の扇動としてアルフレド・ストロエスネル政権下で禁止。[7]
ディア・ハンター 1979 誤解を生む危険があるとしてストロエスネル政権下で禁止。[7]
パキスタン The Blood of Hussain 1980 1977年に権力を掌握したゼア・ウルハークはこの架空のクーデターを描いた映画を禁止した。[208]
ダ・ヴィンチ・コード 2006 冒涜的なため禁止。[11]
エージェント・ヴィノッド 最強のスパイ' 2012 パキスタン軍統合情報局について複数の論争のある事柄への言及があるため映画検閲中央委員会により禁止。[11][209]
Maalik 2016 パキスタン政府により禁止。[210]
Sarabjeet 2016 論争の的になるため禁止。
フィリピン Hubad na Bayani 1977 禁止されている。[211]
最後の誘惑 1987 冒涜的なため禁止。[9]
クレア・デインズ出演の全映画 1998-? デインズがマニラ批判をしたため禁止。誠心誠意謝罪した場合のみ解除される。[212]
Toro/Live Show 2000 性的なため禁止。[213]
Imelda 2003 イメルダ・マルコスが訴訟を起こした後、禁止。[214]
ダ・ヴィンチ・コード 2006 冒涜的なため禁止。[11]
キナタイ マニラ・アンダーグラウンド 2009 遺体切断などの猟奇的なシーンがあるため商業上映は不可能[215]
ポーランド 西部戦線異状なし 1930 検閲官がドイツよりの内容だとして禁止。なお、ナチスドイツでは反ドイツ的だとして禁止。[103]
Australia Marches with Britain 1946 理由なしで禁止。[216]
Men of Timor 1946 理由なしで禁止。[216]
Ręce do góry (手を挙げろ!) 1967-1985 スターリニズムが登場するため共産体制下で禁止。[217]監督のイエジー・スコリモフスキはポーランドを離れて西側で活動することに怒りを覚えた。
悪魔 1972 反戦的なため共産体制下で禁止。[218][219]
Opowieść o człowieku, który wykonał 552% normy (552%の割り当てを占めた男の物語) 1973-1981 スターリン主義者のドキュメンタリーのため共産体制下で禁止。監督のヴォイチェフ・ヴィシュニェフスキ英語版が1981年に死去した後に公開された。[217]
Wanda Gościmińska. Włókniarka (ヴァンダ・ゴシチミンスカ―織物女工) 1975-1981 スターリン主義者のドキュメンタリーのため共産体制下で禁止。監督のヴィシュニェフスキが1981年に死去した後に公開された。[217]
Elementarz (入門) 1976-1981 スターリン主義者のドキュメンタリーのため共産体制下で禁止。監督のヴィシュニェフスキが1981年に死去した後に公開された。[217]
平穏英語版 (Spokój) 1976-1980 ストライキのストーリーのため共産党政権下で禁止。[220][Note 1]1980年9月19日にテレビ放送された。ポーランド映画祭で審査員特別賞を受賞した。[222][223]
Indeks. Życie i twórczość Józefa M. (pl)  (The Index) 1977-1981 1968年の学生によるデモ活動を描いたため共産体制下で禁止。[224]
Kobieta Samotna (孤独な女) 1981-1988 政治批判のため共産党政権下で禁止。[225]1988年解禁。[226][227]
Wahadełko (pl) [228] (シャイリーシャイリー) 1981-1984 スターリン主義時代が舞台のため共産党政権下で禁止。[217]
Wielki bieg (ビッグランまたはビッグレース) 1981-1987 政権批判のため共産党体制下で禁止。[226][227]
Blind Chance(偶然) 1981-1987 同作はアンソロジー映画でうち1つのストーリーがポーランドの共産主義体制の崩壊を描いているため政府により禁止。[229][230]
Był Jazz (ジャズがあった) 1981 政府により禁止。[225]
Człowiek z żelaza(鉄の男) 1981 政治批判と労働組合の連帯を扱っているため共産党政権下で禁止。[225]
Dreszcze (悪寒) 1981-1984 政府により禁止。ストーリーは思想教育キャンプに放り込まれた10代の若者の風刺。[231]
Gorączka () 1981 ソビエト軍を否定的に扱ったため政府により禁止。[232]
Jak żyć (生き方) 1981 政府により1年で2回禁止。[225]
Wojna światów – następne stulecie (宇宙戦争: 次の百年) 1981-1983 現実のポーランド社会と照らし合わせるように未来を描いているため共産体制下で3年間禁止。[217]
Przesłuchanie(尋問) 1982-1989 共産主義批判のため政府により禁止。監督のリーズザード・ブガージスキーは秘密裏に同作のVHSを流通させ、カルト的人気を得た。[233]
Matka Królów (王たちの母) 1982-1987 政治批判のため政府により1987年まで5年間禁止。[225][226]
Niedzielne igraszki (日曜日のイタズラ) 1983-1988 共産体制下で禁止。[228][234]
ポルトガル キャッチ=22 1970 全裸で木に座るシーンがあるためマルセロ・カエターノ政権下で禁止[27]軍隊の風刺も要因とみられる。
ラストタンゴ・イン・パリ 1972-1974 過激な性描写のため禁止。[78]
カタール ノア 約束の舟 2014 預言者が登場するため禁止。[19]
ロシア アンドレイ・ルブリョフ 1966 ソ連では自由な芸術、宗教、政治的曖昧性、独学、抑圧的な体制下での創作というテーマが禁止。1966年に1度上映されたのを除き完成してから数年は国内で上映できなかった。[9][235]
Korotkie vstrechi (束の間の出会い) 1968 政府により禁止。[236]
Dolgie Provody (長いお別れ) 1971 親子関係について否定的としたため政府により禁止。[236]
ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習 2006 攻撃的なため禁止。[237]
チャイルド44 森に消えた子供たち 2015 ロシアの映画配給会社Central Partnershipは2015年4月15日から国内において同作の配給を取りやめると発表、一部報道ではロシア文化省により審査を拒絶されたという。[238][239][240]文化省と配給会社はVictory Dayを前に審査は受け付けられないと発表した。[241]発表では「歴史の歪曲、大祖国戦争やその前後の扱い、ソ連人のイメージや性格」が理由とした。[241]ウラジーミル・メジンスキーはこの判断に肯定的で、あくまでも配給会社の判断によるものだと強調した。ただし、メジンスキーの個人的な考えとして「物理的、道徳的に人間以下」のロシアを描いていると主張、作中のソ連を指輪物語のモタドールに例え、大国主義戦争から70周年にこのような映画は上映されないだろうとした[242]ただ、メジンスキーは同作をDVDやオンラインで入手は可能だとした。[243]この決定によりその後、ベラルーシの映画館でも上映未定となり[244]ウクライナ[245]カザフスタン[246]ジョージアでは10月まで公開延期となった。[247]
スターリンの葬送狂騒曲 2017 ヨシフ・スターリンの死を風刺した内容が問題となったため、ロシア政府が上映禁止を通告した[248]
サモア ダ・ヴィンチ・コード 2006 鑑賞した教会の教役者が検閲官に訴状を提出した後、禁止された。[249] (サモアの検閲も参照)[11]
The Cell 2(ザ・セル2) 2009 暴力的なため禁止。[249](サモアの検閲も参照)
ミルク 2009 理由なしで禁止され[249]、後に検閲官が「キリスト教とサモアの文化にとって不適切で矛盾する」と説明した。映画自体が同性愛の権利の推進で性行為シーンも検閲委員会により不適切とされた[250](サモアの検閲も参照)
Van Wilder: Freshman Year(ヴァンワイルダー フレッシュマンイヤー) 2009 禁止されている。[251](サモアの検閲も参照)
サウジアラビア[* 1] 華氏911 2004 イラク戦争に批判的かつサウジアラビア王家に対して侮辱しているため禁止。[178]
キングダム/見えざる敵 2007 禁止されている。[252]
King of the Sands 2013 サウジアラビア初代国王のアブドゥルアズィーズ・イブン・サウードが登場するため禁止。
ノア 約束の舟 2014 預言者が登場するため禁止。[11]
セネガル Ceddo 1977 イスラム教とキリスト教の対立と民族、伝統についての考えを表明することの禁止。[7][253]1978年のニューヨーク・タイムズで「宗教的感受性のため」と監督のセンベーヌ・ウスマンが述べ、セネガル政府はタイトルの「Ceddo」はdが1つ多い綴りはおかしいためとしている。[254]
Camp de Thiaroye 1977 植民地支配批判のため禁止。[95]
シンガポール 時計じかけのオレンジ 1971-2011 2006年にレイティングM18として公開が計画されたが拒否された。[78]その後2011年10月28日にR21の判定を受けてパースペクティブズ・フィルム・フェスティバルでノーカット上映された。[255][256]
エクソシスト 1973 公開当初は禁止されるが、変形した聖母マリア像のシーンや憑依された少女が十字架を股間に突き立てるシーンがカットされレイティングM18の判定を受けて公開。「Jesus fuck you!」という台詞が宗教を侮辱、冒涜するとされた。[78][257]
ラストタンゴ・イン・パリ 1973 過激な性描写のため禁止。[78]
悪魔のいけにえ 1974-2004 30年間禁止され[78]、2004年に暴力を理由にM18の判定を受けてノーカットで審査を通過した。[258]
ソドムの市 1975 暴力、性描写のため禁止。[11]
ライフ・オブ・ブライアン 1979 宗教的に不適切なため禁止。[23][259]
食人族 1980 暴力描写のため禁止。[260]
Saint Jack 1980-2006 性的なシーンと低俗な言葉に過度の編集が必要な場合は公開できない。2006年にM18の判定を受けた。[261]
死霊のはらわた 1981 1981年以来、拷問などの過激な暴力描写のため禁止。2011年にR21の判定を受けて公開。[262]
悪魔のいけにえ2 1986 当局者により禁止。その後、R21の判定を受けた。[263]
最後の誘惑 1988 冒涜的なため禁止。[264]
A Night on the Water 1995 過激な性描写のため禁止。[265]
ズーランダー 2001-2004 理由なしで禁止。ストーリーは隣国マレーシアの首相を洗脳された男が暗殺しようとするという内容。2004年にNC16の判定を受け、ノーカットで審査を通過。[266][267]
僕の恋、彼の秘密 2004 「同性愛は正常であり認めることが社会の進歩」と描写したため禁止。[268]
Singapore Rebel 2005-2009 シンガポールでは政治映画が禁止されている。2009年に政治映画諮問委員会(PFCC)による審査でM18と判定され解禁。[269]
ショートバス 2006 ポルノのため禁止。[11]
Solos 2007 同性愛者が登場するため禁止。[270]
Following Desire 2007 過激な性描写かつそれが長く続き、無償で搾取されているとして禁止。[271]
Zahari's 17 Years 2007 政府により公共の利益のため禁止。[272]
愛のジハード 2008 イスラム教について公平ではない描写の禁止。インタビューを受けた同性愛者は同性愛を肯定するため宗教を使った。[271]
David the Tolhidan 2008 世界的にテロ組織だと認識されている組織への同情的な描写の禁止。[271]
Arabs and Terrorism 2008 世界的にテロ組織だと認識されている組織への同情的な描写の禁止。[271]
Bakushi 2008 ロープの使い手が裸の女性を縛り付けることにより観客の性的欲求を満たすためいくつもの虐待や性的堕落を実演している。長いサディズム、マゾヒズムの繰り返しが禁止されている。[271]
Female Games 2009 レズビアンの性行為のシーンがあるため禁止。[271]
Boy 2009 同性愛者の関係をロマンチックに描き、促進しているとして禁止。性的描写が多く長く続き、刺激的である。[271]
Brides of Allah 2009 テロの正当化のために宗教を利用しているため禁止。[271]
Transgressor (スクール・オブ・ザ・ホーリー・ビースト) 2009 サディズムマゾヒズムや緊縛されたレズビアンの修道女が多く登場するため禁止。[271]
Dr Lim Hock Siew 2010 Zahari's 17 Yearsと同じ理由で禁止。[273]
Sex. Violence. FamilyValues 2012 ケン・クェックの短編映画の第2話「Porn Masala,」が映画検閲委員会によって「インディアンへの侮辱、人種差別」だとして禁止。[274]その後解除され2013年に編集されたバージョンを公開したが[275]検閲委員会に禁止された未編集バージョンの公開が続いていて、見つけた委員会はそれを「猥褻」「地方文化の侮辱」だとした。[276]これにより2013年3月28日から30日に行われたアセアン国際映画祭での上映が中止された。[277]
To Singapore, With Love 2014 映画の登場人物がマレーシアを出国して海外に住む理由や方法が歪曲されて間違った説明だとし、安全保障を揺るがすとして禁止。亡命者を名乗っている者の多くはマラヤ共産党の党員か支援者だという。[278]
ソロモン諸島 ダ・ヴィンチ・コード 2006 首相のマナセ・ソガバレは「国内のキリスト教を傷付ける」として禁止。[279]
南アフリカ共和国 The Johnson-Jeffries Fight 1910 アメリカ南部で対立が激化していた黒人ボクサージャック・ジョンソンが白人ボクサージェームス・J・ジェフリーズに勝利した映像のため禁止。[7]
ズール戦争 1964 ズールー戦争を扱っているため黒人により審査でアパルトヘイトの下に禁止。白人は隔離された映画館で鑑賞した。[280]
時計じかけのオレンジ 1971–1984 アパルトヘイトの下で13年間禁止され、その後1回の審査で21歳以上対象として上映された。[281]
チーチ&チョン スモーキング作戦 1978 国内の影響を受けた若者がマリファナに手を出す恐れがあるとしてアパルトヘイトの下で禁止。[282]
プリティ・ベビー 1978–1983 アパルトヘイトの下で禁止。[281]
ライフ・オブ・ブライアン 1979 冒涜的なためアパルトヘイトの下で禁止。[23]
クルージング 1980 公開当初からアパルトヘイトの下で禁止。[10]
Mapantsula 1988 アパルトヘイト批判のため禁止。[280]
遠い夜明け 1989 反アパルトヘイト活動家スティーヴ・ビコの伝記のため禁止。[7]
KIDS/キッズ 1995–1997 16歳未満は鑑賞不可として2年間禁止された。[283]
Of Good Report 2013 高齢者が少女を虐待するシーンが検閲官に児童ポルノの判断され禁止。[284]
韓国 時計じかけのオレンジ 1971 暴力や強姦の描写のため禁止。[78]
ラストタンゴ・イン・パリ 1973 過激な性描写のため禁止。[78]
潘金蓮 1975–1981 6年間禁止された後、40分カットされ公開。[285]
地獄の黙示録 1979 反戦メッセージがあるため朴正煕政権下で公開が見送られた。[286]
スペイン 戦艦ポチョムキン 1927–1975 共産主義革命誘発の恐れのためフランシスコ・フランコ政権下で禁止。[6][70]
突撃 1957–1975 反戦メッセージがあるためフランコ政権下で禁止。[9]
甘い生活 1960–1975 フランコ政権下で禁止。[287]
ビリディアナ 1961−1977 フランコ政権下で禁止されたがカンヌ国際映画祭への出品は許可されている。カトリック教会が抗議声明を発表した後、出品を認めたスペイン映画協会の会長が解任され、16年間禁止。[288]
La Petición (婚約パーティ) 1981 公開当初は禁止されるが、批判により解禁され芸術的価値が再考される。映画の内容はサディステックな男性と最終的に命取りになるほどの関係を持つ女性の物語。[34]
ソウ6 2009 レイティングXに指定されたため成人映画館以外での上映禁止。[289]
A Serbian Film(セルビアン・フィルム) 2010 過激な暴力描写のため禁止。(多数の性暴力シーンも含んでいる。)[290]
スリランカ ソドムの市 1975 暴力や性描写のため禁止。[11]
Aksharaya (レター・オブ・ファイヤー) 2006 殺人、強姦、近親相姦を描写しているため禁止。[291]
スウェーデン 私は好奇心の強い女 (イエロー篇) 1969 ポルノのため禁止されたが、裁判所は許可した。[111]
悪魔のいけにえ 1974–2001 過激な暴力や虐待のため禁止。[78]
マッドマックス 1981 暴力的なため禁止。[292]
Hell of the Living Dead(ヘル・オブ・ザ・リビングデッド) 1983 禁止されていたが[293]2000年代半ばにDVDが発売。[294]
シャドー 1984–2005 影響力のある過激な暴力のため禁止。2005年にノーカット版が公開された。[295]
バタリアン 1985 禁止された具体的な理由は不明だが、続編2作のDVDは発売されている。[296]
悪魔のいけにえ レジェンド・オブ・レザーフェイス 1997 過激な暴力や虐待のため禁止されたが、後にDVDが発売されている。[297]
スイス 突撃 1957 第一次世界大戦におけるフランス軍を批判していたため禁止。[91]
Rondo 1968–1975 スイスの刑務所を批判しているため禁止。同国は刑務所を受刑者を社会復帰させるためというよりも刑罰と犯罪抑止として重要だとしている。[64]
タジキスタン ディクテーター 身元不明でニューヨーク 2012 国家転覆の恐れがあるため禁止。[6]
タンザニア The Route 2014 アフリカの人身売買と性奴隷についてのドキュメンタリー映画だが「多くの性行為と裸を映している」ためタンザニア文化に対する脅威だとして禁止。[176]
タイ王国 王様と私 (1956) 1956 タイの国王に対して不敬との恐れのため禁止。[298]
ブロークダウン・パレス 1999 タイにおける麻薬密輸について否定的な描写。舞台はタイだが多くはフィリピンで撮影されたものの当局の判断により禁止。[299]
アンナと王様 1999 タイの国王に対して不敬との恐れのため禁止。[300]
マンディ・レイン 血まみれ金髪女子高生 2007 暴力描写のため禁止。[301]
ハロウィン 2007 暴力描写のため禁止。[301]
フロンティア 2008 暴力描写のため禁止。[302]
ファニーゲーム U.S.A. 2008 禁止されている。[301]
恋するポルノ・グラフィティ 2009 登場人物はポルノ映画を作ろうとするためそれを10代が模倣する恐れがあるため文化省により禁止。[303]
ソウ6 2010 暴力描写のため禁止[304]
トリニダード・トバゴ 恋するポルノ・グラフィティ 2008 検閲官は10代の若者が映画を模倣してポルノ映画制作することを恐れたため禁止。[23]
トルコ Bir Çirkin Adam (醜い男) 1969 トルコ社会の現状を描いているため禁止。[7]
Yorgun Savaşçı (疲れた戦士) 1979 反政権的な小説家ケマル・タヒルによって制作され独立戦争におけるムスタファ・ケマル・アタテュルクの貢献について疑問を呈しているため禁止。[7]
最後の誘惑 1987 冒涜的なため禁止。[9]
Su da Yanar (水もまた燃える) 1987 共産主義者の詩人ナーズム・ヒクメットを扱ったため禁止。[7]
ウガンダ 全ての外国映画 1972–1979 大統領のイディ・アミンは帝国主義者のプロパガンダだとして全ての外国映画を禁止した。[305]
ウルフ・オブ・ウォールストリート 2014 他のアフリカ諸国と同じく禁止。[306]
ウクライナ ホステル 2005 東欧が金銭目的で拷問されている地域だとしたため禁止。所持することは合法。[307]
ランド・オブ・ザ・デッド 2006 過激な暴力描写のため禁止。1943年のドイツのハリコフで被災により人肉を食べざるを得なかった者の苦しみが描写されている。[308]
ホステル2 2007 前作と同じ理由で禁止。こちらも所持することは合法。[309]
ブルーノ 2009 同性愛者が登場するため禁止。[310]
ソウ6 2009 拷問などの過激な暴力描写のため禁止。ソウシリーズが国内で禁止されているのは同作のみで、販売、譲渡をすると違法。[311]
死霊のはらわた 2013
My iz budushchego 2 (ウィー・アー・フロム・ザ・フューチャー2) 2010 禁止されている。[312]
アラブ首長国連邦 Lamhaa 2010 不快なため禁止。UAE検閲委員会から認可されず、映画館から引き上げられた。UAEで禁止された最初のボリウッド映画。[313]
ノア 約束の舟 2014 預言者が登場するため禁止。[19]
フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ 2015 性的なため禁止。[141]
イギリス 時計じかけのオレンジ 1973–1999 公開から2年後にワーナー・ブラザーズが国内から引き上げた。スタンリー・キューブリックは家族がこの映画のせいで脅迫されていたため、キューブリックが1999年に死去、遺作のアイズ ワイド シャットが公開されるまで再公開されなかった。
ベトナム Green Dragon 2001 2001年禁止。[314]
ワンス・アンド・フォーエバー 2002 2002年禁止。[314]
Xich lo (Cyclo) 1995 貧困の描写について欧米的過ぎるとして禁止。[11][315]
セックス・アンド・ザ・シティ2 2010 文化的価値観の違いにより禁止。[316]
ハンガー・ゲーム 2012 殺人などの過激な暴力描写のため禁止。[317]
ドラゴン・タトゥーの女 2012 ベトナム国民映画評議会から刺激的なシーンのカットを要求されたソニーピクチャーズはそれを拒否したため禁止。[318]
バービー 2023 地図に九段線が描かれていたため禁止。
ユーゴスラビア 大いなる幻影 1937 反戦メッセージがあるため1937年に禁止。[116]
Ciguli Miguli 1952−1977 社会主義体制についての風刺をヨシップ・ブロズ・チトー政権下で禁止。1977年にライセンスを受け公開[319]
WR:オルガニズムの神秘 1971−1987 チトー政権下で禁止。チトーが死去してから7年後に解禁。[9][320]
ジンバブエ Jock of the Bushveld 1986 南アフリカ共和国の映画のため禁止。ジンバブエはアパルトヘイト体制をとる南ア産の製品をボイコットした。[280]
Lobola 2010 酔いながら結婚はしないのに、アフリカの結婚についての習慣がきちんと描かれていないため禁止。[321]
Kumasowe 2014 ジンバブエ政府と警官の衝突について扱っているため禁止。[322]
フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ 2015 過激な性描写のため禁止。一部の映画館で編集されたものが上映された。[323]

国別の一覧

脚注

関連項目

外部リンク

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