長野県南安曇郡穂高町出身。長野県大町高等学校、日本大学商学部卒業[1][2]。
1977年(昭和52年)、日本大学卒業と共に故郷の穂高町にUターン就職で帰郷し、穂高町役場に奉職する[3]。
2005年(平成17年)10月、南安曇郡の豊科町、穂高町、三郷村、堀金村と東筑摩郡明科町の5町村新設合併により「安曇野市」が誕生した際[4]には、安曇野市職員として奉職する。
安曇野市職員としては平林伊三郎市長時代に企画財政部長や市民環境部長などを務める[5]。
2013年(平成25年)に定年により安曇野市役所を退職した後は安曇野市社会福祉協議会常務理事を務める[6]。
2018年(平成30年)1月1日付にて宮澤宗弘市長を補佐する安曇野市副市長に就任[7]。
宮澤の後を引き継いだ太田寛からも続投を要請され、2022年(令和4年)1月1日付で2期目の副市長に留任[8]。
2025年(令和7年)11月に安曇野市長の太田寛が急逝したことから、市長職務代理執行者となる。その後に後継の市長候補に推挙され、市長選挙への出馬を決意して意思表明を行った[9]。副市長の任期が満了となった同年12月末を以て2期8年務めた副市長を退任した。
2026年1月11日、安曇野市長選挙告示日に立候補を届け出るも、立候補者が自身のみであった為、無投票により初当選が決定した[10][11]。