伊勢ノ海一門

From Wikipedia, the free encyclopedia

伊勢ノ海一門(いせのうみいちもん)はかつて存在した大相撲一門のひとつ。

一門の本家は、最古の相撲部屋である伊勢ノ海部屋である。伊勢ノ海部屋は、現存する江戸相撲最古の番付が発行された宝暦7年(1757年)の時点で既に存在しており、初代伊勢ノ海(幕内・伊勢ノ海)以降連綿と継承されているが、代々が輩出した力士が年寄として自前の部屋を構え、初代伊勢ノ海の現役時代を過ごした春日山部屋をはじめ多くの部屋を一門として抱えることで、隆盛を極めた[1]

しかし、8代伊勢ノ海(前2・柏戸)の代に入ると、高砂一門が全盛期を迎えるのと入れ替わるように衰微、一門の代々の年寄名跡が相次いで他一門へ流出する[2]。9代伊勢ノ海(小結・柏戸)の代の1933年には一旦部屋を閉鎖。一門の錦島部屋に弟子を預ける。1942年には再興されるが、1945年に同じく一門の春日山部屋ともども再び閉鎖。唯一残された錦島部屋は、新興勢力の時津風部屋の傘下に入り、時津風一門を構成したことにより、伊勢ノ海一門の歴史は終焉を迎える(伊勢ノ海部屋自体は後に再興して存続)[2]

系譜

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI