丹波島橋

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日本の旗 日本
交差物件 犀川
建設 1986年昭和61年)
丹波島橋
Tanbajima Bridge
丹波島橋(北詰から)
北詰から望む
基本情報
日本の旗 日本
所在地 長野県長野市
交差物件 犀川
建設 1986年昭和61年)
座標 北緯36度37分23.6秒 東経138度10分56.5秒 / 北緯36.623222度 東経138.182361度 / 36.623222; 138.182361座標: 北緯36度37分23.6秒 東経138度10分56.5秒 / 北緯36.623222度 東経138.182361度 / 36.623222; 138.182361
構造諸元
形式 連続箱桁橋
全長 547.5 m
22 m
地図
丹波島橋の位置(長野市内)
丹波島橋
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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国道117号標識
国道117号標識

丹波島橋(たんばじまばし)は、長野県長野市犀川に架かる国道117号国道18号旧道)の橋梁

橋の下で裾花川が犀川に注いでいる。

橋の四隅に鎮座する善光寺常夜燈(写真は北詰東側のもの)
  • 全長:547.5 m
  • 幅員:4車線+両側歩道
  • 標高:342 m
  • 構造:連続箱桁橋

長野市若里五丁目と青木島一丁目とを結ぶ。長野市南部(川中島篠ノ井松代方面)から長野市街地に至るメインルートであり、多くの利用がある。

市南部と市街地とを結ぶ無料の橋はこのほか長野大橋のみであるため、ボトルネック状態となっている。長野市都市計画マスタープランでは、両橋の中間の長野赤十字病院付近の犀川両岸を何らかの形で結ぶ構想も示されている[1]

北国街道犀川の渡しの流れを汲む、歴史ある重要な橋である。橋の袂には北国街道内で最も古いという善光寺常夜燈文政3年建立)が親柱のように鎮座する。

沿革

丹波島の渡し跡
  • 室町時代後期 - 現在の丹波島橋より600 mほど上流にあった丹波島の渡しは、4 kmほど上流にあった小市の渡し・1 kmほど下流にあった市村の渡し(綱島の渡し)の補助的な役割を担っていた。
  • 1611年慶長16年) - 北国街道の整備により、犀川の渡し(丹波島の渡し)が置かれ、市村に代わり主要な渡しとなる。渡しの南(現在の丹波島一丁目付近)に丹波島宿が置かれる。舟渡しであったが、急流であったため両岸から渡された綱に沿って舟を漕いでいたという。
  • 1873年明治6年) - 丹波島船橋会社により46艘の舟を並べた有料の船橋が架設される[2]
  • 1889年(明治22年) - 丹波島木橋会社により有料の木橋が建設される[2]
  • 1914年大正3年)3月 - 3代目架橋(長さ286間(約514 m)、幅員3間(約5.4 mm))[2]
  • 1920年(大正9年) - 旧道路法に基づき、国道10号の橋となる。
  • 1931年昭和6年) - 農村振興土木事業(失業救済事業)の一環として永久橋への架け替え着工[2]
  • 1932年(昭和7年)12月16日 - 鉄橋に架け替えられ竣工式が行われる(延長527 m・幅員12.2 m(うち車道7.3 m、両側に2.45 mの歩道)のゲルバートラス橋[2]
  • 1952年(昭和27年)12月4日 - 新道路法により、一級国道18号の橋となる。
  • 1986年(昭和61年)12月20日 - 老朽化により、現在の橋に架け替えられる。暫定2車線で開通。
  • 1987年(昭和62年) - 国道18号篠ノ井バイパスの開通に伴い、国道117号の橋となる。
  • 1993年平成5年)3月22日 - 4車線化。

路線バス

脚注

外部リンク

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